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因果応報の記憶喪失

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「ええ、そうですよ。だからと言って、今カギを持っているわけではありませんからね。というよりも、入荷担当の主任さんがカギを返してきた後で、事務所のカギは全部変えましたのでね。なぜなら、辞めていく人はカギを返すようになっているけど、悪いことを考える人はその間に合鍵を作っているかも知れないですからね。それくらいのセキュリティはうちのような会社でも行っていますよ」
 と、弘子は言った。
 それも当たり前のことであろう。ちょっと考えれば分かることだった。
「あなたはカギを持っている。入荷担当の人はカギは持っているんでしょうか?」
 と訊ねられたので、内線で詰め所に連絡を取ると、入荷担当の主任は来ていたので、事務所の方に来てもらえるように連絡を取った。
 彼がやってくるとさっそく、事務所のカギのありかを訊かれると、彼も財布の中からカギを出してきて、案の定番号に三番がついていた。
「ということになると、後は工場長さんだけですよね。工場長が帰ってこられたら、まずそのあたりの事情を訊いてみる必要がありそうですね」
 と桜井刑事がいう。
「先ほども申しましたが、社用車での出張ですので、たぶん、三時間はかかろうかと思います。そうなると、昼頃か、少し昼を超えるかくらいではないでしょうか?」
 と弘子は言った。
「出張先というのは、この会社の別の工場か何かですか?」
「いいえ、うちの会社への出張ではなく、研究何です。広く公募されているセミナーのようなもので、その講義を受けに行っています。工場長クラスの中間管理職が受ける講習のようで、社長も推進していたということです」
 と、弘子はいう。
「この会社では、そういう研修を積極的に受けるような体質なんですか?」
「ええ、そうですね。研修関係に関しては積極的に受けさせてくれる会社であることは間違いないようです」
「なるほど、では、ここの工場長は仕事熱心な人なんですね」
「そうですね。ここの工場長は、吸収された方の会社では、社長だったらしいんです。だから、経営者としての意識もあるし、勉強熱心でないと、前の会社でも社長までは務まらなかったのかも知れませんね」
「前は社長さんだったですか?」
「ええ、そう聞いています」
 この話をしている時の桜井刑事の表情は急に変わった。どうやら、工場長が以前社長だったということに興味を持ったようだ。事務所のカギももう一人持っている人がいるとすれば、それは工場長だけだ、しかし、出張先は、車で片道三時間はかかるというではないか。三時間というと、往復するだけで六時間、さらに犯行を行い、いろいろと準備や後始末も考えると、果たして犯行は可能なのかと考えてしまう。
「昨日、この事務所は何時まで人がいたんですか?」
 と桜井刑事が訊くと、
「最後は私でした。ちょうど給与の集計や、月末処理の前準備などで忙しく、午後十時近くまで会社にいたと思います」
 と言った。
 先ほど聞いた被害者の死亡推定時刻として。
「死後五、六時間というところでしょうか?」
 と言っていたので、三時か、四時が犯行時間ということだろうか?
 そうなると、絶対に不可能ではないかも知れないということもあり、工場長のアリバイを調べる必要もあるようだ。
 アリバイを調べるのは、まずカギを持っている三人ということになるだろう。工場長と目の前にいる末松弘子。そして入荷担当の三人である。
 そして次に調べることとしては、動機の問題である。殺害されるには、何か殺される理由があるはずである。少なくとも被害者は衝動的な殺人ではないだろう。夜中に誰かが呼び出して、話し合いにはなったかも知れないが、用意していた凶器によって殺害されているのだ。そして犯人は犯行を匂わせる部分の指紋を拭きとるという行為も忘れてはいない。
 もう一つ桜井刑事が気になったのは、被害者の殺害された時の姿勢であった。おそらく前からナイフで刺殺されたのだろうが、刺されたまま床に倒れ込むわけではなく、机に倒れるように腰から上を机の上に俯せに覆いかぶさるような姿勢になった。
 そんなことをすれば、刺さったナイフがさらに身体に埋め込まれてしまうのではないだろうか。刺されてしまったことで身体がいうことを訊かずに、目の前の机にまるで助けを求めるかのように倒れ掛かったかのようにも見える。
 確かにナイフで刺されて出血していく中で意識が朦朧としてきて、予期せぬ行動にでることもあるだろうが、それにしても、妙な気がするのは、桜井刑事だけであろうか。
 もう一つ気になったのは、胸に刺さったナイフである。なぜ、犯人は凶器を胸に刺したまま立ち去ったのか? 被害者が俯せになって机の上に倒れたことで、ナイフを抜き取ることができなくなったとも考えられるが、果たしてそれだけだろうか。他のことの後始末に時間が掛かっていまい、ナイフを抜き取ろうとした時、死後硬直が始まっていて。すでにないふぃを抜きとることができなくなってしまったとも考えられる。
 なんにしても、この被害者の殺されている場面は、おかしなところが多いような気がする。桜井刑事は今までにたくさんの殺害現場を見てきた。中には第一発見の時点で不思議なことの多い殺害現場もたくさんあったように思う。だが、そのほとんどに何か理由のようなものがあり、犯人にとって無駄になることはほどんど死体のあった状態で見つけることはできなかったような気がする。
 犯行現場というものは、死体が発見されて数時間くらいしか、完全な状態で保存されることはない。まずは肝心な死体が解剖に回され、まわりの状況も時間とともに変化してくる。血液であったり、証拠になるであろうことも、時間が経ってしまうと発見することも難しくなるだろう。血痕の後も時間が経ては変色もしていくだろうし。臭いも消えていく。いくら現状保存したとしても、状況が保存されるだけで、捜査に使用できる内容は、時間とともに消えていくと断言してもいいのではないだろうか。
 それだけ初動捜査というのは重要で、例えば犯人を早期に逮捕できれば、証拠もその人を犯人だと考えて絞って捜査することができる。時間が経てば、その利点は消えていってしまい、立証も難しくなるというものだ。
 桜井刑事は、捜査に思い込みは禁物だということは分かっている。それは現場の状況証拠にばかり捉われてしまい、そこに犯人や被害者の利害関係などという動機やメンタルな部分で見落としてしまうからであろう。
 殺人現場には必ず大なり小なりの欺瞞が隠されているものだということを桜井刑事は経験から分かっていた。ここにはどのような欺瞞が隠れているというのだろう?
「ところで末松さん。最後に一度、殺害現場となった場所をもう一度ご確認願えますか? 死体はもう運び出して今、司法解剖に回していますが、最初発見された状態とどこか変わっているようなことがあれば、おっしゃってきださい:
 と言われて、もう一度、自分が死体を発見した場所まで行ってみた。
 なるほど、死体がないだけで、他は一緒だった。ただ、机の上にタオルのようなものでくるまれた何かがあったのに気付きながら、まわりを見渡していた。
「これは何ですか?」
 と訊くと、
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次