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限りなくゼロに近い

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 どうも先生にだけこの話をして、先生からどんな話が訊かれるのか、そのメリットから考えると、捜査本部で少しの間、オフレコにするという方針を無視するだけのリスクがどこにあるというのだろう。
 確かにその場に桜井刑事もいた。もっとも、その場にいなければ、この話だって聞けるわけはないのだ。
 それを考えると、どうも桜井刑事の言動は疑問に残るところがある。いくら紀一に対して、佐々木元警部という人は、かつての自分を罵倒した憎き相手だという思いが、執念として残っているということであろう。
「公私混同しているのか?」
 と思ったが、何かに桜井刑事も操られているのではないかと思った。
――まさか、マインドコントロール?
 と考えたのは、あまりにも先生が洗脳、マインドコントロールを今回の記憶喪失に結び付けて話をしたからだろうか。そういう意味で、桜井は、先生の催眠術なのか、洗脳なのかに引っかかっているのではないかと思えてならない。
――となると、やらせのようなもの?
 と言っていいのだろうか?
 余計に先生に対してのプレシャーというよりも、紀一に対してのプレッシャーに思えてならないのだった。
 そして、浅川はもう一つの懸念があった。
――洗脳や、催眠が記憶喪失を作ったという方に流れが向きかかっているのだが、問題はクスリの効果ではないか?
 ということであった。
 先生の話を訊いていると、話をクスリのことから洗脳に移行させて、クスリに夜効果よりも、精神的なところに話をし風呂させようとしているのではないかと思えてならないのだった。

               大団円

「ところで、このマインドコントロールの効果なんですが、私の精神科的な診察で分かってきたこととして、どうも、一目惚れという感覚が効果を表しているような気がするんです」
「というと?」
「今回のような記憶喪失に陥る効果を持った洗脳というのは、どうやら、一度も一目惚れをしたことがない人、つまり、一目惚れというものに、免疫のできていない人が、初めて一目惚れをした時に、最大の効果が出てくるのではないかということなんです」
「どういうことですか?」
 と浅川刑事が訊くと、
「そういうことになりますね。だから、さっきの三角関係の話ですが、たぶん、今回問題になっている洗脳というのも、彼女にとって彼への一目惚れが初めての一目惚れだったのではないかと思えますね」
「ところで一目惚れと、そうじゃない場合とではどう違うんでしょうか?」
 と、桜井刑事が訊いた。
 桜井刑事の中には、
――心理学や医学の専門家かなにか知らないが、恋愛をそう杓子定規に捉えられるものではないだろう――
 という気持ちから、逆らっているようだ。
 だが、先生の方はその桜井刑事の気持ちを知ってか知らずか、
「一目惚れというのは、少なくとも自分が惚れるということが大前提にありますね? つまり、相手が自分のことを好きかどうかは分からないが、自分は好きになってしまったということですね。でも、その中で一目惚れというのはまた違った要素を含んでいます。つまりは、好きになった相手の、即座に好きになってもらいたいという気持ちが、ジワジワ好きになってもらいたいという気持ちよりも強いのではないかと思うんです。自分だけが好きになってしまうと、相手にも同じ思いを抱かれないと気が済まないという、これも一種の洗脳に近いものではないかと思いますね」
 というと、桜井が、
「それは洗脳ではなく、その人の思い込みなんではないですか?」
 と言った。
「いや、そう思うかも知れませんが、私は違うと思います。自分が思い込んでしまったと感じるのは、自分を納得させるためであって、本当は相手からの洗脳ではないかとも思うんです。何しろ相手には、自分を一目で好きにさせるという強力な能力が備わっているわけですからね。相手は自分が好かれているということも分かっているので、上下関係も分かっています。だから決して焦ろうとはしないんです。相手を焦らしていじいじさせて、それを、本人の思い込みと感じさせるくらいは、わけもないことだと思うんですよ」
 と、先生はいう。
 浅川はその話を訊いて、
――なるほど、その通りだ――
 と感じた。
 だが、桜井刑事は、なかなか納得していないかのようだった。まるで自分が、
――相手に洗脳されないようにしないといけない――
 という意識を持っていることだ。
 それと一緒に感じる紀一の視線、まるで三角関係というか、三すくみに近い感じがした。
「桜井刑事は、先生には強いが、紀一には一目置いていて、逆らえないところがある。先生は紀一には弱いが、桜井刑事には強い。そして、紀一は、桜井刑事には強いが、先生には弱い……」
 というそんな三すくみではないかと思えた。
 この感覚は桜井刑事だけが持っているものだった。
 紀一は、桜井刑事がこの三人の関係について何かを考えているという意識はあったが、それがどのようなものなのかということまでは、分かっていないようだった。
「ところで、この洗脳というのは、何のための洗脳だったんですかね?」
 という根本的な話になってきた。
 という話に言及してくると、急に先生の舌の滑りが悪くなってくる。
 それは、実際には先生が何かを知っているというわけではなく、それとりも、そのことについて考えてこなかったということである。
 それは、考えることによって、何か恐ろしい結論が出てしまうことを恐れているのだ。
 それを警察の方では、
「何か知っていて、敢えて言おうとしないのではないか?」
 という今、桜井刑事が抱いているような懸念を抱くのではないかと分かっていながら、敢えて考えないようにしていることで、先生の中でジレンマが発生していた。
 それだけ、洗脳が何のために行われているのか、そしてこの薬がどういう効果をもたらすのか、調べなければ先に進まないのは分かっていても、踏み込むのが怖い領域である。
「そこを渡ってしまうと、もう戻ってくることはできないかも知れない恐ろしい領域なのである」
 と感じるところであった。
 そこには、ふい一手はいけない未知の世界が存在し、そして、その世界を我が物にしようとしている反政府勢力が存在しているのも事実だった。
 まだ警察がその存在を知っているのかどうか分からないが、どうやら警察組織くらいの規模では、反政府組織に立ち向かうだけの力がなさそうだった。
 薬の開発にしてもそうだ。
「以前、何かの話で、シンナーとアンモニアを混ぜたような無味無臭の薬が開発できれば、人を思いのままに操ることができる」
 というような都市伝説が流れたことがあった。
 シンナーとアンモニアというのは、きっと一つの例であろう。
「臭いの強烈な二つが混じりあって、無臭になる」
 ということが言いたかったためのたとえだと思われていたが、実際にそれを信じて研究した博士がいて、実はその研究が完成していた。
「ウソから出た誠」
 という言葉はまさにこのことかも知れない。
 しかし、これをどうにかして隠さなければいけない。それが、クスリと洗脳という交り合わないと思わる、
「水と油:
 の関係なのかも知れない。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次