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限りなくゼロに近い

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「管理人さんです。もっとも、怪しいと思ったのは、隣の人で、表にイヌがいたそうなんです。実はペットを飼ってはいけないという決まりがあるんですが。そのペットは警察犬にもなろうかという大人しいイヌで、静かに家の中で飼っていたのを隣人が知っていたんだそうです。だから決して、飼い主は犬を一匹で表に出すことはなかったのに、その時は犬が繋がれた状態で表にいたそうです。それで最初は戸惑ったのですが、隣人が管理人に話して、中に誰もいないようだということを訊いたので、怪しいと思い合鍵で中に入ると……。というようなことでした」
 と桜井刑事が説明した。
「イヌはいつから表にいたんだろうね? 殺害現場で犬がいれば、そのイヌ派犯人に吠え掛かっていたかも知れないだろう? ということは夜中から表にいたのかも知れないね」
 と聞いて、
「それはあると思います。近隣の人に訊くと、イヌが繋がれているのを見たという証言はいくつかありました。自分もすぐに仕事や学校に行かなければいけない朝の出来事なので、皆イヌに構っている暇はなかったようですね。だから、イヌは目撃されても、誰からも通報されなかったというところでしょうか?」
 という報告だった。
「もし、それが犯人の計画に入っているとすれば、今日、死体が発見されることを想定していたと言ってもいいだろうね。だって、イヌはそのまま自分が連れて帰ればいいだけだからね」
 と松田警部補は言った。
「でも、どうして被害者は、イヌを飼ってはいけないマンションで犬を飼っていたんでしょうね? 確かに違反してでも犬を飼いたいという人はたくさんいます。イヌが癒しになるという理由が一番なんでしょうね。被害者も同じ感覚で犬を飼っていたんでしょうか?」
 と浅川刑事が言った。
 それを聞いていて。
――彼女がそこまで寂しがり屋の女の子だという意識はなかったがな――
 と、紀一は思っていた。
 イヌというものが癒しになるのは分かるが。男がいるということなら、そこまで寂しいというわけでもないだろう。確かにオトコができる前にイヌを飼い始めたのであれば、男ができたから犬を捨てるなどということはできないだろう。癒しを感じて飼い始めたのであれば、そう簡単に捨てることはできないだろうからである。
 だが実際には、男の方がペットよりも大切だと思う人もいるだろう。その時にペットをほしいと思っている人にあげるなどという無秩序な考え方を持つかも知れない。
 少なくとも紀一には理解できないことであった。
「何のためのペットなんだ?」
 と漠然とした思いが頭をよぎるのだった。
「ペットがずっと表にいたので、隣人がおかしいと思ったということだったんです」
 というと、
「でも、ペットを飼ってはいけないところで飼っているんだから、まだ中の様子も分からないのに、いきなり管理人というのも、どうなんだろうね?」
 と、浅川刑事がそういうと、
「実は、隣人同士で決め事のようなものがあったというんです。もし犬が表に出ていて、それから数時間経っても私の方から何も言わなかったり、呼び鈴を鳴らして何も応答がなければ、管理人に連絡してください。イヌのことはかまいませんから、という話し合いができていたそうなんですよ。だから数時間経っても音沙汰がない。呼び鈴を鳴らしても、何も返答がない。これで隣人が何かおかしいと負ったんですね。それで、隣人は管理人に連絡をしたということです」
 というと。
「ということは。彼女は何か危険を日頃から察知していたということなのか?」
 と浅川が訊いた。
「そういうことではないそうです。何分、お互いに一人暮らしの女性に部屋ですので、何かあった時のことを考えての、あくまでも念のためだと言っています。ただですね、それにしては今回のような事件が起こると、本当に物騒だなって彼女は言っていました」
 と、、桜井が言った。

             薬の秘密

 それにしても、今回の事件は二人の女性が犠牲者で、お互いに顔見知りであった。一人は毒殺されかけて、もう一人は首を絞められての殺害だった。まず考えることとしては、この事件の犯人が同一犯であるかということである。
 かたや、殺人未遂なので、連続殺人とまではいかないが、未遂でなければ、連続殺人ということになるのだろう。
一つ気になるのは、
「この二つを連続殺人だと考えるなら、どうして手口を変えたのか?」
 ということである。
 もし、同一犯人であれば、パターンを継承しようとするが、最初の犯行で、殺害できなかったことで、次は確実な線を狙ったとも感がられる。
 そして、もう一つの疑問は、なぜ最初の被害者のとどめを刺すことなく、他の相手にターゲットを変えたのかということである。
 最初から二人とも殺害するつもりだったとすれば、一人は殺し損ねたのだから、もう一度狙うというのが普通のように思うが、一度殺されかけているので、警察が見張っているだろう。先に第二の犯行を成功させて。捜査の目が無効に向いた時に、本懐を遂げようと考えたのだとすれば、それはすれで理屈に合っているような気がする。
 その二つのことを皆おぼろげに感じているようだが。一番問題視していたのは、浅川刑事だった。
 だが、考え方によれば、この犯人の考え方は、どこか支離滅裂のようで、実際には辻褄が合っているようにも思える。それを考えると、被害者がイヌを飼っていて、何かあれば構わずに管理人に連絡してほしいとまでいう用心深さも分かる気がする。
 彼女が犯人を知っていて、
「ひょっとすると、殺されるかも知れない」
 などと思うことがあれば、当然隣人にも助けを求めることになるかも知れないと思っていても不思議のないことだった。
 イヌを飼っていたのも、隣人との間に危機回避を行うための作戦だけではなく、犯人を分かっていて、自分が殺されるようなことがあれば、相手を特定できると考えていたのかも知れない。
「たとえば、犯人がイヌ嫌いだったらどうなのだろう?」
 と考えた。
 なるほど、犬嫌いの相手が家にきて、自分に危害を加えるようなことになれば、イヌが表にいることで、自分の危機を隣人に教えることになるし、イヌを表に出しておくことで、
「犯人はイヌ嫌いなんだ」
 ということを悟らせるという一石二鳥の意味があったのかも知れない。
「彼女の関係者の中の男性に、犬嫌いがいないかということも、捜査の中に入れておくことにしようと思う」
 と、浅川刑事が言った。
 これに対しては誰も反対意見をいう人はおらず、この話は全会一致であった。
 ちょうどその時、鑑識からの報告が入った。その豊北署を読んでいた浅川刑事は、一瞬顔をゆがめて、
「どうやら、被害者は妊娠していたようだね。それもまだ分かるか分からないかの時期で、本人にその自覚があったのかどうか、難しいというくらいです。妊娠三か月未満という風に書かれていますね」
 ということだった。
 彼女が妊娠しているということになると話が少し変わってくる。これまでは河村あいりへの殺人未遂事件と結びつけることばかりを考えていたが、ひょっとすると、単独犯ということも考えられるからだ。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次