永遠のスパイラル
それを聞いて河合刑事は溜息をついていたが、その気持ちがどこから来るものなのか想像がつかなかったが、河合刑事は気が弱いところがあるというのを分かっていただけに、浅川刑事とすれば、その溜息はあまりいい気分ではなかった。このギャップ感を分からないのが河合刑事で、刑事としてはまだまだだと思うのだった。
ハウスキーパーの人に話しを訊く前に、まず鑑識官の分かったところから聞いておいてから、第一発見の場面を訊いた方がいいと感じ、まず鑑識官に分かる範囲でいいからと聞いてみた。
「死因は、胸に刺されたナイフですね。死後三時間くらいだと思います。ナイフに指紋は被害者のもおのだけですね。ひょっとすると、刺されてから苦しくて抜こうとしたけど、それができずに力尽きてうしろに倒れ込んでしまい、そこにベッドがあったことで、ちょうど大の字になるかのような体勢になったのかも知れません」
ということであった。
「部屋は密室だったんですよね?」
と訊かれた鑑識官は、
「ええ、そうです。それぞれのカギの部分も念のために指紋を取りましたが、入り口以外の窓などは、被害者の指紋しかありませんでした。元々の入り口は、第一発見者のハウスキーパーさんと娘さんの指紋がついていたんですが、そこは、合鍵を使ってさっき入ったということだったので、ついていても仕方のないことなのですが、当然のごとく指紋は二人の分はありました」
と、いうことであった。
浅川は桜井の事件を気にしていて、その時の犯罪の話も聞いていたので、鑑識官に聞いてみた。
「ところで、この死体には、整形をした痕はないのかね?」
と訊かれた鑑識官は、
「いえ、この死体には整形の痕はありません」
「ところで、この間桜井君たちが担当した例の川辺で発見された死体だがね。あの時にも君はいたのかな?」
と訊かれて、
「ええ、あの時も私が担当させていただきました」
「じゃあ、あの時と今日の死体とではまったく違った様相だと思っていいのかな?」
「ええ、状況も違うし、関連性は感じられません。しいて同じだというのは、刺殺ということくらいでしょうか? それも限られた殺害方法の中だというので、同じというのは、偶然という範疇じゃないでしょうか?」
「なるほど、鑑識の目から見て、関連性はないと思うのかな?」
「そうですね、もう一つ言えば、どちらも、胸に凶器を残したままだということでしょうか? 前の殺人は、他で殺害された可能性が高いということもあったので、ナイフを抜かなかったのは分かる気がします。血があちこちについてしまって、せっかく他から運んできても、血液から分かってしまう可能性がありますからね。場所まで特定できなくとも、運んできた身体から落ちた血で、運んできた車を特定できるかも知れない。どこに車を止めたのかが分かれば、監視カメラの映像を解析し、車を特定できますからね。犯人はそれを恐れたおかも知れない。でも、今回の犯罪は少し違っています。ご覧の通り、この場所は完全な密室になっていました。個人の部屋ということもあるので、防犯カメラもあるとは思えません。どこから入って、どこに逃げたのか、正直、この部屋の通常入り口からであれば、指紋の残った二人のうちのどちらかがということもあるでしょうが、それも考えにくいような気がします。それよりも、まさかと思われるかも知れませんが、自殺ということもないとは言えません」
という話を訊いた浅川刑事は、
「その根拠は?」
と訊かれて、
「根拠というほどではありませんが、今浅川さんの言われた前の事件で、もう一つ気になることがあったのですが、その時、被害者は何かの薬物で眠らされていた感じだったんですよ。でもですね、今回は眠らされた痕がない、いきなり胸を突き刺されたんでしょうね。争った跡が見当たりませんからね。そういう意味で、自殺というのも不自然ではないように思うんですけどね」
というのだった。
「しかし、昔の人が自害するわけではなく、介錯もなしに、自分の胸を刺し貫くというのは、できることなんでしょうかね? しかも普通のナイフですよ。日本刀を使っての割腹自殺ではないんですからね」
と浅川は言った。
「そうなんですよ。状況から考えれば、自殺もありえなくもない。だけど、現実的に考えると、不可能だと言ってもいいくらいなんですよ。そこが、桜井さんたちの事件と大きく違うところではないでしょうか?」
と、鑑識官は言った。
なるほど、彼のいうことにも一理ある。とりあえずは、死体の状況以外の被害者の近況をしるためには、まずハウスキーパーへの聞き取りと、気が付いてからになるが、娘からの聞き取りということになるだろう。
何と言っても、会社社長が自宅の寝室でナイフに夜刺殺死体で発見されたのだ。尋常な犯罪とは言えないだろう。
しかも、密室での犯行。どう解釈すればいいというのだろうか?
まず浅川刑事は、ハウスキーパーが控えているという応接室にいった。
すると、そこには倉橋巡査一人がいて、
「あれ> ハウスキーパーさんは?」
と訊かれた倉橋巡査は、
「ちょうど、お嬢さんの食事を作る時間なということなので、ちょっと中座しています。たぶん、あと十分くらいは席を外されているのではないかということでした」
「それじゃあ、しょうがないね。お嬢さんの方はまだ意識が回復されていないのかい?」
「目は覚まされたようなんですが、まだ話ができるところまでは行っていません」
「分かった」
ということなので、その間に、浅川刑事は、話を訊く前にせっかくなので、倉橋巡査の知っている範囲で、この家の事情を教えてもらうことにした。逆に誰かに訊かれていない今の状況の方が都合がいいのかも知れない。
「さっそくだけどね。私がずっと不思議に思っているのは、ここの奥さんはどうしたんですか? いないようだけど」
と聞くと、
「それがですね。五年前に離婚されまして、今は後妻ももらわずにお一人なんですよ」
「社長はおいくつなんですか?」
「六十歳になったところだと聞いています」
「お嬢さんは?」
「そろそろ三十歳になるくらいじゃないでしょうか?」
「娘さんはまだ独身なんでしょうね?」
「ええ、そうですね。ここの社長には、息子はいなかったので、次期社長は、娘婿ということになるんでしょうが、今のところは候補者がいないということでしょうかね」
「ええ、そのように聞いています。社長もまだ六十歳くらいなので、自分でもまだまだと思っていたんでしょうか? そのあたりは、娘さんに聞いてみないと分からないと思いますよ」
と、倉橋巡査は言った。
「じゃあ、この家には、ヘルパーさんと、娘さんと社長の三人しかいないということなのかい?」
と訊かれた倉橋は、