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限りなくゼロに近い

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 そんなことを思っていると、ふと思ったのは、
――桜井刑事はどうしただろうか?
 という思いだった。
 この間から桜井刑事は、紀一にやたらと攻撃的な目で見てくる。その事情を浅川刑事は知っているようなのだが、紀一に話をしようとは思わなかった。
 桜井刑事というと、勧善懲悪が特徴の刑事で、どうかすると熱くなりすぎて、からまわりしてしまうところがある。それをうまく調整しているのが、浅川刑事であった。
 これは、まだ桜井刑事が新人の頃に起因している。
 新人刑事として、浅川刑事とともに捜査をしていた新人刑事の桜井は、その時、犯人の恋人の女性を好きになってしまったようだった。同情からだったのだろうが、同情だけに、余計に深入りしてしまったようだ。
 犯人の男が彼女を慕って現れるかも知れないと思った警察は、彼女をマークしていた。
 犯人というのは、実はDV男で、暴力で彼女を拘束し、マインドコントロールをすることで、自分の手下のように扱っていた。
 彼女もそれではいけないと思いながらも、自分が悪い星の元に生まれたものとして、自分の人生を諦めかけていたのだ。
「どうして彼女があんな男のために、こんな目に遭わなければいけないんだ」
 と、大声を張り上げながら、やるせない気持ちをどこにぶつけていいのか分からなかった新人の桜井は、見張りをしていても、どこか上の空だった。
 そんなことがあったからか、新人の甘さもあったのか、彼女をしっかりと見張っていなければいけないのに、自分でも分からない間に彼女に逃走されてしまった。
「まさか、ちゃんと見てたのに」
 という桜井に罵声が飛んだ。
 特にひどかったのが、佐々木警部だったのだ。
「バカ野郎。お前は一体何をやっているんだ。お前のミス一つが取り返しのつかないことを引き起こすんだぞ」
 と言って、容赦はなかった。
――そこまで言わなくとも――
 と思っていたが、言い返すだけの気力はなかった。
 何とか、必死で彼女を探したが、ようとしてその行方は分からなかった。当然非常線も貼られたが、いついなくなったのかも分からない状態なので、すでに非常線の外まで逃亡している可能性があった。
 彼女が犯人ではないので、指名手配などできるはずもなく、ましてや、犯人に気づかれては元も子もない。そう思うと、八方塞がりだったのだ。
 警察の方としては、犯人のみならず、彼女も探さなければいけなくなった。
 実は彼女は犯人に騙されていた。犯人には他にも女がいて、それを知らずに彼女は今まで健気に貢いでいたのだ。しかも彼女は彼が犯罪者であることを知らない。
「自分がいないと、彼はダメになってしまうんだ」
 という健気な気持ちで彼に尽くしてきたのだが、彼女の思っている、
「ダメ」
 にすでにその男はなっていたのだ。
 いや、ダメになっていたのではなく、
「ダメな男を好きになってしまった」
 と言った方がいいだろう。
 ダメな男が引っ掛けるにはちょうどいい獲物だったということなのだ。
 そういう意味では、神様はこの男に悪いなりに才能のようなものを与えたと言えるのではないだろうか。実に神様は罪作りである。
 結果として、彼女はその男に騙されていたことに気づいた。彼女とすれば、警察が自分を見張っているのにもウスウス気付いていたという、最初はまさか警察が自分を見張っているなどと思いもしなかったので、交番に相談に行ったそうだ、交番からは、
「分かりました。なるべく注意してあなたの家のまわりや、通勤時間などを気にしておきますね」
 ということで、神に連絡先と、行動パターン、さらに、三か月間有効な、ケイタイ電話やスマホにより、その番号から連絡があれば、最優先で警察が動けるような手配をしていた。
 もちろん、刑事たちも知らないことでったし、交番もまさか張っているのが刑事だなどと思いもしない。ある意味二重の監視のようになっていた。
 だが、その刑事の張り込みを彼女は相手を警察だと思っていなかったことで、連絡が取れない彼が、怪しい男たちを使って、自分に何かの圧力をかけていると思ったようだ。
 犯人の彼と連絡が取れなくなって久しい。しかも、自分のまわりをウロウロする人に気づいたのは、彼から連絡がなくなってから、少ししてのことだったのだ。
 そもそも、何か怪しいと思っていた。
 実際の犯罪者だとまでは思わなかったが、
「何かをしそうな男だ」
 というところまでは彼にはあったのだ。
 それを考えると、最初は何をどうしていいのか分からなかったが、少なくとも彼への疑念が大きくなったのは間違いない。
 彼の立ち寄りそうなところに行ったりもした。その行動は警察にはありがたかった。警察ですでに彼の行動パターンとして把握している場所もあったが、まったく把握していないところも結構あったのだ。おかげで珪砂つぃが介入することができ、今まで分からなかった部分が白日の下に晒されると、次第に犯人の男の全貌が明らかになってくる。
「やつはかなりひどい男のようだ」
 というのは、警察でも彼女の方でも共通認識となったが、そのせいで、彼女を見張っている連中が警察であるという思いよりも、怪しげな、たとえばどこかの反政府勢力のような組の人たちではないかという思いの方が強くなったのだ。
 そんな中、彼女はついに自分が騙されていることを知った。
「彼女のような女性が思いつめると何をするか分からないだろう」
 というのが、佐々木警部の意見で、
「そこまでひどいことにならないだろう」
 と思っているのが、新人の桜井刑事だった。
 どうしても、まだ人情が抜けていない桜井刑事は、
「自分の中ではキチンと見張っているつもりだったのに」
 という思いがあり、その思いが実は甘かったことを示している。
 自分でも想像もしていなかった、見張っている相手に逃げられるという「ドジ」は、やはり人情に負けたということになるのであろうか。
 浅川刑事はそのことについてまったく触れようとはしなかった。
「これも刑事の宿命、誰もが通る道、それを何かを言えることではない。言えるとすれば、彼と性格が似ていて、導いてやらなければという気持ちの強い人であろう」
 と思っていた。
 それがまさに佐々木警部であり、二人のことをある程度分かっていると思っている浅川刑事は静観するしかなかったのだ。
 その思いは間違いではなかっただろうが、結果として二人の間に修復できない溝を作ってしまった。
 お互いに性格が似ていることは浅川刑事も分かっていて、それだけに一度溝ができると、そこを埋めるのは難しいのだが、溝が埋まってしまうとこれほどいいコンビもないと思っている。残念なことにその溝が埋まる前に、警部は定年で退職することになったが、二人の間の確執は、きっとお互いに気持ち悪いものとして起こったであろうことは想像がついた。
 今回の事件で、まさか、佐々木警部が関わってくるなどと思ってもいなかっただろう。
 ただ、相手は民間人、本当であれば、桜井刑事もいい加減に歩み寄りを見せればいいものを依怙地になっている。ただ、そこが桜井刑事のいいところでもあるので、必要以上に、こだわることもできないだろう。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次