永遠のスパイラル
涼音もそんな浅川刑事に悪い気持ちを抱いている雰囲気ではなかった。むしろ見た瞬間に、
――この刑事さんなら、私の気持ちを分かってくれるかも知れないわ――
と感じたほどで、本当ならこんなにズケズケと訊いてくる刑事に、話してやる義理はないというくらいの感情を抱くのはいつもの涼音だった。
そんな涼音の性格をよく分かっている山下は。涼音を一人で刑事たちに立ち向かわせるのは危険だと思っていた。
喧嘩になることはないかも知れないが、綾音の場合は、ふてくされると、梃子でも動かないところがあるので、今でも対処に戸惑うことがある。ましてや初対面の刑事であれば、特に刑事という今までの未知の相手とのやり取りに対しては。両極端を想像していた。
「ふてくされて、一切なのも言わないか。それとも、興味津々で余計なことまで喋ってしまうかのどっちかだろうな」
と山下は思っていた。
だから、二人で応対できるのはありがたかった。いざとなれば、鼻の腰を折ってでも気まずい雰囲気になりそうなら、止めてやればいいからだ。
涼音の性格を知り尽くしていると思っている山下は、さすがというべきか、涼音がすでに浅川に興味を持っているのが分かっていた。
――これなら、難しい状況になることはないわよね――
と感じていたが、涼音は次第に浅川だけを見るようになっていた。
「じゃあ、お母さんは今回の事件にはまったく関係ないと言ってもいいのかな?」
と浅川が訊くと、
「それは大丈夫だと思います。旦那様は奥様に離婚の時にちゃんと財産分与も弁護士を立ててしっかり話し合っていましたので、問題はありません。しかも、奥さんの方もすでに、再婚されているので、いまさらというところではないでしょうか? それに遺産の問題となると、元奥さんが旦那様を殺しても、まったく遺産の分与など関係ないのだから、動機としては、まったくないと言ってもいいでしょう」
と今度は山下が答えた。
「じゃあ、奥さんの方には、動機はないとして、他に何か考えられることはありますか?」
と、浅川は山下と涼音を交互に見ながら聞いた。
「ないと思います。お父さんはお金に関してもしっかりしておられたので、社長である父が借金をするわけもないですし、逆に、人からお金の無心に来られても、人に貸すようなことはありませんでした。貸してしまうと、相手が返せなくなった場合のことを考えると、一時の感情に流されてはいけないのだと、いつも言っていましたから」
と、近祖は涼音が答えた。
「なるほど、お父さんはお金に関してはシビアだったわけですね。ただ、それは守銭奴のようなわけではなく、相手のことを考えてのことだったということですね」
と浅川刑事が訊くと、
「ええ、その通りですわ。私はお父さんのそういうところには尊敬の念を抱いていました」
という涼音に対し、
「じゃあ、尊敬の念を抱けないところもあったというわけですか?」
「ええ、そうですね。やはり会社を守っていきながら、さらに大きくしていくという使命を持っていると思っていたので、それだけに、いつもピリピリしていたところがありました。お母さんはそんなお父さんにきっと嫌気がさしたんでしょうね?」
と言って、涼音はまた母親の話に戻ってしまった。
まさかとは思うが、直接手を下したわけではないとしても、今回の事件に、母親が何か一役買っているところがあるとでも思っているのだろうか。ただ、実際には、状況から考えると、その可能性はない。一番考えられるのは、基本的には、家の中の人間、つまり今目の前にいる、ハウスキーパーである山下と、娘の涼音の二人ということになる。
「じゃあ、質問を違う方向からしてみましょうか?」
と、浅川は言った。
「どういうことですかぁ?」
と、涼音が甘えた声で言った。
涼音という女の子は分かりやすい娘で、自分の気持ちが声や態度に出るようだ。ただ、それが自然となのか、それともわざとなのか、分かっていないようだ。そのことを浅川は分かっていて。そうなると、どこまで信用していいのか分からなかったが、少なくとも、彼女の言葉にわざとウソを言う時があっても、見ていれば分かるような気がした。
「お父さんにですね。自殺をするとすれば、何か心当たりになるようなことはありますか?」
と訊かれて、さすがに山下さんは少しムッとした表情になったが、涼音は、それほどムッとした様子もなく、平然としていて、
「私にはないわ。お父様が悩んでおられたりすれば何となく分かるもの。お母さんとの離婚の時も私、分かったんですよ」
ということであった。
「山下さんの方はいかがですか?」
と聞いてみると、
「私も旦那様が死にたいと思う日土悩んでいた様子はなかったですね」
ということであった。
「なるほど」
と、浅川は少し考えていたが、今度は、また少し考えてから、
「ところでですね。最近音信不通の避暑の方というのは、どういう方なんですか?」
と聞くと、
「ああ、加倉井さんと言われる方なんですが、以前まで社長の避暑をしておられた方が急にお辞めになるとのことで、その代役にと、辞めて行かれる方が推薦して行かれたかただったんです。今からちょうど一年くらい前ということになりましょうか? 辞めていかれる方の紹介ということもあり、そして、ちゃんと秘書仲間からも加倉井さんなら大丈夫ということで雇うことにしたんです」
と、山下は言った。
「それでね。家に秘書の人が住み込むようになったのは、前の避暑の頃からなんだけど、加倉井さんも同じように、ここに住み込んで、お父さんのそばをずっと離れないでいてくれたので、皆かなり加倉井さんを信用するようになったんです。気も利くし、物覚えもよさそうなので、安心していろいろ任せることができたのよ。私もそんな加倉井さんを信用していたし、山下さんもそうだったの。だから、加倉井さんが急に家族が急病で帰らなければならなくなったと聞いた時はビックリしたけど、お父さんは快く実家に帰ることを了承したのよ。でもいざ帰ってしまうと、心細さは酷いもので、四人いたところから一人が減るというだけでこんなに寂しいものだったなんて、思ってもみなかったんです」
と、涼音は言った。
「そういえば、その加倉井さんのお写真か何かありますかね?」
と訊かれて、
「ええ、家族と加倉井さんが家をバックに撮った写真があったと思いますが、山下さん、持ってきてくださいますか?」
と言われた山下が、
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
と言って、席を外して、部屋を後にしていった。
「ところで涼音さんは、今はお仕事の方は?」
と訊かれて。
「ええ、最初はお父さんの会社で事務員をしていたんですけど、どうも私には無理があったようで、三年前に辞めたんです。やっぱりまわりがどうしても私のことを、