永遠のスパイラル
それなのに、よくここまで語ってくれたという思いも、福島が彼女たちを見ていて涙ぐんでしまう一因であったのだ。
「ねえ、君はどうして、そんなに僕に本音を言ってくれるんだい?」
と聞くと、
「だって刑事さん、私たちを見る目が違うもの。特にあなたの場合は、お客さんによくある目をしている気がするの。私が何とかしてあげたいという気持ちになるというんでしょうか? 失礼だとは思うんだけど、私をそんな気持ちにさせてくれた刑事さんのためなら、私が分かっていることは何でも話したいって思ったのよ」
というではないか。
「ありがとう。僕にもその気持ち、伝わっているよ。だから、君の話には信憑性を感じるし、分かっていることをすべて話してくれているんだなって思うと、余計なことも聞かずに済みそうなきがするんだ。僕は刑事としてはまだまだなので、こうやって相手に聞き取りをしている時でも、相手を傷つけているんじゃないかって思うのよ。だから、それを思うと、いつも自分自身が自己嫌悪に陥るんですよ。さっきあなたが、お客さんに自己嫌悪にならないようにと思っていると言っていたでしょう? あれはまさに私のことを言ってくれているんじゃないかと思うんだよ」
と福島は言った。
「それはね、私も何度もこの仕事をしていると、自己嫌悪になることがあるからなのよ、サービスが終わって、お客さんを送り出すでしょう? その時に、その人が座って嫌場所や、一緒に何かドリンクを飲んだ後の暖かさが感じられるのよ。その時にふっと思うのよ。私に使うお金で、何かおいしいものを食べたり、ほしいものが変えたんじゃないかってね。それなのに、ここを出てから、自己嫌悪に陥ったなんてことになると、私、まったく救われないじゃないですか。それがとても嫌なんですよ」
という。
「その気持ち分かる気がする。自分も、田舎から出てきているんだけど、田舎で好きだった女の子と別れてまで、警察官になったんだ。その時、彼女、正直泣いていた。その時は私もその理由が分からなかった。僕が一方的にフッたから、悲しんでいるんだって思ったけど、そういう感情論だけではないんじゃないのかって、今なら分かる気がするんだ。そして僕のその気持ちを代弁してくれたのが、今の君の言葉だったんだよな。そういう意味では、僕は救われた気がする。本当にありがとう」
ここまで話をしてしまうと、すでに、事件のことは頭の中から消えていたような気がした。
実際には、捜査に必要な内容はすでに聴取は終わっており、本当なら、彼女を解放してあげなければいけないところなのだが、どうしても、彼女との時間の心地よさから、このような時間の遣い方になってしまった。
――これは反省しないといけない――
と思い、店を出ることにした。
――きっと、店を出てからも彼女のことが頭から離れないに違いない。なぜなら、すぐに頭から離してしまうと、自分も彼女もどちらも陥りたくないと話したばかりの自己嫌悪に陥ってしまうからだろうーー
と、福島は感じていた。
それからまた新たな殺人事件が発生したのは、それからすぐのことだった。その日、刑事課で通報を受けて現場に向かったのは、浅川刑事と河合刑事だった。
二人は、担当していた事件も無事に済み、検察官が起訴したことで、二人は時間がちょうど空いていた。すかさず松田警部補から言われるまでもなく、二人はコートを片手に部屋をすぐに出ていった。
「通報は、住宅街の奥にあるさらに高級住宅ということのようですね?」
と、河合刑事が訊くと、
「ああ、殺されたのは、電機会社の社長さんらしい。B電器というと、全国区ではないが、F県では地元ナンバーワンなので、それなりの社長さんなんだろうな」
ということであった。
B電器というのは、F県が、中央の影響を受けていないことで、地場企業が今まで成長してきたという特徴がF県にはあるが、その傾向をいかにも表しているのが、この会社ということであった。
B電器は昭和の時代からあった企業で、県庁所在地であるF市中央区に大きな自社ビルを構え、ワンフロア―で、一つの種類全体を賄っているという感じだ。一階では、ケイタイの売り場があり、二階では、テレビコーナーがあったりなどという感じであった。都会の一等地で一つのビル全体がその企業としてやっているところはさすがに珍しい。どれだけ地場として、影響力が大きいのだろう。
そんな会社の社長が殺されたという一方が県警本部から入った。一一〇番への通報であろう。
やはりこの時もいたのは倉橋巡査だった。河合巡査とは一緒に勤務をしていた周知の仲なので、緊張した中にも河合刑事がいてくれたのは、安心だった。
また河合刑事としても、久しぶりに先輩である倉橋巡査を見れたのは嬉しかったようで、本来であれば、成長した自分の姿を見せられればいいのだろうが、まだ刑事になってからヒモ浅いこともあり、その思いは達成されることはないだろう。
浅川刑事はさっそく、倉橋刑事に連れられるまま、犯行現場に赴いた。
鑑識官はさっそく、写真を撮ったり、状況把握に余念がなかったが、その様子を邪魔しないように後ろから見ていたのが浅川刑事だった。
犯行現場は寝室で、その広さから、主人の寝室であろうことは分かっていた。寝室の上にまるで大の字にでもなったかのように、大きな男性が仰向けで倒れていたが、その大きさは錯覚であることに浅川は気付いていた。
「この人が、この会社の社長さん?」
と、浅川刑事が倉橋巡査に訊ねると、
「ええ、B電器社長の中西登氏です。社長としては二代目だったんですが、先代と一緒に、昭和の終わりからのバブル崩壊を乗り越えて、その状態から、他の企業を吸収合併することでやっと、先代が認めてくれて二代目社長になったということでした。それを思うと、二代目社長も結構苦労されたのだって思いました」
と、言った、
「ところで、誰が社長の死体を発見したんですか?」
「いつもは、もう起きてくるはずの時間なので、内線を入れたんですが、誰も出てこなかったので、おかしいと思って、娘さんに許可を得て中に入ったそうです。でも、お父さんが倒れているのは分かっていたような気はして覚悟をしていたそうですが、まさか胸にナイフが刺さっているとは思えなかったので。娘さんはそのまま気絶して、まだお話ができる状態ではないようです」
「じゃあ、ハウスキーパーの人は意識はあるんですね?」
「ええ、先ほどまで私の聴取を受けていただいていました。刑事さんがお話を訊きたいだろうから、あちらで待たせています」
と、倉橋巡査は言った。
社長の目は閉じていた。胸を刺されたのだから、カッと目を見開いているものだと思ったのだが、娘がショックを起こすほどの酷さだったことで、キーパーの人が気を遣って目を閉じさせたのではないだろうか。
鑑識官が忙しく動き回っている姿を見ながら、浅川刑事は部屋のまわりを見渡した。確かにこの広い部屋を見ていると、一人では無駄なくらいの広さに、
「本当に、財を尽くした家なんだって思うよな」
と浅川刑事は言った。