永遠のスパイラル
――この感情は何かに似ている――
と思ったが、それがデジャブ現象だと感じたのは一瞬のことだった。
これも一瞬で感じなければ、どれだけ考えたとしても、近くまでは辿り着いても、デジャブであるという意識にまでは行きつかない。そういう意味で、自分が感じるデジャブというものが、
――潜在意識による錯覚なのではないか――
と思わせるのだった。
桜井刑事にとって、ここまでの感覚は、時々意識されることであった。
もちろん、桜井刑事がそんな意識に苛まれているなどとは誰も知らないだろうが、大なり章なり、人間というものは、鬱状態にならないまでも、桜井刑事のような、
「潜在意識の錯覚」
というものを板いているのではないだろうか。
そして、浅川刑事がコンビを組むようになったのは、今まで巡査として現場で勤務してきた河合刑事である。
そもそも河合刑事は、どちらかというと、福島刑事とは性格的に逆だった。自分に自信がどうしても持てず、最初はそんな自分がどうして警察官になったのかということも分からないくらいであった。
いや、正確にいえば、河合刑事は時々、自分のことが分からなくなる性格だったのだ。まわりから、
「いつも河合刑事は自信なさそうにしている」
と言われていたが、本人は、
「まわりがいうほどでもないんだけどな」
と思ってはいたが、やはり自分に自信がないという気持ちは持っていた。
これが、河合刑事にとっての、トラウマと言ってもいいだろう。
桜井刑事は福島刑事の背負っているものに比べれば大したことはないのかも知れないが、それはまわりから見たからそう思うだけであって、本人にとって、このトラウマは自分で処理できないものであることを自覚しているだけに厄介だった。
そう、そこが、まわりから見て自信がなさそうに見えるという、これも一種の堂々巡りであった。
堂々巡りというものは、それだけ誰の中にもあるものであり、それをトラウマとして捉える者、あるいはジレンマとして捉える者、その人それぞれの性格によるのではないだろうか。だが、トラウマであろうがmジレンマであろうが、持っているものに変わりはない。それをどこまで意識できるかということが、刑事としてやっていけるかを決めるのではないだろうか。
絶えず、死を意識しないといけない刑事であったが、まわりから自信がなさそうに見えている河合刑事が、ある意味、一番死というものを恐れていないのかも知れない。
かといって、河合刑事が刑事という仕事を他人事のように考えているわけではない。
河合刑事にとっての警察官というのは、憧れだった。
河合刑事が警察官になろうと思ったのは、子供の頃に見た事件から始まっていた。
マンション住まいをしていた時のことだったが、ちょうど自分の住んでいるマンションの隣の部屋の鍵が開いていて、さらに、内側から掛ける、「ドアチェーンロック」の代わりに、衝立棒のようになっている構造のマンションで、それを扉に引っ掛けることで、オートロックにならないようにしてあった。
最初は、換気のためではないかと思ったが、中から、何やら気持ちが悪くなるような臭いがしてきたのだ。おかしいと思って親に話すと、親が顔色を変えて、警察に通報した。その時、まだ十歳にもなっていなかった河合少年は、母親から、
「絶対に何も触っちゃだめよ」
と言われたので、その指示に忠実に従っていた。
ただ、チラッとだけ見えたのは、誰かが倒れていて、こちらに頭を向けていたが、身体のどこかからか真っ赤なドロドロしたものが流れているのが分かった。
それが血だということは子供にでも分かったが、その時の嫌な臭いと一緒になって記憶していたので、それがトラウマになったようだ。
警察がやってきて、すぐに立入禁止になり、刑事が何度もやってきて、近所に聞き込みをしている。。普段であれば、少ししつこいというくらいに思うのだろうが、それが自分の他人事だと思っている証拠だと思うと、何かあまりいい気分がしなかった。
ただ、事件は、どうも犯人が自信過剰だったようで、警察にそのトリックを看破されたようだ。
「あの犯人も考えすぎたようね」
と母親が父親と話しているのを訊いて、
――あれだけ死体を発見した時、ショックが大きかったのに、解決してしまうと、こんなにも他人事のようになるんだ――
と感じた。
それがどうしてなのかと、子供心に考えた。
――そうだ、警察の力で事件を解決した。そのおかげで、あれだけのショックをまるで他人事と思えるほどにできるんだ。警察ってなんてすごいんだろう――
と感じたことから、河合刑事は警察官を志したのだ。
――きっとこんな動機で警察官を目指すひとなんかいないだろうな――
と、河合刑事は自分でも思っていた。
だが、自分がここまで身の程知らずだったとは思ってもいなかったようで。いざ警察官を目指すとなると、それまでウスウスと気付いてはいたが、自分に自信が持てないという性格がそこまで災いするものか、理解できないでいた。
あの時のマンションの犯人は、よほど自分の計画に自信を持っていたようだが、その自信過剰なところを刑事が看破したようだ。今の河合刑事であれば、もしその刑事の立ち番になれば、
「自分だったら、こういう犯罪計画にするだろうな」
と、表に出ていることだけを見て、自分なりに犯罪計画を組み立ててみるということくらいできそうな気がするのだった。
確かに、今からなら、他人事としてあの時の犯人の気持ちを思い図ると、自分にも事件を解決できるような気がしていたが、そう思うことで、警察官になった意義があると思っている。
だが、元来の気性としての、自分に自信が持てないという性格だけは如何ともしがたく、どのようにしても刑事となった今、その性格に向き合っていくか、それを考える必要があることを自覚していた。
河合刑事が自分に自信がないという意識を持ったのは、思春期の頃のことだった。正直それまで、どちらかというと
「怖いもの知らずだっや」
というところがあったのだが、それでも、決定的に自分に自信がもてないと思うようになった一番の理由は、
「思春期になる時期が他の人よりも遅かった」
と感じたところだった。
思春期が遅いということは、他人が思春期になったことを自覚できない状態で、まるで他人事のように思っていたのだろう。思春期という言葉も知っていて、デリケートなものだと思ってはいたが、まわりが若干臆病な空気に包まれてくるその原因が分かっているわけではななく、いずれは自分もその思春期に入ってしまった。
「思春期というのは目に見えないもの」
という当たり前のことは分かっているはずなのに、それを意識していなかったことで、急に自分に自信がなくなってきたことの原因が思春期にあると、他の人は思春期の間に気づくのに、突入が遅かったことで、その理由に河合少年は気付いていないのだ。それが、自分に自信がないと自覚できているのに、その突破口が見えない原因なのではないだろうか。
そんな自分に自信がないと思っている河合だったが、中学時代から勉強を熱心にするようになった。
「勉強は裏切らない」