永遠のスパイラル
「ここで一つ私が考えていることをこのメンバーで言っておきたいと思う」
と浅川刑事はあらたまって言った。
その場にはさっと緊張が走ったが、驚愕に値するような内容ではないことは分かっていた。なぜなら捜査員以外の、被害者の身内というだけの二人がいるからだ。ただ、それをお構いなしということは、二人にも聞かせたいという意思があるからに違いない。
浅川刑事は続けた。
「私が考えているのは、きっと今回の犯罪には、警察関係者が絡んでいるということですね。そしてそのカギを握っているのが、倉橋巡査ではないかと思うんです」
と浅川刑事は言った。
誰も口を開く人はいなかった。まさか倉橋巡査の名前が出てくるとは思わなかった河合刑事であったが、正直言われてみれば、かつての先輩だっただけに、今から思えば、何か怪しいと思えることがなくもなかった。あまりにも小さなことが無数にあったので、次第にその感覚がマヒしていったのだが、今から思えば、それも相手の作戦だったのかも知れないと思うと、何とも言えない歯がゆい気持ちになってくるのであった。
「警察というのは、いろいろなところで不思議な絡み方をしているので、誰が犯罪グループに利用されるか分からないところがあると思うんです。それに、その警察関係者を利用するために、誰かを利用するということもありなんじゃないでしょうか?」
という浅川刑事に、
「浅川刑事は、そのあたりのカラクリが分かっているのですか?」
と桜井刑事が訊くと、
「ある程度は分かっている気がするんだけど、証拠がないんだよ。あくまでも私の主観的な想像でしかない。いや、今の段階では、妄想と言ってもいいかな?」
という曖昧な言い方に、
「どうしてですか?」
という桜井刑事に対して。
「それは、私がそうであってほしくないという思いがあるからさ」
というと、その場はさっきよりも凍り付いてしまったように思えるのは、錯覚なのであろうか……。
大団円
それを聞いた桜井刑事は、浅川刑事の考えている犯罪グループの関係者に、この家の関係者がいると思っているのではないかということだった。
その一つの理由として、ここにいるメンバーの中に中西家の関係者が二人も入っているということだった。ハウスキーパーの中西女史と、娘の涼音である。どちらかが、犯行グループに関わっていると考えているのか、あるいは、二人とも絡んでいると思っているのかである。
だが、桜井刑事はさらに一歩進んだ考えを持っていた。
――二人が関係しているとしても、そこに共犯関係が存在しているのか?
ということである。
何と言っても殺されたのは、涼音にとっては自分の父親である。それを考えると、今の状況で黙って聞いている山下女史と涼音の間にアイコンタクトなどの暗黙の連絡がないことが不思議である。
涼音の性格からいけば、もう少し人にすがっていなければいけないはずなのだが、これがまさか彼女のやり方であるとすれば、相当な役者だとも言えるだろうが、桜井刑事が見ている限りでは、そこまでは考えられない。
そしてもう一つの根拠は、浅川刑事が、この場に二人とも参加させているということだ。そこまで頭がキレて役者であるのであれば、この場に参加させることで、こっちの意志を相手に警戒させるだけではないかと思わせた。この場においてそこまでの、
「キツネとタヌキの化かしあい」
が存在しているとは思えない。
それを考えると、桜井には浅川刑事の考えていることがある程度までは分かる気がするのだが、肝心なところになると、キリに包まれていて、妖艶な部屋のベールのように感じられるのだ。
「それにしても、犯罪グループというのは恐ろしいところを考えているような気がする。私はまぜ分からないのは、これが一連の連続殺人事件だとするのであれば、この二つの事件の結び付きというよりも、もっと気になるのは、これらの事件の本当の出発点はどこなのか? というところなんです」
と浅川刑事が言った。
「じゃあ、浅川さんは、この事件の前にもさらに序章があったのではないかとお考えなんですか?」
という桜井刑事の問いに、
「ああ、そうなんだ。そしてこの事件の一番の怖いところであり、肝心なところは、実はそこにあるのではないかと思っているんだよ」
というではないか。
それを聞いて桜井刑事は納得した。
――なるほど、それでここにできるだけ関係者を集めたんだ。ということは、まだ確証に至りどころか、肝心な部分も曖昧な感じなんだ。でも、要点は抑えている。さっきの倉橋巡査の退室にしても、何も言わなかったのがその理由ではないか――
と感じていた。
そして、そのカギを握る人物に、
「山下女史、娘の涼音。そして倉橋巡査」
の三名ではないかと思うのだった。
「倉橋巡査とずっと今まで行動を共にしてきた河合刑事にはそれが分かっているのだろうか?」
と思い、河合刑事の方を見ると、すでに頭が混乱しているのか、見ていて何を考えているのか分からないように見えた。
「では、かつて冤罪を受けた相手の顔に整形されていたという立場にいる福島刑事もさぞや複雑な気分なのではないか?」
と思い、今度は福島刑事の方を見たが、河合刑事と同じように、混乱しているのか、考えがまとまっていないかのように見えた。
では、事件に関係あると思われている女性二人はどうであろうか?
まずは、山下女史だが、この人は桜井刑事がここに訪れてから、ほとんど表情は変わっていない。たまに何かを思い出したように浅川刑事を見つめるが、相手が自分を意識していないと思うと、ふと顔を背けるくらいであった。
――この人ほどポーカーフェイスでなければ、こんな大きな屋敷のハウスキーパーは務まらないのだろうか? それとも、あくまでも「お仕えしているお屋敷で起こった殺人事件」というだけで、自分には関係ないということで、どこまでも他人事でいられるということなのだろうか?
と感じてはいた。
では、娘の涼音の方がどうであろうか?
その視線は絶えず、浅川刑事に向かって照射される高千十のようなものであった。それは相手を探っているというよりも、淡い恋心を抱いた相手が自分のことをどう感じているのかということを考えているかのようだった。
浅川刑事はというと、そんな涼音の様子に対して、まったく気にしていないかのように見えるが、涼音に対して、
「僕は君を気にしているんだよ」
と言わんばかりの視線を浴びせているようだ。
液晶の画面が、少しでもずれていれば、見えることがないいうような現象を思い起こさせるのである。
桜井刑事にとって、この場の状況を観察することも、何やら浅川刑事の策略に思えてきた。
確かに桜井刑事の意志で行っていることに間違いはないのだが、だからと言って、どこまdが自分の意志なのかと考えた時、まるで自分が傀儡人形のようになってしまったかのような錯覚を覚えるのはどうしたことか。
普段からそんな感情には腹立たしい思いと、憔悴感すら感じさせるものであろうに、そんな感覚はなかった。あくまでも、
「自分で考えて動いている」
と思わせるのだ。