永遠のスパイラル
というと、
「お言葉ですが、報告を挙げれば、捜査していただけましたか? 事件性のないと判断したものに対して、警察組織は動かないでしょう? だったら報告しても、握りつぶされるか、無用な混乱を招くかのどちらかになってしまいますよね?」
と鑑識官は、明らかにその目に戒めが感じられた。
さらに鑑識官は続けた。
「刑事さんを責めているわけではないんですよ。我々としても自殺や変死の共通点として言っているだけで、別に整形は犯罪でもないですからね。薬物反応が出た人に関しては。薬物担当の捜査課に捜査をお願いしています。だから、問題ないと思っています」
と、あくまでも自分たちの正当性を訴えた。
かなり興奮しているようだったが、、それも無理もないことだろう。
何しろ、これは鑑識官が責められるべき問題ではない。確かに報告義務もなければ、混乱を招くと言われればそれまでだったからだ。
「でも、整形というのは、皆同じ人間の手によるものなんでしょうかね? 鑑識の目から見てどうなんですか?」
と意見を聞いてみた。
「私の目から見る限りは、限りなく同じ人物によるものだという気がしますね。勝手な憶測で恐縮なんですが、特撮ものなどで、悪の秘密結社が、改造人間を一般社会に送り込んでくるかのような感じですよ。裏に我々の想像を絶するような、秘密結社があったりするのかも知れませんよ」
と、現実と架空の話を混同して話しているかのようだったが、今までの話の流れから、決して冗談だと言って笑い飛ばすことはできないような気がしたのだ。
「なるほど、私も同じような発想を抱いていました。でも、さすがにどこまで信憑性のある話なのかと思うと、かなり現実離れしているような気がしますね。でも、整形というのが事実であれば、放っておくわけにはいかない気がしてきました。これは、反社会的勢力を相手にしている課とも相談して、事に当たらなければいけないことなのかも知れないですね」
と桜井刑事は言った。
犯罪というものは、どこからどこまでを差すのかということを、よく分からなくなる桜井だった。
個人のプライバシーに抵触するということで、本当であれば、大きな犯罪が見え隠れしているにも関わらず入り込めない場合もある。
また、こちらは犯罪だと認識していながら、被害者が被害を受けていないというように主張すれば、それ以上は立ち入れない。特に個人間の問題で、DVであったり、家庭内暴力、校内暴力や苛めなどである。
ご近所トラブルにしても似たような問題と言えるのではないだろうか。
相手が、
「これは訴えない」
と言われればそれまでだからである。
子供への暴力であれば、家庭相談所が相談員を向かわせることもあるが、これも警察に対するのと同じで、後の祭りというのが結構多い。
「あの時に分かっていたのに」
と言ってもすでに遅いのだ。
だから、世間では、
「警察は何かが起こらないと動いてくれない」
と言われるのであるが、確かに最初から動かない人もいるが、行動しようと思ってもプライバシーの侵害という問題が絡んでくるので、迂闊に介入できないのも警察であった。
そういう意味では世間というのは、言いたいだけ言って、自分がその立場になって、やっと気づくというのが、本音というところであろうか。警察官として一番やキリれないところと言っても過言ではないだろう。
とにかく鑑識官の話はそれくらいだったので、次には第一発見者に話を訊くことにした。
第一発見者というのは、この店にビールを届けているアルバイトの青年だった。まだ大学生ということで、運転は社員の人がして、もっぱら、そこから配達に赴く役だった。
「ここは、会社から一番近くの店なんですが、運転手の人のやり方で、近くからどんどん遠くに広がっていくという配達方式なんですよ。それで九時過ぎにここに配達に来てみると、何やら人が倒れていて、よく見ると胸にナイフが刺さってるということじゃないですか。ビックリして中の受付のスタッフに、警察への通報をお願いしたわけです」
と青年がいうと、
「じゃあ、他のお店への配達には、社員の人が向かったということでいいのかな?」
と青年は訊かれて、
「ええ、そうです。たぶん自分には第一発見者としての事情聴取があるだろうからということでバイト先の会社に連絡をして、こういうことになりました。運転手の人はずっと車の中にいましたので、この状況をまったく見てないですから、いなくても大丈夫なんです」
ということだった。
彼は名前を矢田だという。
「ところで矢田君は、いつもこのくらいの時間にここに配達に来るのかい?」
「ええ、そうですね。大体九時半か十時くらいでしょうか? でも毎日じゃないんですよ。定期配達の日が決まっていて、月曜日と木曜になんです」
という。
「じゃあ、今日は木曜日なので、君が最初に発見したということだね?」
「そういうことになると思います」
「ところで、スタッフの方に伺いますが、彼が発見しなければ、次に発見するのは誰になっていたんでしょうね?」
と訊かれた受付スタッフの青年は、たぶん、昼過ぎまでは発見されなかったと思いますよ。何しろ、配達でもなければ、そこを通る人はいませんからね。でも、スタッフが午後になって一度換気をするんです。その時に一度表に出るんですよ」
と言った。
「ところで、矢田君がこの死体を発見するまで、どうして誰も見つけることができなかったんでしょうね? 朝は誰もあそこを開けないんですか?」
と言われて、
「いいえ、そんなことはありません、先ほど、あそこの巡査の方にもお話はいたしましたけども、我々スタッフが七時過ぎくらいに出社して、一度あそこを開けることになっているんです」
というのを訊いて、
「じゃあ、その時はあそこに死体はなかったということになるのかな?」
と訊かれて、
「ええ、もちろん、そうですよ。死体があんなところにあったら、我々だって気付きますよ」
というではないか。
「じゃあ、君が今日はあそこを朝一番に確認したのかね?」
「ええ、あれは、七時半くらいだったと思います。私はいつもそれくらいの時間に確認するんですよ。なぜかというと、いつも朝の用意のパターンは決まっているので、朝出社する時間が誤差があっても、二、三分なので、確認の誤差は五分程度だと思います。だからmほぼ七時半だと言っていいと思います」
というのだった。
「ところで、君はあの死体を見たかね?」
と言われて、スタッフは、
「ええ、見ました」
と答えたが、
「君はあの人物に心当たりがあるのかい?」
と言われて、
「ええ、お客さんの中にあの人はおられました」
「常連さんなのかな?」
「ええ、最近よく来てくださっています。よく来てくれるようになったのは、一年半くらい前からだったでしょうか。最初の頃は足しげく通ってくれて、一週間に二、三回も来てくれていました。よくお金がもつものだと思っていたくらいです」
「何か彼のことで気になったことがありますか?」
と訊かれたスタッフは、