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因果応報の記憶喪失

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 刑事ドラマなどで禁断症状の人間を表現している番組があったが、目の下にはクマができていて、目は完全に焦点が合っておらず、血走った状態である。震えがとまることはなく、寒いのか、歯をガタガタ言わせている。
 普通であれば、そんなシーンを薬物に手を出す前に見ていれば、少しは思いとどまったのではないだろうか。そう思うと、悔しさがこみあげてくる浅川刑事だった。
「麻薬患者の禁断症状では、幻覚を見たりするというが、血管の中を無数の小さな虫が蠢いているようだというが、想像を絶することであり、考えたくもないことであった。
 川越博士は、
「薬物中毒で苦しんでいる人は見ていられませんよ。まわりが皆敵に見えてくるようで、どんなに押さえつけても、普段力の弱い人でも、人一人ではどうすることもできないんです。だから暴れ出し始める前に最初から足枷をつけておいたりして、まるで罪人扱いですよ」
 と言っていた。
「確かに、自分の意志の弱さからクスリに手を出して一時の快楽を得ることで現実逃避をしたいのでしょうが、本当に進んでしまうと、人間をやめなければいけなくなってしまう。そんなことが普通に考えて耐えられますか? 最初から手を出しさえしなければいいんです。確かにこの世の中、現実から逃げたいと思っている人、逃げないと苦しむのが分かっている人にとっては、それでもクスリに手を出さなければいけないという感覚に陥るのだろうが、本当にどうしようもないことなんですよ。麻薬に手を出すということは」
 と、川越博士は言った。
「そうですね。女性の中には、セックスの快感を得たいというだけで薬に手を出して、抜けられなくなり、廃人同様になる人もいる。気の毒で見ていられないとその時は思うんですが、冷静に考えると、男に騙されたわけでもなく、自分から手を出したのであれば、どんな理由があっても、正当化できるものではないということでしょう」
 と続けた。
 博士のように、薬物から患者を救おうとしている人と、クスリから何とかしてその人を引き離そうとする人とが同じ人であってもいいわけだ。
 川越博士には妹がいて、実は妹も麻薬中毒になっていた。
 麻薬の第一人者としての彼の立場は、こんなことが世間にバレれば、ひとたまりもなく消え失せてしまうだろう。
 これは、彼という人物を邪魔に思っている組織の人にとっては、キリ札であったのかも知れない。
 しかし、それを公表してしまっては最後、川越博士は麻薬第一人者として、中途区患者に示しがつくはずもなかった。要するに妹の話が明るみにでただけで騒ぎが大きくなるという意識はあった。だから、この問題はデリケートだったのだ。
 博士は妹を、半分はモルモットとして利用していた。いくら好奇心から麻薬に手を染めてしまったとはいえ、人体実験のようなマネは、文明社会を自負する他の動物にはない優秀さを考えると、してはいけないことではないだろうか。だが、放っておくと、麻薬は世の中に蔓延し、何をどうしていいのか分からない状態に陥ってしまうだろう。
 聡子が麻薬に手を染めたのは、実に最近のことで、麻薬による副作用があるということで、それが彼女の場合は記憶を失うことだった。前後不覚に陥ってしまい、自分が誰であるか分からない状態になることがあるのではないかというのが、博士の話だった。
「最近発見された麻薬の中には、禁断症状以外の副作用が見られるものも結構あるんです。その副作用のおかげで、禁断症状が緩和され、中には禁断症状を起こさずに、まるでタバコを吸うような感覚で嗜んでいる人もいるくらいなんですよ。実はこの方がいいことではなく、禁断症状がないとはいえ、身体を蝕んでいることに変わりはないんです。いや禁断症状がなく副作用はある分、余計に、身体に浸透するスピードは速いんです。本人に自覚がないだけに、こっちの方が厄介なんですよ」
 と博士がいうと、
「そういう麻薬の話は最近、どこかからか聞いたことがありますね」
 と浅川刑事がいうと、
「いや、人間の身体というのは、痛みを伴うから、自制できるんです。禁断症状があるから、麻薬を抜けることができると、もう二度とやらないと思えるのであって、禁断症状がないと、ズルズルと言ってしまう。麻薬は危ないものだという意識を禁断症状は身体を犠牲にすることで教えてくれるんですよ。例えば、人間は体調を崩したり風邪をひいたりすると発熱するでしょう? これは身体に侵入した菌と戦っていることで身体が反応している証拠なんですよ。だから、熱が上がっている間は、熱を下げようとするのではなく、逆に上がり切るまで身体を暖めるんです。汗が出ない時はまだ身体に熱が籠っている時なので、その時はまだ菌と戦っている時なんですね。でも、汗がどっと出てきた時は、菌をやっつけて、菌の毒素が身体から汗となって出ている証拠なので、身体のだるさも解消されていき、熱も下がり始めます。その時になってやっと冷やすようにするんですよ。解熱剤もそうです。摂取してから汗が出るまでを促進する形になるので、どちらにしても汗が出てくると楽になっていって、熱も下がり、治っていくのです。そういう意味で、身体というのは実に正直で、本人のために従順な反応をするものなんですよ」
 と、川越博士は話してくれた。
「なるほど、よく分かる説明をありがとうございました。ところで、今回のこの女性なんですが、これは新種の薬物と言ってもいいんでしょうか?」
 と浅川刑事が訊くと、
「そうですね。少なくとも調査するために、いろいろな文献を見てもこの薬については調べることはできません。でもネットの裏ではウワサになっているようで、一部のマニアだったり、ある種の組織の間では、幻のクスリとして評判になっているようです」
「でも、彼女は記憶を失くしているんですよね。よく分かりましたね」
「彼女が少しの間だけ覚醒したことがあったんです。暴れるまではありませんでしたが、不安に苛まれている様子は分かりました。その状態が、少し続いて、すぐに昏睡状態になったんです。ただ、その時、最後に一瞬、正気に戻ったので、すかさず私が質問すると、明らかに記憶喪失状態だったんですよ。昏睡は覚醒した痕、一瞬だけでしたが、正気に戻った。そのギャップが産んだということで、今の正体から目覚めるのには、少し時間が掛かるかも知れませんね」
 と博士がいうと、
「じゃあ、ここで目覚めるのを待っていても厳しいということでしょうか?」
 と浅川刑事が訊くと、
「ええ、いつ目覚めるかは私にも分からないくらい、今は深い眠りに陥っています」
「ひょっとして、目が覚めると完全に記憶を取り戻しているということはありませんかね?」
 という浅川刑事の質問に、
「何とも言えませんが、絶対ということは、今回のこの患者に関しては言えないと思います。何よりお摂取している薬物が未知のものである以上、余談も許されないし、かといって、怖がってばかりでもいけないと思っています」
 と、浅川刑事は言った。
「それじゃあ、少しだけ様子を見てから引き揚げようと思います。もし彼女に変化があったり、話ができる状態になったら、K警察の浅川までご連絡いただけると助かります」
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次