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限りなくゼロに近い

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「そういう小さな矛盾が次第に積み重なっていくことで、人間関係がギクシャクして、相手を信用できない。あるいは、自分が信用できないなどという妄想に取り憑かれてしまうことで、こういった犯罪が引き起こされることになると言えるのではないでしょうか? 新聞に悲惨な記事が載らないような日を望んで仕事をしているんだけど、結局は、その一つ一つをさばいていくだけで追われてしまって、何もできていないことに、苛立ちを覚えているのは、自分だけではないと思うんです」
 と、浅川刑事は言った。
「少なくとも今回の事件は、被害者が死ぬことはなくてよかったというのは、いいことなんでしょうね。でも、まだまだ謎が多く、それを少しでも解明できないと、彼女の被害も浮かばれないと思うんですよ」
 と、桜井刑事は言った。
「今日はわざわざご足労頂いてありがどうございました」
 と言って、由衣をねぎらって浅川刑事が彼女を変えそうとした時、
「浅川刑事、あのことをお話になった方がいいのではないですか?」
 と桜井刑事が言った、
 それを聞いて浅川刑事は一瞬悩んだが、
「そうですね、ご報告しておきましょう。実は、病院のあいりさんが意識を取り戻したんですが、医者の話では、記憶を失っているということだったんです」
 と浅川刑事がいうと、それを聞いた由衣と紀一は唖然としてしまったが、ショックであることに違いはないようであった。

            夢の正体

 薬を盛られて殺されかけた被害者の身元は判明し、やっと昏睡状態だったところを抜けて、意識が戻ったということで、いよいよ、本格的な捜査を始められると思っていた矢先に、
「彼女は記憶を失っているおうで」
 という速報が入ってきたのだから、ショックであることに違いはない。
 意識が戻ったら、事情調をするというのが、次の捜査段階の一番大きなところであったのに、被害者自身の記憶がないのであれば、外壁を埋めるだけの通り一遍の捜査しかできない。外壁を埋めるというのは、本来であれば、直接の被害者なり、事件関係者からの話を訊いて、その裏付けを取るというのが、外壁を埋めるということであるのに、中身がないのに外壁だけ埋めたとしても、待っているものが何なのか、分かったものではない。
 とりあえず、もう一度病院に行って、彼女の実際の様子と、医者の目から見た状況を、先生に聞くしかなかったのだ。
 まずは、浅川刑事と桜井刑事の二人は病院に行って、状況を訊くことにした。ここからの捜査はさすがに紀一は一般市民ということで参加することはできないので、病院へは二人で行くことになった。
 紀一は自分が連れてきた手前、由衣を家まで送り届けることにした。
「佐々木のおじさん」
「何だい?」
 と、違和感のない会話であるが、由衣は最初から紀一のことを、
「佐々木のおじさん」
 と言っていた。
 これは、親しみを込めての言い方で、何も紀一に限って言っているわけではなく、便りになりそうな父親くらいの人のことをおじさんというようにしていた。
 紀一はおじさんというには、本当はもう少し年を取っていたが、せっかくおじさん扱いしてくれるのであれば、それもいいだろうと思って、否定をする気にはならなかった。
「私、お腹空いたんだけど、何か食べていかない?」
というので、
「ええ、いいよ。何がいい?」
 というので、
「ハンバーガー」
 という返事だった。
 本当はせめてファミレスくらいで食べればいいのだろうと思っていたが、彼女は、ハンバーガーでいいという。ポテトにドリンクにと、ファミレスで頼むよりも贅沢ができるというのが、彼女の考えだった。
 紀一はそんな無邪気な由衣を見ていると、
「綺麗さの中に可愛さを感じさせる女の子だ」
 という思いを抱かせた。
 この思い以前に感じたことがあると思って考えてみたが、
――そうだ、中学時代に一目ぼれした女の子が、綺麗さの中に可愛らしさを感じさせる女の子だった――
 と思い、自分がその時に話しかけられなかったウブな中学生だったのを思い出していた。
 それから思うと一度は結婚までしたのだから、その時を通り越して、中学時代に立ち戻っているということだ。相当な過去であることに違いはなく。よく見ると、あの頃に好きだった女の子の面影を感じさせた。
――そういえばあの子も、甘え方が独特だったな――
 今でいえば、あざといとでもいうのであろうか。甘えてくることは分かっているのに、どうしても許してしまう。
「ボールだと分かっていても、思わず振ってしまう」
 というほどの剛速球に立ち向かっているという感覚に似ているのかも知れない。
 黙って見送って、ストライクと言われることの方が、ボールと分かっていると思う玉を見逃す方が悔いが残るという感覚である。
 つまり相手は、自信悪甘えているわけではない。明らかにこっちを惑わそうとして行動しているのだ。その術中の嵌ってしまうことは誰が見ても情けないと思うことなのだろうが、騙されるのを怖くて何もできないでいる方が、思い切り後悔してしまうのが分かっているのだ。
――この年になって、まさか一目惚れしちゃったかな?
 などと思うと、中学時代の思いがこみ上げてきた。
 確かにあの頃は何もできなかったというイメージがある。中学生なのだから、しょうがないと思っていたのだが、その思いがそもそも間違っていたのだろう。何もできないという状況に、自分が甘えていた。いや、甘えていたというよりも、楽しんでいたと言った方がいいかも知れない。
 あの頃は意識したことはなかったが、後になっての思い出として、自分が後から、もっと勇気を持っていればよかったということを、後悔しているという状況が、実は嫌いではない。後から思い出すと、覚えていることは、彼女のことではなく、彼女を中心としたまわりの環境だったりする。
 なぜなら、彼女とはその時にお別れしてしまっているのだから、その先の成長を意識してみるわけではない。だが、まわりの光景。例えば街の移り変わりであったり、友達の成長であったりと、そのある一点の通貨の中において、彼女との時間が存在したというだけのことなのに、彼女との思い出を必死で探している。
「ひょっとすれば、なかった思い出を盛ってしまっているのかも知れない」
 そんなことを思うと、まだまだ盛れたかも知れないという思いがこみ上げてくる。
 そのこみ上げは、他の思い出と混同してしまっていることで、覚えていたい想い出を、どこかに封印しているかも知れないとも感じるのだ。
 中学時代に好きになった女の子は、まるでお嬢様のようだった。実際にお嬢様だったのかどうかは分からなかったが、いつも甘えてくるその傍ら、どこかこちらを支配しようという意識を感じさせるのだった。
 実際には、甘えん坊というよりも、相手を服従させて喜んでいるという女王様タイプだったように思えた。
 だが、今回知り合った由衣を見ていると、明らかに甘えを前面に押し出しているが、それはあざとさから生まれてくるもので、あわやくば、自分を服従させようという意識が働いているように見えてしょうがないのだった。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次