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限りなくゼロに近い

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 と言って、邪魔者扱いされていることを自覚している。
 公園の散歩で老人が多いのは、そういう人が多いからだろう。しかも、数人でいる人たちが家から追い出されたような人が多いのではないだろうか。逆に一人でいる人は、老後のことをしっかり考えていて、一人での散歩も計画の中にあったからではないだろうか。
 公園で一人散歩をしている老人を見て。
「孤独な老人で、家族から疎まれていたりするんだろうな」
 という目で見られているかもしれないが、実はそうではないのである。
 そういう老人たちの表情を見れば、決して孤独老人ではないということが見ていて分かったるするものではないだろうか。
 それを思うと、
「社会人としてバリバリの人間と、社会人を卒業した人の間でれっきとした結界のようなものが存在しているのだろうな」
 と感じる紀一だった。
 由衣が紀一に話しかけやすかったのは、そんな明るい雰囲気が紀一にあったからではないだろうか。そうでなければ、一軒孤独老人と思しき人に、そう簡単に声をかけるなど、できるはずがないからだ。
 その時の笑顔を今でも紀一はハッキリと覚えている。
 考えてみれば、警察官を辞めてからの自分は人の顔を覚えることがまったくできなくなっていたのだ。
 あれだけ警察官の時は覚えられていたのに、一気に老化してしまったのではないかと危惧したくらいで、急に怖くなって病院にも行ってみた。
「それは、精神的に気が抜けたからではないですかね。定年退職後に急に今まで簡単にできていたことができなくなったと言ってくる人は多いんですよ。しかも、無意識にできていたことができなくなってしまったことで、心配になられたんでしょうね。それを思うと、定年で気力が抜けるというのも一種の病気誘発になるんでしょうが、一時的なものだと思いますよ。何か夢中になれることができれば、これまで培ってきた能力を思い出すことができて、却って、自分が優秀なのではないかなどと思うくらいになっていたりします。それも極端な話であまりいいことではないんですが、それを思うと、総合的に考えると、あまり必要以上に考え込まない方がいいということですね」
 と先生にいわれた。
――別に気にすることはないんだ――
 と思ったが、自分の場合は在職中から、定年後のことを考えていた方なので、ここまで気にしていることが却って不思議なくらいだった。
 いくら、前もって予行演習のようなことを頭の中でシミュレーションしてみても、その時にならなければ、どのようになるかは、神のみぞ知るとでもいうところであろうか。
 あの笑顔の彼女が、なぜ殺されなければいけなかったのか、悔しい思いと、かつて新人の桜井刑事が感じた思いを今になって自分が感じることになろうとは思ってもみなかった。
 もちろん、桜井刑事にそのことを聞いてみるわけにもいかない。だが、一番気持ちを分かってくれるのは桜井刑事であり、その桜井刑事からいまだに恨まれたような目で見られるのが実に辛いことだった。
 だが、実際に事件は思いもよらない方向に進んでいるのであり、このまま黙って見ているつもりはないと紀一は考えた。
 捜査の邪魔にならないようにしながら、自分も協力できればいいという思いを基準にして、何とか、事件に関わっていければいいと思っていた。
 浅川刑事は、紀一が事件に関わってくれることに反対はしていなかった。最低限のルールさえ守っていれば、大丈夫だという思うがあるのだった。
 捜査本部に本当は入ることはできないのだが、松田警部補が特別に許可した。
「佐々木さんは、事件に深くかかわっているということもあるし、あの人なりの考えも聞いてみたい。だからと言って、彼を警察官という目では見ないようにしないとね。今は一般人だということを忘れないようにしながら、協力を仰ぐころにしよう」
 というのだった。
 浅川刑事は賛成だったが。さしがに桜井刑事は反対のようで、松田警部補を睨みつけるほどに、挑戦的な目をしていた。
 松田警部補もさすがに二人の関係性は分かっているつもろだった。だが、そこは、浅川刑事が上手くやってくれるのではないかという希望もあり、どこまでうまく調整できるか、そして調整できれば、事件はおのずと解決するような気がした。
「これを機会に、佐々木さんと桜井君の関係が修復してくれるのを期待しようというのは虫が良すぎるのかな?」
 と松田警部補がいうと、
「そんなことはありませんが、以前に話したように、結界が二つあると思っているので、ご希望は限りなくゼロに近いと思われる方がいいかも知れませんね」
 と浅川刑事が言った。
 少し、事務的で妻たさを含んでいたが、過度な期待をさせるわけにはいかない。
 どこか乗り気ではないという印象を植え付けておくのも重要なことで、以前二人の関係性について、いわゆる、
「二重の結界」
 があるという話をしたことがあったのは、まだ佐々木警部が警察官だった頃なので、二年とちょっとしか経っていないのだった。
 だが、本当のところは、桜井刑事も自分のかたくなさに疑問を感じているということもあって、
「俺はどこまで、何を信じているんだろう?」
 と桜井刑事も、自分で自分の分からないところがあるということだけは自覚しているようであった。
「今回の被害者は坂口由衣。二十二歳。部屋で絞殺されて見つかりました。凶器は紐のようなもので絞められたようで、近所の人も誰も気付かなかったそうですので、声を挙げることもなかったんでしょうね」
 と桜井刑事が説明した。
「凶器は見つかってないのかね?」
 と松田警部補に訊かれたが、
「ええ、部屋のどこからも見つかっていません。紐のようなものということなので、バスタオルのような形状でもないし、糸のようなものでもないということでした」
「死亡推定時刻は?」
「今朝の七時頃ではないかということでした。被害者はまだベッドの中にいたので、眠っているところ、首を絞めたと思われます。だいぶ抵抗の痕はあるようですが、相手の力が強かったのか、結構すぐに絶命したということでした」
 という桜井刑事の話を訊いて、浅川刑事が考えたのが、
――被害者には誰か男がいて、その男と一晩ベッドを共にした。どれほどの関係の相手なのかにもよるが、一緒にベッドの中で朝を迎えるはずなったのに、先に目覚めた男が彼女の首に急にヒモのようなものを巻き付けたんだろうな――
 という思いであった。
 しかし、ヒモのようなものは最初から用意しておかなければいけないもので、そういう意味でも、犯行は計画的なもの。最初から殺すつもりだったと考える方が自然であろう。
 そうなると、やはりかなりの顔見知り。本当の彼氏だったという考えが強い。彼女はその男に対してまったく警戒心がなかったことで、首を絞められ抵抗したが、それも及ばずに、首を絞められ殺されてしまったということであろうか。
 朝の七時というのも、微妙な時間である。男は最初からその時間を狙ってのことなのか、そのあたりも捜査の焦点になってくると、浅川刑事は感じていた。
「発見したのは誰なんだね?」
 という松田警部補に。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次