小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

限りなくゼロに近い

INDEX|25ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

「彼女の服用した毒というのは、毒の中でも珍しく、服用してから化学反応を起こすようなものであって、臨床試験とすれば難しいものなんです。つまり人体実験をしないと、実際には立証できない。つまりこの新薬の開発は、法律的にも人道的にも許されるものではないんですね。ただ、この薬品は、正直にいうと、不治の病の特効薬になるんです。だから、誰かが犠牲になるか、それとも自らが覚悟で実験台になるかでないと、完成できない薬品なんです。私の見たところでは、ある程度までは完成しているようなのですが。臨床試験や人体にどのような効果があるかというところまではハッキリとしていないのではないかと思います。いろいろな意味を含めてこれは、最大の機密事項のはずなのに、この人は、こうやって生き延びていて、しかも病院に担ぎ込まれることになった。我々医学界からすれば、このことが世間に分かると大変なことになる。当然マスコミなどに知られるわけにもいかない。私がここで警察に話すことも本当はいけないのかも知れない。ただ幸いなことに、これは私の妄想だと言ってしまえばそれまでなんです、きっとこれを開発している秘密結社も、どうせ表の世界の医学や政治、警察などに、この秘密が分かるわけはないと思っているんでしょうね。実際にはそういうことですから。ただ、ここからが問題なのですが、これも多分になるんですが、このような薬の開発は一種類ではないような気がするんです。特に、服用時に混ざり合う形で薬の効果が出ているでしょう? つまり、その配合の割合に微妙なところで、効果がまったく違ってくると思うんです。だから、彼女のような被験者は他にもいるはずなんです。ただ、それが同じ不治の病への特効薬になるのか、それとも、伝染病のワクチンになるのか、そのあたりが、微妙なところであり、そういう意味でも、裏で相当なお金や利権が絡みあっていることも分かっています。きっと、このことが少しでも分かってしまうと、組織とすれば致命的ですので、一歩間違えると、消されてしまうなどということもあるかも知れないんですよ。私はハッキリ言って怖い。誰はどんな目で自分を見ているか分かりませんからね。殺されてしまうリスクはかなり高いと思っているんですが、かといって。このままいても、殺される可能性の高いところまで来てしまっている。後戻りはできないということで、これほど恐ろしい、綱渡りのような自分が存在していることを恐ろしく感じてしまうくらいですよ。それで、彼女の記憶喪失ですが、この薬の記憶だけはまったく思い出せないように細工してあると思うんですが、それだけに、他の記憶にどこまで影響しているかということまでは分かりません。今私が考えていることは、そのすべてが妄想であってほしいという思いでいっぱいです」
 と医者は言った。
「勇気を持って言ってくださってありがとうございます。私もこの話はここだけにしておきましょう。今の話を訊いているだけで、それを知ってしまうと私も殺されることになりそうですからね」
 と言って、浅川刑事は苦笑いをした。
 正直彼も、ゾッとしてしまったに違いない。
「でも、不治の病の特効薬や伝染病のワクチンであるなら、世の中のためのものですよね。それを裏で開発していて、その利権を貪るなどというのは、許せないことですね。私も何と言っていいのか分からないところです」
「もし、この話が本当なら」
 という但し書きがついたうえでの話であるが、服毒自殺あるいは、殺人の未遂事件が、まさかこんな裏が引っかかっていようとは思ってもみなかった。
「でも先生、今度の事件がそのことに直接関係があるんでしょうかね? もし彼女が被験者であったとすれば、組織は彼女をさらうくらいのことはしてもいいと思うんだけど、どこからも、そんな気配はない。ひょっとすると、先生の考えすぎなのかも知れませんよ」
 と浅川は言ったが、自分の声が震えているのを感じていた。
「それならいいんですが」
 とさらに顔色が悪くなった担当医だった。
「それにしても、一つビックリしたのは、被害者の由衣さんが妊娠していたということですね。本人には自覚があったんでしょうかね?」
 と聞いてみると、
「それは何とも言えませんね。聡い人であれば気付くでしょうが、いろいろと行動的な女性だと自分の身体の異変にはあまり気付かないでしょうね。でも、今の兆候ではなく、最初から、つまり性行為の時から、怪しいと思って心配していれば、ちょっとした異変でも気になると思うんですよ」
 と先生は言った。
「でも、そうなると、彼女は子供ができては困ると思ったのか、考え方としては、結婚できない相手、下手をすれば不倫の相手の子供だったとすれば……」
 と、浅川は言ったが、思わず苦笑してしまった。
「まあ、それも勝手な想像ですから、何とも言えません。想像するのも自由ですけど、あまり誹謗中傷になるようなことはお控え願えればと思ってですね」
 と、先生は彼女を擁護した。
「そうですね。これは刑事の性とでもいうんでしょうか。申し訳ない」
 と自分でも痛々しい言い訳をしてしまった。
「あいりさんの方ですがね。記憶がなくなっていると言っても全部ではないんですよ。一部なんですが、ただ、それも肝心なことを覚えていないようで、しかも、それは都合のいい部分だけを忘れてしまっているようなんです」
 と先生は言った。
「それじゃあ、記憶喪失はウソではないかと?」
「いえいえ、そんなことはいいません。逆に記憶喪失のふりというのは結構難しいと思うんですよ。何しろ、記憶を失った中でも、記憶がある部分もあるのだから、辻褄が合っていないといけない。そうなると、すべてを把握していて、まわりがどう考えるかも分かっていないと、ウソはつけませんからね。ウソをつくには、本当のことの中に隠すのがいいというではないですか。いわゆる『木を隠すなら森の中』とでも言わんばかりですよ。自分でも見紛うのだから、人が間違いないように誘導するのって、難しいですよね、だから、記憶喪失がウソという解釈は無理があると思うんですよ」
 と医者がいう。
「だったら、どういうことになるんですか?」
 という浅川の質問に、
「記憶の失い方を操作している何かがあるとでもいった方がまだ分かりやすいかも知れないですね。つまり、何かのマインドコントロールによる洗脳であったり。催眠術のようなものであったりということなんでしょうが、それも実際には難しいことではありますね。ただ、最近療法の中には、絶えず何かを連想させることで、自分の意識の中に。一つの辻褄、つまり事実ではないが、事実と思わせる架空の真実を作りあげることで、記憶のないその人に、考えた時に思い浮かんだことがまるで過去の事実であるかのように導くやり方ですね。そういうものが介在しているとすると、彼女の記憶は人によって作られたものということになり、記憶が戻ったとしても、それは信憑性のあるものだとは、とても思えないものになるのではないでしょうか?」
 と先生は説明をした。
「なかなか難しい発想かも知れませんが、もし、マインドコントロールであったとすれば、彼女の記憶は戻る可能性はあるんでしょうか?」
 と浅川が訊くと、
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次