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限りなくゼロに近い

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「マインドコントロールであっても、連想から作られる記憶であったとしても、それはあくまでも本当の記憶を覆い隠した上に、架空に作られた記憶でしかないんですよ。その記憶の下にはシートが敷いてあって、その下には、本当の記憶が眠っているというわけです。問題はどうやって架空の記憶を取り除き、シートを剥ぐかですよ。ただ、シートを剥いだだけではダメで、
元の記憶をいかに覚醒されるかということがカギになってくる。つまりは、何段階も踏まなければ記憶が戻ることはないということです」
 と先生はいう。
「じゃあ、今回は特に難しいということでしょうか?」
 という浅川に、
「いえいえ、そんなことはありません。記憶を失うというのは、どんなきっかけがあったとしても、現象は一緒なんですよ。シートがあって、その上にウソの、あるいは新たに作られていく記憶が乗っかっているだけなので、何重にも張り巡らされた年輪のようなものを剥いでいかないといけないのは同じなんです」
 という話を浅川は遮るように、
「ちょっと待ってください。じゃあ、今新たにできた記憶は、彼女が過去の記憶を取り戻すと消えてしまうんでしょうか?」
 と浅川が訊くと、
「いいえ、そんなことはない。逆に裏に回っただけです。この場合は時間が異なるので、両方同じ記憶の中に時系列で収めることはできます。ただ、辻褄は合っていないかも知れないので、組み込むのは難しいかも知れませんけどね」
 と、先生は腕を組みながらそう言った。
 それがどこまで信憑性のあるものなのかは分からない。医学的、心理学的にはある程度信じられているものであるとしても、、個人差というものもある。あくまでも信憑性は統計学の見地によるものでもあり、一概にはいえないということで、あくまでも、
「限りなく近い」
 という表現になってしまうのだろう。
「ところで今回の記憶喪失なんですが、やはり作られたものだと言っていいんでしょうか?」
 と浅川刑事は切り込んだ話をしてきた。
「私はそう思っていますけどね。ただ、それが同じマインドコントロールがあったとしても、最初はクスリがそのマインドコントロールを増強させるだけのものだったのかも知れませんが、今回のこの状況は、クスリの効果で洗脳するという力を持っているような気がするんです。もし、そうだとすると少し厄介な気がするんですよ」
 と先生が言った。
「というと?」
「自分自身で心理的に蓋をするという一般的な記憶喪失であれば、意識が変われば記憶が戻ってきますよね? でも、自分の意志に関係なく、外的な意味での記憶喪失であれば、記憶を取り戻すには、その人の呪縛から解放されなければいけない。クスリにしても同じことだと思うんですが、そうなると、相手のあることであり。もし、催眠術を掛けた人間が、催眠術を掛けたままいなくなったり、死んでしまったりして、永遠にその人の前からいなくなったりすると、永遠に催眠に掛かったままになるのではないかとも思われるんです。それだけ催眠というのも、洗脳というのも強いものではないかと思えるんですよね」
 と先生はいう。
「あいりさんの記憶というのが、催眠や洗脳の副作用だとすると、どうなんですか? まだ記憶が戻らないというのは、何かおかしいと思えるですが」
 と浅川刑事は訊いた。
「そうですね。これはあくまでも私の考えでしかないのですが、クスリの影響もあるかも知れないので何とも言えませんが、洗脳を受けているのだとすれば、本来であれば、副作用はそろそろキレてきてもいいような気がするんです。それが消えないということは、彼女は記憶を失ってはいるが、意識の中で今の状況が消えることはないと思っているのかも知れません、つまりずっと洗脳状態が続いているということでしょうね」
 と先生は言った。
「でも、何を目的の洗脳なのかも分からないし、洗脳している人間と、クスリを投与した連中とは同一なのかというのも分からない気がしますね。どうも彼女の記憶が消えた時点で、我々も踏み込むことができない気がします」
「それは、先入観というものがあるからではないでしょうか? こちらが踏み込むことができる領域は分かっているだろうから、ある程度までは踏み込ませて、そこでまわりから包み込むようにすれば、自分たちがなぜ、あるいは、どこに踏み込もうとしたのかすら分からない状態にされてしまう。本当は入り込んでしまってはいけないエリアに入り込んでしまい、まわりからの集中砲火に遭い、全滅してしまうというのは、戦争などでよくある話ですよね?」
 先生の話は次第に横道に逸れていくようにも思えたが、説明を受けて納得できるたとえを訊くのであれば、これくらいの横道は無理もないことのように思えた、浅川刑事であった。
「そういえば、あいりさんと、殺害された由衣さんの間で、何か三角関係のようなものがあったらしいんですよ」
 と、桜井刑事が言った。
 この話は、捜査本部では、なるべく最後まで関係者には秘密にしておこうというのを話し合ったばかりなのに、何を思ったのか、桜井刑事は口にしてしまった。
「若いお嬢さんのことなので、それくらいのことはあっても当然なのではないでしょうか」
 と顔色を変えることもなく、そう先生は言ったが、それに構うことなう桜井刑事は話を続けた。
「元々は、あいりさんがその男と付き合っていたんですが、由衣さんがメジャーデビューするという話から、彼女に乗り換えたという話なんです」
 と話し始めた桜井を見て、
――そんな話どこから出てきたんだ? ハッタリなのか?
 と思ったが、桜井は先生の何かに違和感を抱いたので、わざと作り話で誘導しているのかも知れないと思った。
 浅川も先生の様子をみていたいので、桜井にもう少し、妄想を語らせてみる気になっていた。
「それでですね。あいりさんの方とすれば、それほどその男のことを愛していたわけではないということで、欲しければくれてやるというくらいに思っていたようなんです。その方が自分も外見上都合がいい。下手に慌てると、自分は『ライバルに男を寝取られ、しかも、メジャーデビューも先起こされた惨めな女』というレッテルを貼られるのは目に見えている。一時の感情を抑えることができれば、『あいりは大人の対応ができる女で、男の移り気にも冷静に対応でき、メジャーデビューも満を持して堂々とできるんじゃないか』という評判になるかも知れない。都合がよすぎる解釈ではあるが、罵声を浴びて、誹謗中傷を受けることはない、少なくとも悲劇のヒロインにはなれるでしょうね」
 と言った。
 一体どういう意図をもって、この話をしたのか、いや、桜井刑事が本当にこの話をしたかった相手が誰なのか、それが浅川刑事には怪訝であった。先生にだけしたかったのか、それとも、佐々木元警部にしたかったのか、である、
 この話を紀一は知らない。紀一が捜査本部から帰った後にもたらされた情報だった。
 しかも、ここまでハッキリと分かったわけではない。どちらかというと、かなりの内容を桜井刑事が盛った気がする。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次