永遠のスパイラル
もっとも、巡査が出しゃばってくると、刑事から煙むたがられ、ほぼ間違いなく、無視されるという結末になり、自己嫌悪に陥ってしまうことになるだろう。倉橋巡査はそれが嫌だったのだ。
河合刑事が巡査から刑事を目指したというのも、実は倉橋巡査を見ていたからだった。
自分のことを、
「気が弱い性格だ」
と思っていることを自覚していることで、倉橋巡査を見ると、
「まるで、自分の将来のようだな」
と感じたのだ。
つまり、今行動を起こさなければ、どんどん、慣れてきてしまって、二度と上に上がる気持ちを持たなくなり、倉橋巡査の姿が、
「将来の自分の姿だ」
と思うのだろうと感じたのだった。
倉橋刑事が自分にそんな思いを抱いているとは、当の河合刑事は分かっているのだろうか?
そんなことを考えていると、倉橋は自分が今、河合刑事の近くで事件に直接かかわっていることがまるでウソのように感じられたのだ。
本当はタバコを吸いたいくらいの気持ちだった倉橋巡査は、あの場面では吸うことはできないのは分かっているので、我慢をしていたが、そのせいなのか、微妙に喉が渇いてきたのを感じた。しょうがないので、とりあえず、その場所に戻って、山下さんを呼び出した。
「すみません、何かの飲み物ありますか?」
と、訊ねた。
「ああ、台所にいけば、冷蔵庫にミネラルウォーターがありますが、それでよろしいですか?」
と言われて、
「申し訳ありません、ご所望できればありがたいのですが」
と言って、自分も山下さんについて、台所まで向かった。
すると、
「あれ?」
という山下さんがいうので、
「どうしましたか?」
と訊ねると、
「何か変な匂いがしませんか?」
と言われた倉橋が、
「あっ、そういえば、何かホルマリンのような臭いがする気がしますね」
というと、山下女史の表情は完全に鼻が曲がったかのような表情になり、
「ホルマリン? 私は詳しくは分からないけど、何やらお酢のような臭いを感じるんですよ」
という山下女史に対して、
「それはおかしいですね。同じ異臭を感じて、感じる人によって方やホルマリンの匂いで、かたや、お酢の匂いというのは明らかに可笑しいと言えますよね」
と倉橋は言った。
二人はゆっくりと歩いていたが、この異臭は明らかに台所からしてくるのが分かったのだ。
「入ってみましょう」
と言って、二人で入ると、今度は鼻を塞ぐようなひどい臭いに、いたたまれなくなった倉橋巡査は、これは明らかに尋常ではないと判断し、応接室に戻って、
「申し訳ありません、せっかくのお話を中断させて済まないのですが、台所から何やら異臭がしてくるので、ご確認いただきたいと思いまして」
と、倉橋巡査は、その様子の尋常でないことを伝えようとした。
いち早く反応したのは河合刑事で、
「倉橋巡査がそこまでいうのであれば、これはただ事ではない」
と言わんばかりに、無言の視線で浅川刑事に訴えていた。
それを察した浅川刑事は、
「よし分かった。とりあえず話を中断して、台所に行ってみることにしよう」
と、その場に居た人は一斉に立ち上がり、念のためん位タオルなどで顔を隠せるようにして用心深く台所に近寄ってみることにした。
すると、ちょうどのタイミングで、桜井刑事が呼び鈴を鳴らしたのである。倉橋巡査はそれが、桜井刑事であることは分かっていたので、
「浅川刑事、桜井刑事ではないでしょうか?」
と言ったので、それを聞いた浅川刑事は、
「分かった。河合君、もし桜井刑事と福島刑事なら、こっちに連れてきてくれないか?」
と言った。
「はい、分かりました」
と言って、玄関に向かうと果たしてそこにいたのは、桜井刑事と福島刑事だったのだ。
様子がおかしいと思った桜井刑事がいうと、
「どうかしたのかい?」
というと、
「実は台所から異臭がして」
と言い換えると、
「まずい」
と言って、通路に入って。
「待ってください、近寄るのは危険です」
と桜井刑事が声の限り叫んでいるようだった。
まさに間一髪だったと言えるだろう。
「どういうことなんだ! 桜井君、説明をしたまえ」
と、さすがに普段温厚な浅川刑事が、これまでになるとは桜井刑事も思っていなかったらしく、その恫喝に一瞬たじろいでしまったが、彼には彼で言い分があった。
「申し訳ありません。でも、こうでもしないと、また死人が増えるところでした」
と、桜井刑事の口から恐るべき言葉が語られる
融通が利かないと思われるほど、この手のブラックユーモアには敏感な桜井刑事にはありえないほどの言葉に、今度は浅川刑事が驚愕した雰囲気だった。
「う―ん」
と唸ると、浅川刑事は腕を組んで、桜井刑事を見つめている。
これが、長年のコンビのなせる業だと感じた倉橋巡査は、何か言おうとしたようだが、言葉を飲み込んでしまった。
「実は、この臭い、これは毒性のあるものなんです。落ち着いたらゆっくりと説明しますが、まずは我々が丸腰でいくのではなく、キチンと装備した鑑識さんに任せるべきなんですよ」
という桜井刑事の言い分を、浅川刑事は素直にしたがった。
「うん、分かった。じゃあ、鑑識さん、よろしくお願いいたします」
と言った。
鑑識を台所に戻して、一同はまた応接室に戻ってきた。少し落ち着きを取り戻すまで待ったが、今回も最後まで落ち着かなかったのは、涼音だったのだ。
「涼音ちゃん、大丈夫かい?」
と、ねぎらいの言葉を掛けたのは浅川刑事だった。
これがタイムリーな言葉となって、涼音はしっかり意識を取り戻し、
「はい、私に構うことなく、お話を初めてください」
という涼音を見て。大丈夫と判断したのだろう。浅川刑事は桜井刑事に向かって、
「よし、それじゃあ、さっきの顛末の説明をお願いしようか」
と言って、腕組みをした。
――変なことを言い出したら、承知しないぞーー
とでも言いたげなのだろうか。
「では、さっそくお話をさせていただきます。ところで大前提なんですが、倉橋巡査から、どうやらこの間の殺害された人物がここの秘書の方ではないかということを伺ったので、私は福島刑事を伴ってこちらに来ました。我々もあの事件で、いろいろ不可解なことが多く、科学的な部分、そして、足での捜査を並行してしていたんですが、その理由は、あの時の被害者が整形を受けていて、それが事件に関係があると思ったからなんです。そんな中で、まず探さなければいけなかったのは、被害者に整形を施した人物だった。被害者がなかなか特定できないので、少し目線を変えたというわけです。でお、施術を行った人が見つかれば、自然と被害者も見つかるのではないかと思ったのですが、実際には、そんな小さな問題ではなかったのですよ」
と、桜井刑事は言った。
「どういうことだい?」
という浅川刑事の質問に対して、