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限りなくゼロに近い

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「実はね。私、今度メジャーデビューの話があるのよ」
 と言って、目を輝かせていた。
――ひょっとして、お腹が減ったと言って誘ったのは、この喜びを伝えたかったからではないか?
 と感じたが、もしそうであれば、紀一にとっても嬉しかった。
 まるで孫のような女の子の喜ぶ顔、そして、一目惚れを思い出させてくれた彼女の嬉しそうな顔が、これほど自分にとってさらなる喜びを与えてくれようとはこれまでは思ってもみなかった。
「ところで、メジャーデビューというのは、どういうことをいうのかな? 野球のメジャーなら分かるんだけど」
 というと、由衣は笑って、
「野球とは違うわ。でも、アイドルも組織としては同じようなものかも知れないわね、野球の場合はマイナーだったり二軍なんていうけど、アイドルの場合は、地下アイドルというのがあるのよ」
 という、
「地下アイドルというのは訊いたことがあるんだけど、どういうものなの?」
「ライブアイドルと言えば一番分かりやすいかな? 昔のアイドルって、アイドル歌謡と呼ばれるものを、テレビなどのマスメディアに登場することが多かったでしょう? でも途中からアイドルって、若い時にしかできないということもあって、女優や、グラビア、さらには、舞台などに転身するのが増えてきたのよね。だから、アイドルと言っても、最初からグラビアや女優の人もいて、実際に歌手としてのアイドルというのが、なかなか売れなくなったのよ。でも、アイドルを目指して、歌で勝負をしたいという人は減ったわけではないので、その子たちのために、ライブ活動を中心にしたアイドル活動というのが出てきたの。それが地下アイドルというものなのね。その中には実際にテレビなどに進出するアイドルもいて、それをメジャーデビューっていうのよ」
 と説明してくれた。
「なるほど、地下アイドルというのも、そうやって考えると立派なアイドルなんだね?」
「ええ、そうよ。それにヲタクって言われている人たちが熱中できるものとして、地下アイドルが存在できれば、それはそれで存在意義があるというものなんじゃないかなって思うの。でも、昔からの考え方の大人の人にはなかなか理解されにくいものなんじゃないかって思うのよ」
 と、由衣は言った。
 そんな彼女がメジャーデビューできるというのは、紀一にも嬉しいことだった。
「さすがにこの年になって、ライブとかには行きにくいものだけど、僕もファンの一人だと思ってくれると嬉しいな」
 と紀一は言った。
「それだったら、もっと早く言ってくれれば、もっと素敵なところで、ディナーをできたのに、何と言っても、一生懸命に努力してきたことが報われるんだから、正直、震えが収まらないくらいに感動を与えてもらえた気がする。今度、CDが発売されたら、一番に買いに行きたいものだね」
 と紀一がいうと、
「ありがとう。嬉しいわ。本当は今入院しているあいりと一緒にメジャーに上がりたかったんだけど、あいりはまだ少し掛かりそうなの。私の方が先にデビューできるのは、ちょっと心苦しいんだけど、彼女の分まで頑張れればいいって思っているわ」
 と、由衣は言った。
 普通に聞いていれば、
「何様のつもり」
 と言われそうな言い方に聞こえるが、それだけ二人とも努力をして、正々堂々と由衣は勝ち取ったのだから、それを他人がとやかくいう筋合いのものではない。
 素直に喜んであげるのが一番で、そんな由衣を見ていると、こっちまで無邪気な気持ちになると思った紀一だった。
 そんな由衣を見ていると、またしても、自分が若返ったような気持ちになって、
「もし、自分が今若返って、由衣を見たら、間違いなく一目惚れしていただろうな」
 と思った。
 その一目惚れが実を結ぼうが結ばないとしても、一目惚れしたことに変わりはなく、今でもひょっとすると、誰かに一目惚れできるのではないかと感じたのだった。
――あいりという子はよく分からないが、由衣と話ができたことは本当によかった――
 と、紀一は感じた。
 その日、家に帰ってから、紀一は由衣のことばかりを考えていたせいもあってか、久しぶりに中学時代の夢を見た。
――夢というのは、どういう構造になっているのだろう?
 という思いを抱かせるような夢で、夢の中の自分がどうも自分ではないように思えてならなかった。
 その理由として、まずその場所が学校であり、自分は中学生であるということだ。しかも、自分では、とっくの昔に卒業したという意識があるのに、中学生としての感覚にまったく違和感がなかったのだ。
 クラスメイトは皆知らない人だった。それはそうだろう、自分は卒業してから何十年も経っているという意識があるからだ、
 だが、学校に、なぜか中学時代のクラスメイトがいた。彼らは社会人になっていて、年齢的には三十前くらいであろうか、なぜその年齢なのかは分からなかったが、ひょっとすると、自分が時間の流れに、それまでとは違った意識を持ち始めた時期だったからなのかも知れない。
 確かに二十歳から三十歳までにかけて、そのどこかで時間の流れが惰性であるかのように感じたことがあった。そして、三十歳から、四十歳、さらに五十歳になるにつれて、どんどん一日が早く感じられてきたのだ。
 二十代から三十代までの間に何を感じたのか、今だったら分かる気がする。それは老化というものではないか。
「人間は二十五歳を過ぎると老化が始まる」
 と言われているが、まさにその通りではないかと、紀一は思ったのだ。
 三十代の友達が、まだ中学生の自分を蔑んだ目で見ている。そして、出てくる言葉は正反対に、
「中学生はいいよな。大人になったら、煩わしいことばかりだ」
 と、中学生の自分に対し、そう言って、上から見ているのだ。
 なりは中学生でも、精神的にはすでに老人の紀一にとって、二十代の若造からそんなことを言われるのは心外だった。
 だが、そのことについて、何かを言えるだけの根性もない。それ以前に、何かを口にしようとしても、言葉が出てこないのだ。
 気持ちとしては言葉をしゃべっているつもりでも言葉にならないというのは、思ったことをすぐに忘れてしまうことにも繋がる。
 言われたことは覚えているのに、言い返す言葉を覚えていない。何とも情けない状態なのだろうか。
 それを感じると、自分が夢を見ているのだということに気づくのだった。
 どうせ夢なのだからと思ってみても、実際にはそうもいかない。夢というものは、本当に自分が見ているものなのかと思ってしまうことがある、それは夢の中に出てくる自分と、夢を見ている自分が二人いることに気づいた時である。
 それはまるで幽体離脱でもしたかのようで、しかも、離脱したにも関わらず、元々の自分には自分ではない誰かの魂が宿っているかのようだった。
 そう思うと、中学時代を夢に見ていることも、少しおかしいが、理屈としては納得がいくような気がする。
 夢を見ている自分が本当の自分で、夢の中の主人公の自分が、中学生を演じている。たまに自分の意識が中学生の自分に入り込むことがあるが、それは中学生の自分が都合の悪いことを察して、夢を見ている自分を引き込んでいるのではないかと思うのだった。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次