限りなくゼロに近い
と浅川刑事がそういうと、
「ええ、そういうことなんです。私にとって一世一代の度胸の見せどころと言えばう大げさになるかも知れませんね」
と由衣はいうのだった。
彼女はその時初めて笑顔を見せた。はにかみからの笑顔だが、まさに、
「綺麗さの中に可愛さが滲み出ている」
という感じであった。
「由衣さんは、本当にその人のことが心配だったんですね?」
と浅川刑事に言われると、今度は少し頭を傾げて、
「心配していたのは間違いのないことなんですが、今から思うと、どうしてあの時、そこまで彼女のことを心配していたのか、自分でもよく分かっていないんです。正直、彼女がいなくなってくれれば、ライバルが一人いなくなるという思いがあったのは否めません。ただ、これは人をライバル視して、一緒に何かを目指している人には皆ありえることではないかと思うんです。大なり小なり、相手を蹴落としてでも上を目指したいという気持ちもないような人は、すぐに潰れていくような気がするんです。人と競争するということはそういうことなんじゃないでしょうか? 何をどう言っても、結果はむごいものですよね。どんなに寝る間を惜しんで努力しても落ちる人もいれば、ほとんど努力するわけでもないのに、合格する人もいる、それを要領の良さという言葉だけで片づけられるものなのでしょうか? 決めるのは自分たちではない。審査員の人が客観的に見て決めるんですよね? そう思うと、一番公平ではあると思うのですが、それだけに結論をつけてしまうことは、むごいことだと言えるのではないでしょうか?」
と由衣は言った。
由衣の言い分を聞いていると、アイドルがどれほど厳しいものであるかということを訴えたうえで、彼女のことをライバル視はしているが、お互いに相手のことを分かっているという人もそれほど多くない。人のことを見る余裕などないという意味であろうが、それだけに人のことを見ることができるのは実に貴重なことで大切にするべき人なのだろう。そういう意味で由衣はライバルだと思っていながらも、彼女の存在はそれ以上自分にとって大切なものだという考えでいるのではないかということであった。
たった一日いなくなっただけで、そこまで心配するということは、彼女がどれほど孤独だったのかということであるのかも知れない。そしてそれを理解しているのも、やはり自分を同じように孤独だと思っている自分だからだと思っているのが、由衣だというこちになるのだろうと、浅川は感じた。
きっと紀一も同じことを感じたから、由衣の視線に気づいたのではないだろうか。そういう意味でその時に紀一が由衣の視線に気づかなければ、ずっと病院で集中治療室に入っている彼女の身元が分からずじまいなのではないかと思えた。
「それで、佐々木さんに声をかけて、佐々木さんにお友達のことを聞いたんですか?」
と浅川が訊くと、
「いいえ、声を掛けたのは私だったのですが、私がオドオドしていたので、話しにくいとでも思ってくれたのか、声を私が掛けた以外は、ほとんど佐々木さんが話をしてくださいました。だから私はそれに答えるだけだったんです」
と、由衣はいうのだった。
「私は、昨日ここで見た光景を彼女に話したんです。何やら運動をしていたんだけど、急に苦しみ出したので救急車を呼んで私も付き添ったという話をですね。それで由衣さんは、たぶん、自分の探している友達だというものですから、まずは病院に連れて行ったんです。相変わらず意識不明でしたが、彼女を見て、由衣さんは間違いなく友達だというので、初めてそこで、何かの薬を飲んだせいで、ショック状態になり、救急車で運ぶことになったと言ったんです。そして、警察が身元を掴んでいないという話をすると、ああ、自分が警察で証言してもいいと言ってくれたので、私が一緒に伴ってきたというわけです」
と紀一がいうと、
「ええ、でも私一人では心細かったので、佐々木さんについてきてもらったというわけです」
という話だった、
「佐々木さんは、元警察官で、私たちの先輩にあたる方なので、安心していいですよ。そういう意味でも、あなたが佐々木さんとご一緒にいてくえたことはありがたいと思っています」
と、浅川刑事がいうと、桜井刑事はまた面白くない表情になったが、その表情を浅川刑事は気付いていないようだったが、当の紀一には、その視線をよく分かっていたのだ。
「佐々木さんとご一緒だったという経緯に関しては分かりました。では、肝心の彼女というのは誰なんですか? どういう人物なんでしょうか?」
と、浅川刑事は、いよいよ核心部分に入ってきた。
「彼女の名前は、川本あいりと言います。私と同じ二十二歳で、Kタレントスクールに所属しているタレント養成の生徒です。どちらかというと努力家なタイプで、いつもレッスンのない日でも、毎日欠かさずに自分で決めたスケジュールにストイックなくらい生真面目に練習しyていました。ただ、なかなか芽が出ないところがあって、要領が悪いというイメージを私は持っていましたが、どうもそうではないというウワサもありました」
と、由衣は言った、
「じゃあ、その川本さんという人は、あなた以外にお友達がいたような感じはありましたか?」
と訊かれた由衣は、
「一度、練習生以外のところで友達ができたと言っていたんですが、どうも付き合いがなくなってしまったようです。あいりはそのことを私たちには言わなかったんですが、その理由は、どうやら何かで裏切られたのが原因ではないかと言われています。で、その原因というのが……」
と言いかけて、トーンダウンしたのを見て、
「どういうことなのかな?」
と、浅川が背中を押した。
「どうやら、同じ人を好きになったようで、その人を争って、その時に相手のあざとさに負けたかのようで、普通にありえることなんでしょうが、あいりはその人を信じていたので、余計に裏切られたという意識が高まってきたのではないかと聞いています」
という話だった。
「だとすると、あいりさんは、それで余計に孤独感を感じ、その孤独感の裏返しが、裏切られたという思いに繋がったのかも知れませんね」
と、浅川刑事は言った。
「そうですね。でも、これはあいりだけの問題ではなく、私を始めとして、アイドルを目指している人皆が持っているものなので、分かる部分もあるんですが、それだけに、余計に人の気持ちにはむやみに入れないとも言えるのではないかと思うんです。私だって、人からいくら心配してくれていると言っても、むやみにしかも土足で踏み込んでこられることには違和感を感じるんですよ。それは刑事さんにも分かっていただけることではないかと思います」
と言われて、