永遠のスパイラル
「やっと昨日、その手術をしたのではないかと思われる、男を見つけました。その男は、医師免許も持っておらず、まったくのモグリだったのです。そのため、少し泳がせてお香と思ったんです。そうすると、怪しげなところに入り込んで、そこで研究をしていたんですが、何と毒ガスマスクのようなものを研究員皆がしているではないですか。そして、まわりにあまり匂いが漏れないようにしていたんですよ。その場所は大きな敷地の奥にあるので、民家まではかなりの距離があります、それでもここまで注意しているということは、相当な危険な研究ではないかと思い、鑑識に来てもらってできるだけ分析してもらうと、やはりかなりの猛毒であるということ、しかも特徴として、ホルマリンと酢酸の臭いが交互に襲ってきて、それを同時に吸い込むと、一気に死んでしまうというものでした。だから、この部屋に入った時、感じた匂いがホルマリンでしたので、これは危ないと思って、何があっても、止めないといけないと思ったんです。これが、先ほどの顛末になります」
という桜井刑事を戒めることなく、ねぎらいながら、ゆっくりと浅川刑事は、話し始めた。
「そうか。それはありがとう。私が同じ立場でも一緒のことをしていただろう。いや、していないと、一生後悔が起こって、刑事を続けられるかどうかの問題になってきそうだ。いや、そういう問題ではない。これは立派な人命救助だ。君には何と言って礼を言っていいかと思っているところだよ」
と、浅川刑事は言った。
そう言う浅川刑事に従うかのように、皆落ち着くまで少し待っていた。
「さて」
と、少し落ち着いてから、浅川刑事が切り出した。
「整形手術に関係のある匂いが、この部屋の台所からしてくるということはどういうことなのかな? 普通ならしてはいけない臭いなんだろう?}
と桜井刑事に聞くと、
「その通りですよ。この臭いが充満してくると、秘密をばらしているようなものだし、誰か犠牲者を出すわけにはいかないでしょうからね。しかも、ここは社長の家の台所でしょう? これが何を意味するかというところでしょうね」
と桜井刑事が言った。
それに対して、
「ということは、この臭いは、予期せぬことだったと言えるんじゃないか? つまり社長がこの臭いを発生させて、本当はあるタイミングで消すつもりだったのだが、殺されてしまったので、止めることができなくなったと考えると、一つの辻褄が合うんじゃないかな?」
と、浅川刑事が言った。
「その考えは少し偏っているような気がしますね。そうなると、社長の自殺説は限りなくありえないということになってしまうのでは?」
という桜井刑事の意見に対して、
「ということになるだろうね。でも、そうなると、あの密室が疑問なんだよな」
と浅川刑事が言った。
それを聞くと、急にベソヲかいたような顔になった涼音を浅川刑事は見逃さなかった。
「どうしたんだい? 涼音さん」
と聞くと、彼女はどっと泣き崩れた。
「すみません、本当は最初にいうべきだったんでしょうが、私が気を失ってしまったので、いうタイミングを逃したんですが、実は昨日私、お父さんと喧嘩になったんです。殺害された父の寝室で言い争いになったんです。その理由は私が、好きな人ができたから血痕したいという内容だったんです。でも、私の悪い癖というか、思ったことを父にだけは計算せずにいきなり言ってしまうところがあったのでいつも喧嘩です」
というと、山下女史が、
「それはね、あなたが悪いわけでも社長が悪いわけではないの。社長が言いたかったのは、あなたが今言った、何も考えずにいきなりいうところに怒りを持っていたんですよ。よく私にこぼしていました。お嬢さんがいつまでも子供のように、まったく変わらないって、それが何も考えずに意見をぶつけてくるところだったんですよ。お互いに分かっていながら、依怙地になってしまっていたので、気持ちがうまく伝わっていなかったんでしょうね」
と、いうと、それを聞いた涼音は感無量に陥ったのか、どっと崩れてベソヲかいて泣き始めた。
それを見ていたまわりはどうすることもできず、泣き止むのを待つしかなかったが。意外とすぐに平静さを取り戻した涼音は、話を続けた。
「渡すは、どうすることmできずに、父を振り切って、部屋を出ました。たぶん、その時、わざと大きな音を立てながら、扉を閉めたはずなんです。その時に、きっとロックが掛かったのではないかと思います」
と涼音は言った。
「涼音さん、言いにくいことを言ってくださってありがとうございます。私はお父さんの無念を晴らしたいという思いと、本当の真実が何なのかをきっと見つけようと思っています。だからあなたも、あまり思いつめないでいただきたい。これは私からのお願いです」
と言って、浅川はまたしても、涼音をねぎらうように言った。
「ありがとうございます。私も気持ちは浅川刑事さんと同じです。私でよければ、いくらでも協力は惜しみませんので、何でもおっしゃってください」
と言って、頭を下げた。
――何とすがすがしい女性なんだ――
と浅川刑事は感じた。
「こうなったら、例の桜井刑事が見つけたというその秘密工場のようなところ、一刻も早く、捜査してみる必要があるようだね」
と言って、桜井刑事に言った。
「はい、分かりました。捜査令状を取るようにいたします」
と言った。
「たぶん、合同捜査ということになることになるだろうから、お互いに情報はしっかり共有することにしよう」
と浅川刑事がいうと、
「じゃあ、連続殺人ということになるんでしょうか?」
という桜井刑事に対し、
「まだ犯人が同じだと決まったわけではないからね。ただ、ここでの社長の密室殺人はたぶん、機械的なトリックなのだろうが、なぜここを密室にしなければいけなかったのかは、トリック自体よりも問題なのではないかと思うんだ」
と、浅川刑事は言った。
「浅川刑事」
と後ろから声を掛けられ、そちらを振り返す炉、そこには鑑識官が立っていた。
彼がいうには、
「この臭いは、実は警察がか衣鉢している薬物に似ているんです」
と言われて、
「開発って、なんの開発ですか?」
「実は、最近増え続けているサイバー詐欺関係で、変装や声だけを変えるという開発が詐欺グループで頻繁に行われているんです。それに対抗するための我々の対抗策なんです。まだハッキリした証拠がなかったので言いませんでしたが、この間の河川敷での殺人事件で、被害者が整形をしていたでしょう?」
と鑑識官に訊かれて、
「ああ、確かにそうだった。でも、死後、すぐに判明したんだよな? 肉眼でも分かったくらいにハッキリと」
と桜井刑事が言った。
「ええ、そうなんです。だから、あれはまだ未完成の整形で、今は詐欺グループも日々、改良を加えているところなんです」
と言った。
「じゃあ、あの時の被害者、つまり加倉井氏だと思われるあの男は詐欺グループの一羽ということになるんですか?」