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限りなくゼロに近い

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「確かにそうですね。今までにいろいろな人の事件に介入してきましたけど、同じような話をされている人は結構いました。でも、いろいろ調べていると、皆それぞれに微妙に違っていたりするもので、下手に気持ちには踏み込んではいけないと再認識させられることが多いです。それにもう一つ感じたのは、どんなに同じような感覚を持っている人でも、踏み込んではいけない結界のようなものがあると思ったんです。その結界を超えてしまうと、却って相手が依怙地になってしまう。入り込んではいけないところがあるというのを、忘れていたわけではないはずなんですが、結界を超えると、ハッとした気分になって改めて考えさせられた李するものなんですよ」
 と浅川刑事が言った。
 それを聞いて由衣は何度も頷き、浅川刑事の気持ちが何となく分かったかのように感じていた。
「私はあいりの気持ちをたまに考えるんですが、ただ、その時に、あいりも私のことを同時に感じてくれているんじゃないかって、自覚のようなものがあるんです。それは妄想というよりも、何か電流のようなものが身体を走る気がするんです。そこは、同じものを目指して一緒に努力している者同士でなければ分かり合えない何かなんだろうなと思うんです」
 と由衣は言った。
「ところで由衣さんは、あいりさんが何かいつも薬のようなものを飲んでいるのをご存じでしたか?」
 と言われて。
「いいえ」
 と答えた。
 ちなみに、昨日紀一と一緒に救急車で運ばれたあいりのカバンの中にあったクスリは、最初どこかの調剤薬局の袋に見えたのだが、病院で医者が、中身を確認してみると、その袋はただの真っ白い無地の袋であった。
「おかしいな、確かに何かの文字が書かれているかのように見えたんですが」
 という話だったが、気のせいだとすると、そこから薬局や病院、さらには主治医に連絡を取ることはできないようだった。
 さらに警察は、あいりの意識が戻ったという話をつい今受けていた。その速報が病院から入ったのが、紀一が由衣を伴って警察署にやってきてから少ししでのことだった。そのことを隠しておく必要はなかったが、とりあえず、彼女がまだ意識府営だったということでの二人からの話を訊いた方がいいと思ったのか、目が覚めたということになると、話が変わってしまいそうな危惧が浅川にあったのか、とりあえず二人には話が済むまで黙っておくことにしたのだった。
「私もあいりも、スポーツ選手ほどではないですが、レッスンだけでも結構な運動量をこなします。さらに体系意地のために、食事制限があるので、そのあたりの矛盾を解消するために、サプリメントのようなものだったりすることは結構あります。そういう意味で薬もサプリメントのようなものだと思うと、不思議はないような気がするんですが」
 とあいりがいうと、
「でもですね。そのクスリって錠剤じゃないですか? 粉薬というのは考えにくいとは思いませんか?」
 と、紀一は言った。
 この中で紀一一人があいりが薬を飲んでいる場面に立ち会っている。あいりがサプリメントを意識したのは、今まであいりが薬を飲んでいるところを見たことがないという言葉の裏付けのようなものではないかと思えるのだった。
「なるほど、確かに粉薬にサプリメントという発想はないかも知れませんね」
 と由衣は言った。
「でも、あいりが薬を飲まなければいけないほどの病になっているなどということはまったく感じませんでした。風邪を引いて、病院で薬を貰ってきたというのであれば。分からなくもないですが」
 と由衣は続けた。
 浅川刑事と桜井刑事は目を合わせて、納得したかのような表情になっていた。それは、一通りの話が訊けたということであろうか。
「あいりさんとの話を訊いていると、由衣さんとは性格的に合っていないような気がするんですが」
 と浅川は言った。
「どういうことですか?」
 と由衣が訊いた。
「何か、お互いに遠慮しているかのように見えたものですからね」
 と浅川は言ったが、それが本心からではないということは、その場にいた人には分かったかのようであった。
 なるべく相手を傷つけないようにしようという思いと、あまりきつい言い方をすれば、せっかぅ自分がら話をしようと思っていることでも、いう機会を損なってしまいそうに思えたからだった。
「あいりという女性は、どちらかというと内にこもるタイプだったので、まわりからも余計な気を遣うことが多くて。その分、何を考えているか分からないというイメージを抱かせるので、一番いいのは、近づかないことだとまわりからは思われているのかも知れないですね」
 と由衣は言った。
「でもですね、アイドルを目指している人が、そういう感じでいいんでしょうか? 人を楽しい気持ちにさせるのがアイドルなんじゃないかって勝手に思っているんですけど」
 と、桜井刑事が口を挟んだ。
「そうですね。それはいえていますが、あくまでも、それは外面的なことであって、内面的には他の女の子と変わりはないんです。逆にいうと、自分の中をしっかり理解していないと、まわりを楽しい気持ちにさせるなど本当はできっこないなどということは、分かり切っているんですよ。でも、そのために自分を追い詰めるのって、ある意味本末転倒な気がするんです。一種の矛盾ですよね。それを克服することができればいいんでしょうが、なかなかそうもいかない。それを思うと、本当はアイドルなんてやってられないと思うんでしょうが、またすぐに夢を追いかけるんですよ」
 と由衣がいうと、
「アイドルというのも、因果な商売なんでしょうね」
 と、桜井刑事が言った。
「私などが一番、本末転倒だと思うのが、恋愛禁止ということですね。だって、疑似恋愛のような気持ちを男性の人に感じさせることで、自分のファンになってもらおうという気持ちがあるのに、肝心のアイドル本人が、恋愛経験がないとか、今恋愛をしていないなどというのは、どこか辻褄が合っていないような気がするんですよ。私だけの感覚なのかも知れないけど、恋愛を知らない人間に、疑似とはいえ、恋愛を相手に感じさせるなどできるわけはないじゃないですかね?」
 と言っていた。
「それはアイドルだけの世界の問題ではないかも知れないですよね。我々刑事だってそうですよ。犯人は逮捕しなければいけない。罪を償わせなければいけないという理念がありながら、犯人が犯人になるには、それなりに事情があるはずなんですよね。殺人事件であったとしても、人によっては、その人が殺されることで、他の人がしななくても済むということが実際にあったりするんですよ。これだって一種の矛盾ですよね。それを思うと、刑事という職業も因果な商売だと思うんです。だから、皆何かを仕事をしていれば、大なり小なりの矛盾を抱えているということになるのではないかと感じることもあるんですよ」
 と、浅川刑事が言った。
 それを聞いて、その場にいた桜井刑事も紀一も、由衣も、皆同じように、
「うんうん」
 と頷いたのだ。
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次