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因果応報の記憶喪失

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 だが、そんな中、もっとも聞きたくない内容のウワサを、絶対にそうであってほしくない相手の話だということで訊かされてしまったのは、本当にショックだった。もう少し勇気があれば、自分から確かめることもできたのだろうが、それをしなかったことがよかったのか悪かったのか、その意識があったことが、桜井を警察の道に歩ませるきっかけになったのだった。
 彼の高校時代を知っている人間にとって、桜井が警察官になったなどというのはまったく信じられることではなかっただろう。
 特に高校時代の知り合いには信じられないだろう。
 しかも今の桜井刑事というと、熱血漢の勧善懲悪のイメージが強い、巡査から刑事を目指して刑事課に配属になった彼を、浅川刑事は自分のパートナーとして指名し、かなりの期待をかけているのは間違いなかったのである。
 そんな桜井だったが、自分にとっての高校時代は、明らかに人には知られたくない「黒歴史」だったのだ。
 大学時代に聞いたウワサ。それは、
「九条聡子が、暴漢に襲われたらしい」
 ということだった。
 婦女暴行の現行犯で犯人は逮捕されたということだったが、そのあとのことは話題に上らなかった。どうやら不起訴で終わったようだ。示談が成立したのか、それとも泣き寝入りなのか、ハッキリとは分からなかったが、このあたりにも闇が潜んでいる気がした桜井は、余計に警察官を目指す思いを強くしたのだった。
 そんな自分の運命を変えてくれた人だったはずなのに、どうして病院で車いすに引かれていたのが聡子だとすぐに気付いてあげられなかったのだろう? まったく変わってしまっていたのであればどれも仕方のないことであろうが、逆に変わっていたわけではなく、明らかに中学時代そのままだったのだ。
 それが分からなかった理由でもあろう。
「大人になっているはずだ」
 と思って、勝手に成長した彼女、きれいになっている彼女を自分の中で創造し、楽しんでいたのではないかと思った。
 そのことが自分への嫌悪に変わり、そんな自分を彼女が分かってくれるはずもないと思ったことで、すぐに分からなかったのではないかと、桜井は解釈していた。
 桜井は、理論立てて考えることは得意であった。それだけに、理路整然としていないことを考えるのは苦手で、そういう意味での事件の捜査における推理というものは、浅川刑事にまったく及ばなかった。
 浅川刑事の柔軟な発想は、それだけ事件に対して真摯に向き合い、正面からすべてを受け入れて考えることができるからだろう。
 桜井はそこまでとてもできはしなかった。矛盾が存在すればそこで立ち止まってしまうのだ。犯罪事件において、矛盾がない事件などほとんどないだろう。矛盾がなければ、表に出ている証拠だけで事件はあっという間に解決できる。そんな事件、いったいどれほどしかないというのだろう。
 そんなことを考えていると。桜井は浅川刑事に信頼されている自分を素直に嬉しく思える。誇らしいとも感じられるくらいであった。
 だが、その反面、融通が利かず、猪突猛進な自分も嫌いではない。それは、高校時代に聡子のことを気にしながらも確認しようとしなかった自分への戒めのようなものだった。
「僕はあの頃、好きだったはずなんだ」
 と、好きだったことに間違いないと思いながらも、彼女のその後を確かめることができなかった意気地なしである自分が彼女のことを好きだなどというおこがましさにどうしようもない思いを抱いていたのであった。
 浅川刑事は。桜井刑事がそんな裏の顔を持っているkおとは分かっていた。
「警察官だって人間なんだ。誰にだって知られたくない過去もあるだろう。刑事を目指すきっかけになったことだって人それぞれ理由があるというものだ」
 と言っていたが、図らずもそれが桜井刑事のことを示していたのだった。
――浅川刑事は何でもお見通しなんだろうな――
 と感じたのはその時だった。
 さすがに、会って間がない頃にそこまでの千里眼を持ち合わせているわけでもない浅川刑事だったが、自分に期待を寄せてくれていることを悟ると、
「この人のためなら、僕はどんな協力も惜しまない」
 と思ったほどだった。
 桜井刑事は、その時から、浅川刑事の冷静沈着さがどこから来るのか、ずっと見続けてきたが分からなかった。
 それは平行線が交わらないのと一緒で、同じ方向を見て進んでいるのだが、出発点の違いから、重なることはない。しかも、浅川刑事と桜井刑事の間には明確な結界のようなものがあり、その距離が、絶えず一定であることを、二人は想像もできなかった。ただ、後ろから追いかけている桜井刑事には浅川刑事の姿は見えるが、浅川刑事には振り向かない限り見えてこない。絶えず桜井刑事を見返しているのだが、そのどれだけのものを桜井刑事が認識できているか、不思議であったのだ。
 桜井刑事は、そんな思いを抱きながら、病院に到着すると、さっき病院の近くの花屋でお見舞いの花を買ってきた。今までの桜井にはあまりなかった気遣いだった。
「確かチューリップが好きだと言っていたな」
 ということを思い出した。
 花に関してはあまり造詣の深くない桜井少年は、チューリップくらいなら分かるので、ありがたいと思ったものだった。だから、彼女がチューリップが好きだったのを覚えていたのだろう。
 赤と黄色のチューリップを買ったのだが、黄色のチューリップがあることすら知らなかったくらいだった。
 病室を訪れると、それまで、ベッドの上で横になり、本を読んでいた聡子は急に人懐っこい顔になり、
「あら、桜井君じゃない。私に逢いに来てくれたの?」
 と言って、手放しに喜んでいる。
 手に持ったチューリップを見て、
「私がチューリップを好きなのを覚えてくれていたんだ」
 というと、
「うん、覚えていたよ。僕が黄色いチューリップを見て知らなかったというと、君は驚いていたよね?」
 と言われ、
「ええ、本当にビックリしたわ。だって、学校の花壇には黄色いチューリップだってたくさん咲いているのに、それに気づかないんですもの。私が、それを指摘すると、あなたは何て言った科覚えている?」
「いいや」
 というと、
「黄色い花はチューリップじゃないと思っていたって言ったのよ。私にはそれがあなたの言い訳なんじゃないかってすぐに気付いたわ」
 と相変わらずのあどけなさで言った。
 もし、これが健常者であれば、この言い方には少しムッと来るものがあるだろう。相手の気持ちを考えていないかのような表現を感じるからだ。しかし、聡子とすればそうではなく、あの頃の聡子が、桜井少年よりも、成長が早かったと言いたかったのだろう。
 実際に聡子は、
「ませていた」
 というイメージもあり、身体の発育の具合も、今から考えても早かったと言っていいだろう。
 そういえば、あの頃の桜井はまだまだウブで、発育の早い聡子の身体をまじまじと見つめては顔を真っ赤にしていたのを思い出した。
――そんな僕のことも分かっていたのだろうか?
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次