永遠のスパイラル
それはある意味、安定しているからという意味でもあったが、人が動かないというのは、ある意味弊害があるということもあり、浅川刑事や松田警部補は懸念を抱いていたが、他の捜査員には分からないところであった。
K警察署刑事課の人員は、課長として、警部が一人、警部補としては松田警部補がいて、刑事の長としては、やはり浅川刑事が筆頭であろう。その次には数人の刑事が並んでいる。あと二組コンビが築けるので、刑事としては、六人体制であった。
今回二人の刑事がいきなり配属されたというのは、元々は巡査から昇格の刑事は決まっていた。名前を河合刑事といい、彼の憧れは桜井刑事であった。
自分が巡査として現場をパトロールしている時、よく桜井刑事が交番にやってきて、差し入れなどを持ってきてくれた。別に差し入れにつられたわけでも何でもないのだが、
「自分が刑事になったら、部下のこともしっかりと見ることができるようなそんな刑事になりたい」
と思ったからだった。
桜井刑事は、よく交番で世間話をしていった。それは別にサボっているわけではなく、最前線での事情を自ら現場の巡査に聞いて回るという情報収集に余念がないことだったのだ。
浅川刑事は、自らの人脈で情報網を持っているが、桜井刑事は、自分の足と実際に生の声を聴くという考えで努力を惜しまないというのは、令和の時代にそぐわないと言われるかも知れないが、
「大切なことは昭和だろうが、令和だろうが関係ない」
と言えるのではないだろうか。
河合刑事は巡査の頃から桜井刑事に対して、
「私はいずれ刑事課に配属になりたいと思っています。頑張って配属されますので、待っていてくださいね」
と会うたびに話していた。
桜井刑事はそれを聞いて、
「頼もしい限りだね。だけど、僕もまだまだなので僕も頑張って、立派な先輩になるようにせいぜい精進することにしよう」
と言って笑っていた。
桜井刑事は、刑事課に自分の後輩ができないことを実は憂いていた。
他の警察署では、人事異動が激しいと聞いているので、異動させられないだけいいのだろうが、後輩が入ってこないことをまるで自分の責任のように考えていたが、それこそ、思い上がりではないかとも思えるのだ。
河合刑事は、刑事課を目指して一生懸命であったが、一つの欠点があった。
「情に弱い」
と思っていて、それを、気が弱いからだと思っていたのだ。
情に弱いことで刑事課への異動を希望していたくせに、実際に叶ったとなると、急に臆病風に包まれた時期があった。鬱病に掛かったような神経質になっていて、
「河合巡査は大丈夫なのか?」
と、一般市民からも心配されるほどであった。
もう一人の刑事は、福島刑事という。福島刑事は、F県の別の警察署からの配属であった。年齢は二十九歳で、先ほどの河合刑事が三十一歳なので、年齢は若いが、刑事としての経歴は長かった。
しかし、福島刑事は同じ時期に配属になった河合刑事とはまったく違った経歴を持っている。
彼は、警察学校を優秀な成績で卒業したが、さすがにキャリアというわけにはいかず、同じF県内のD警察署からの配属だった。同じ県内でも、結構離れているので、まったく違う場所の配属と言ってもいいだろう。
福島刑事は、自分に圧倒的な自信を持っているのが特徴だった。かつて勤務していたD警察署でも、検挙に対しての執着は異常なものがあり、時には強引とも言える捜査や取り調べが行われ、とにかく逮捕の実績を挙げていった。
だが、それが災いしてか、強引な捜査を行って、裏をしっかりとらずに逮捕して基礎に踏み込んだことで、裁判において弁護士にうまくこちらが提示した証拠を逆に利用され、無罪となってしまった。それが冤罪として被告から訴えられたこともあり、彼の立場は微妙なものとなった。
実際の取り調べは若干の行き過ぎがあったのは仕方のないことだろうが、起訴するしないは検察官の判断である。それを一捜査員に負わせるというのは酷いのであろうが、冤罪を受けた方とすれば、検察官よりも、実際の取り調べを行った捜査官に恨みが向くもので、その時になって、初めて福島刑事は自分の過ちに気が付いたのである。
実際の捜査のやり方に問題があったわけではないのだろうが、取り調べが行き過ぎていただけであり、焦りすぎだったと言えるかも知れない。
それを戒める上司がいなかったというのも、彼の不運だったのだろう。
検察官は、検察庁から厳重注意という形での一番軽い処分で済んだが、実際の捜査員であり、被告の対象が福島刑事であるだけに、福島刑事は処分を免れることはできないだろう。そういう意味で、異動くらいは当たり前のことで、K警察署というのは、県警としても、庇えるだけ庇っての結論だったのではないだろうか。
本人は、さすがにショックが大きかったようだ。一度は辞表も提出したが、受理は許されなかった。
「K警察への異動になったので、もう一度自分を見直してみるといい。そこにいる浅川刑事を見習うといい」
と言われて、送り出されたのだった。
――浅川刑事ってどんな人なんだろう?
とそれだけを思いながら配属されてきた。
今までいたD署にはいないタイプだということは訊いていたが、尊敬されるべき刑事であることは間違いないだろう。
「果たして、尊敬される刑事ってどんな刑事なんだろう?」
と考えさせられる。
「検挙率が高くて、署長賞などを何度も貰っているようなエリート刑事?」
それらも、
「部下をうまく使って、警察の機動力を生かして、早期解決に貢献できる刑事」
そのあたりのイメージが浮かんできた。
福島は、自分が目指した理想の刑事というのはどんな刑事だったのだろうかを思い出していた。それは、
「自分で動いて、自分で手柄を独り占めにしてでも、実績を挙げる」
ということだけを目指していたような気がする。
それが、災いして、冤罪を引き起こしたという汚名を浴びて、左遷された刑事になってしまったのだ。
辞表を出したのに、それを却下されたことがどう災いするというのか、福島には想像もつかなかった。
「今度行くK署では、今回もう一人配属になる人がいるようだぞ」
と課長に訊かされた。
「どんな人ですか?」
と訊くと、
「巡査上がりの刑事だそうだ、君とは違う経路での配属になるので、いい意味で切磋琢磨してくれることを私は願っているんだけどな」
と言っていた。
「巡査上がりですか」
と少しテンションを下げた福島に対し、
「そこが君の悪いところだ」
と言って、その理由は説明してくれなかった。
福島は自分が人を見下して見ていることを自分で分かっている。そして、それを悪いことだという意識はない。確かに人をライバル視するのであれば、見下すという言葉には語弊があるが、ただの仲良しこよしでいいわけはない。義務教育のように、義務だから学校に来ている人と違って、少なくとも警察というのは公務員である。公務員試験に合格し、研修や訓練を受けて、晴れて配属されるのである、