永遠のスパイラル
「そうですね。このお客さんは一年半くらい前から、一年前くらいまでの半年は、本当にすごい回数きてくれていて、馴染みの女の子もいたんです。でも、ちょうど一年くらい前から、一月ほど来なくなったんですよ。さすがにお金が底をついたのかなってウワサしていたんですが、一か月ほどしてまた来るようになったんです。前ほど頻繁ではなかったですが、少し気になったのは、それまでずっと同じ女の子だったんですが、相手を変えたんですよ。で、普通は馴染みの子は変えないよねって皆で言っていたんですが、そのうちに、新しく馴染みになった女の子が、あの人を少し怖いって言い出したんですよ。首筋に最初触った時、その部分だけが、やたらに冷たかったというんです。ゾッとしたらしいんですが、すぐに興奮してきたからなのか、身体が熱くなってきたようで、首筋も熱くなってきたというんです。それ以来、少し怖いというようになって、決して首筋に触らないようにしていると言います。男の人も別に何も言わないということで、彼女としてみれば、一番入りたくないお客さまだということでした」
と、言っていた。
「うーん、それは妙ですね」
と言って、桜井は先ほどの鑑識官の話の中にあった。
「この被害者は、整形をしている」
と言っていた言葉を思い出していた。
彼女が気にしていたのも、整形のなせる業だと思えば分からなくもないことだった。
捜査本部に戻ってから、福島刑事の前にいた警察署に、若松のことを照会してもらったが、その回答が来ていた。
「やつは、あの事件の後、管内から姿を晦ませた、逃げ出したんじゃないかと言われていたんですが、一年くらい前に、やはり風俗の馴染者女の子からの証言で、道で見かけたという証言を得ていたんです。その時は、一人ではなく、ラフな格好をした女の子とイチャイチャしたような歩き方をしていたというんですよ。彼女がいうには、きっと自分たちと同じ風俗嬢に違いないってですね。彼は二重人格のようなところがあって、普通のカタギの女の子と付き合っている時は、決してイチャイチャすることはないんだそうです。イチャイチャするのは、風俗嬢とだけだって行っていたんですよって、言っていたんだ。それを誰から聞いたのかと訊ねると、同チンピラ仲間から聞いたって言っていたんですよね。ちなみにそのチンピラ仲間というのは、彼女の勤めている風俗店の受付の男の子のようで、彼がウソをつく理由もないので、間違いないだろうということでした」
と、帰ってきた情報を、桜井刑事が説明した。
それを聞いた福島刑事は、
「妙な気がする」
と言い出したのだ。
福島刑事は続ける。
「というのは、私が前の警察署にいたのは、数か月前です。確かにやつの姿を二年くらい前から見ていないという話は聞いていましたが、一年前に見たという話が巻き起これば、私の耳にも入るはずです。それが入ってこないということは、誰かが意図的にその話をまわりに流さないようにしていたのか、それとも、自分にだけの耳に入らないようにしていたのかですね。そもそも私は、もうやつに関わりたくないと思っていたし、実際に、関わってはいけない人間なので、私の耳にだけ入れないようにすることくらいは、それほど難しいことではないと思われます」
と、いうことだった。
「他には何かなかったかね?」
と、松田警部補に訊かれた桜井は、
「やつが風俗通いをしているという話は本当のようですね。この街に来る前にいた管内でも、よく風俗に行っていたと聞く。同じ県内でも、向こうとこっちでは文化が違うので、同じ風俗でも雰囲気は違うようです。やつは、向こうの風俗の方がいいと、絶えず言っていたといいます」
「ちなみにやつは、一体どういう男なんだ? 話だけを訊いていると、組織の鉄砲玉のような感じで、何かがあると、替え玉として自首させたり、犠牲にさせるための、ただの駒にしか見えないのだが、駒なら駒で、何か組織から見返りがあってしかるべきだと思うんだけど、いろいろ聞いても、やつのことを調べても、何かおいしい思いをしたという話は聞こえてこないんだよ。ここまで組織に利用されて、何らうまみがなければ、普通ならやっていられないだろうが、彼が組織を裏切ったり、仲間を出し抜いたりしている様子はないんだよね。しかも、何をやっているのか分からないところがあり、やっと見つかったと思ったら、死体だからね」
警部補がいうと、
「ですけどね。警部補。鑑識官の話では、やつは整形をしているということなので、本人かどうか分かりませんよ。そういう意味では、まだ被害者の特定が完全にされているわけではないんですよね」
と、桜井が言った。
「じゃあ、あの死体が若松でないとすれば、やつは一体どこにいるんでしょうね?」
と福島刑事が苦々しい表情で言った。
「うん、行方が分からないのは、きっと整形で変えた顔がソックリなので、誰もがやつを若松だと思って信じて疑わなかったわけでしょう? その間にどこかに高跳びしているかも知れないですよね。ただ、一つの考え方として、やつは自分を死んだことにして、安全な場所でのうのうと暮らしているかも知れない。もちろん、整形はしていると思うが、何よりも本人が死んだことになっているのだから、安心なんだよね」
と、桜井刑事が言ったが、
「そのわりには、被害者の身体は素人が見ても整形したあとだってすぐに分かったじゃないかね?」
と松田警部補に言われると、
「ひょっとすると、殺されたことによって、組織細胞が普通の人間になることで、見た目にも整形が行われたことが分かるという欠点があるのかも知れない。それを知らずに、誰かが殺したんだろうね」
と桜井刑事はこたえた。
「じゃあ、最近は頻繁に変死の整形が目立っていると鑑識が言っていたけど、生きている人間には目立たないだけで、死んだ人以外にも整形が日常的に蔓延していると言ってもいいのかも知れないな」
と松田警部補が返事を返した。
「それにしても、そんなにたくさんの整形手術をした人が多いというのは、どういうことなんでしょうね? それだけ需要が高まったから、行う方も儲かると踏んだんでしょうかね?」
と福島刑事が訊ねると、
「どうなんだろうか? 整形手術というのは、最近では医学や技術が発展してきているとはいえ、結構、裁判沙汰になっていることもあるじゃないか。それを思うとまだまだリスクの大きなものだと思うんだけど、よほど何か大きな魅力があるか、あるいは、整形しないといけない理由があるかということだろうね」
と桜井刑事が言った。
「その理由というのは?」
と、何となく分かってはいるが、福島刑事は訊ねてみた。