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因果応報の記憶喪失

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 と感じたが、刑事になって、少々のことでは顔を真っ赤にするようなことはないと思っていたにも関わらず。目の前にいるのが聡子だと感じている時点で、最初から羞恥の気持ちが沸き上がってくるのを感じていたのだ。
「桜井君は、いつも絵を描いていたわね」
 と言われて、ビックリした。
 確かに中学時代の桜井は絵を描くのが好きだったのだが、人から冷やかされるのが嫌で、いつも影で描いていた。学校で美術の時間に絵を描く時も、人から離れて描いていた。普段から人と群れることのなかった桜井だけに、そんな行動を誰もおかしいとは思わず、そのままの印象がずっと続くのだった。
 自分から避けているのだから、誰も寄ってくるはずはない。それなのに、気が付けばいつもそばにいるのが
「桜井君と一緒にいると落ち着くのよね。こんな気持ち、他の人にはないことだわ」
 と言っていた。
 その言葉に最初は、彼女が自分のどこかを好きになってくれたのであって、委ねたいという気持ちが強いのだろうと思った。そう思うことで、思春期としての男の気持ちをゴマかせると思ったのだ。
 確かに思春期なので、女というものを意識してしまって、あわやくば、童貞を卒業したいという思いがあるのは当然のことだ。
 しかし、まだ中学生ということもあり、一線を越えてしまうと、自分は少年ではなくなってしまう。実際に少年ということで許された部分を失ってしまうこととを天秤にかけた時、果たしてどちらを欲するのかが分からなかった。後から後悔するのが嫌で、一歩が踏みd瀬ない。それなのに、男としての理性がどこまで我慢できるか、そのためには、自分に対しての言い訳が必要だった。それをごまかす手段が、
「誰かが自分のことを好きでいてくれる」
 という思いであった。
 それが本当のことであっても、錯覚であっても、関係はなかったのだ。
 それだけ、その頃の桜井は自分に自信がなかった。そのための根拠がほしいという思いでいっぱいだったのだ。
 桜井は、聡子と再会したことで、当時の自分の思い出したくもない「黒歴史」まで思い出さなければいけなくなった。
――こんな時代の想い出だけでも、記憶喪失で消し去ってしまいたいくらいだ――
 と感じた。
 自分の思い出したくない記憶だけを消去できれば、どれほどいいだろう? ただ、それは自分の中から消えるだけで、まわりが消えてくれるわけではない。それこそ都合のいい考えであって、ロボットやタイムマシンの開発のような限界を感じさせるが、そもそもまわりが無限であることから、最初から自分に関わりのある記憶を消すなどということも不可能だと言ってもいいだろう。
 タイムマシンであったり、ロボットのような都合のいい開発と同様に記憶を消したい人から消したい部分だけを消せるという研究が行われているかも知れないとも思った。
 それが人間に対してどのような効果があるのか分からない。だが、一部の秘密結社のようなものであれば、そのような開発を望んでいるところもあるだろう。あまりにも滑稽な発想ではあるのだが。
 聡子にとって、都合のいい記憶を今保持しているように思えてならない。それが桜井に対しての記憶だとすれば、これは一つの偶然と言えるのであろうか。
「聡子ちゃんは、僕のことを結構覚えているようだね?」
 と訊くと、
「ええ、他のことは忘れても、桜井君とのことは忘れてはいけないとずっと思い続けてきた気がしたの」
 という。
「じゃあ、中学時代から、ずっとそう思ってきてくれていたのかい?」
 と訊くと、
「ええ、そうよ。だって桜井君。私のことを好きだって言ってくれたじゃない」
 と言われて、ビックリした。
 確かに好きではあったが、告白したという意識はなかった。
「私がね、断ったんだけど、本当は私も桜井君が嫌いというわけではなかったの。むしろ好きだったんだけど、そこで好きって言ってしまうと、桜井君の夢を壊してしまいそうな気がしてね」
 というではないか。
「夢というのは?」
「絵描きさんになりたかったのよね。私はそのために身を引いたのよ。偉いでしょう」
 とまるで子供のような言い分だった。
 自分は聡子に告白した覚えも、フラれた覚えもない。絵描きになろうとも思っていなかったのだが、聡子に言われると、どういう意識が潜在していたのを感じてしまって、まんざら嘘だとも言い切れないような気がした。
 これこそ、聡子の都合のいい記憶である。
 だが、聡子が桜井のことをしっかり見ていたのは間違いないようで、彼女の言っていることは告白の件以外にウソはなかったのだ。
 そして、何といっても、桜井本人が忘れているようなことも、彼女が覚えている。つまり、
「聡子は、記憶喪失であるが、ある一定の覚えているところだけは、鮮明に覚えているんだ」
 という意識があったのだ。
 果たしてそんな記憶喪失が存在するのだろうか。
 確かに記憶喪失にもいくつかの種類があり、その人の記憶喪失に陥った時の精神状態によって、どのような状態で記憶喪失に陥るかということは、決まってくるのだと思っていたが、その中にも確定的な部分と、そうでもない部分とに分かれているかのように思えたのだ。
 それにしても、彼女の記憶は過去のままである。覚えているところは、昔のままの記憶であるのだが、どこから彼女の記憶が失われているのかということが博士にもハッキリしないということだった。
 となれば、自分とのことのように過去の記憶は止まったまま覚えていて、記憶を失ってから少ししてから格納されてきた新たな記憶とは、まったく違った記憶領域に収められているような気がして仕方がないのだ。
 聡子との間にはあまり会話がなかった。それは中学時代から同じだった。
 いつも自分に甘えてくる聡子。それが中学時代の構図であり、唯一、自分が対等か、対等以上に接することができる相手だった。だからと言って高圧的ではなかったはずだ。いかにも、
「優しいお兄ちゃん」
 と言った感じを醸し出していたのだが、中学生にしてはその甘え方が子供だと思っていたが、実際には、大人の女の妖艶さが醸し出されていたのだ。
 ただ、聡子を見ていると、どうしても影を感じて仕方がない。聡子のどこに影があるのかわ駆らないが、それを感じたのは、
「桜井君は、刑事さんになったんだよね?」
 と言われた時だった。
「どうしてそれを知っているの?」
 と訊くと、
「だって、昔から勧善懲悪な刑事さんになりたいって言っていたじゃない?」
 と言われたことだった。
 返事は適当に返したが。その言葉にはまったく信憑性が考えられなかった。なぜなら、桜井が刑事になりたいと思ったのは、高校に入ってからだ。一つには、
「高校生になって離れ離れになった聡子を守ってあげられない」
 という思いから生まれたものだった。
 そして、高校に入り引きこもりになったのだが、引きこもりになったおといじめられっ子になったことのどちらが先だったのか、自覚できていなかった。本当であれば、苛めが先なのは一目瞭然のはずなのに、それだけではないような気がしたからだった。
 さらに、彼女の言った言葉、
「勧善懲悪」
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次