小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

因果応報の記憶喪失

INDEX|2ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

 そんな豆知識も別にして、K市というところは全国でも珍しいものが地名という意味では残っていると言えるだろう。クイズとして出題されるレベルではないだろうか。
 そんなK市のF区の中で、それこそ昭和の頃から続いている工場を中心とした会社があった。
 まだ油臭さの残るような古臭い工場ではあったが、経営は実に堅実なので、今は希少価値になった工場として、ある意味社会貢献していると言ってもいいだろう。
 F区というのは、街はずれには新興住宅街であったり、郊外型の大型ショッピングセンター、さらには、高速道路のインターと、インフラが充実したところであった。ただ、最先端と言える計画都市の部分もあれば、まだ昭和の頃の色を残している、まるで下町と言えるような場所も残っていて、両方がうまく混在するバラエティに富んだ街だと言っていいだろう。
 そんな街において、数年くらい前、治安が乱れた時期があった。新興住宅街に、人が少しずつ増え始めたことであったが、夜になると、痴漢やひったくりなどが現れるということで、警察が警戒を促していた時代があった。
 F区警察署の人たちが、毎晩当番を決めて、取り締まりに夜回りをしていた頃があったくらいだ。
 それでも被害者は後を絶えることもなく、
「警察は一体何をしているんだ」
 と、世間が騒いでいた。
 F区警察としては、溜まったものではない。県警の方からも、
「警察の威信にかかわることなので、早急に手を打たないといけない」
 と言われて、捜査に全力を注ぐことになったが、なかなか警察の捜査力には限界があり、地理的な範囲という意味でも、形式的な範囲という意味でも縛りがあったと言ってもいいだろう。
 そのために、なかなか鎮圧までには時間がかかり、警察の権威が地に落ちかけていたが、時間が解決したというのか、いつの間にか沈静化してきた。きっと、犯人が犯行に飽きたというか疲れたというのが本当のところかも知れないが、警察としては、何もしていないのに沈静化したことで、ホッと胸を撫でおろしたというのが本音のところだった。
 その頃のことを覚えている人はもういないかも知れないが、当時の被害者にとっては、世間が忘れたとしても、トラウマが消えることはなかった。
 しかも、犯人による直接的な被害だけではなく、世間の目という間接的な視線が、被害者に追い打ちをかけることになり。そっちの方がトラウマとなって残っている人も少なくはない。だからこそ、時間が解決してくれるなどという言葉は、甘い戯言でしかないのだった。
 世間の人も、警察もそんなことを誰も分かってはいないだろう。そんな昔のことは忘れてしまったという人も少なくはなく、まるで酒の肴のような話にしかならないだろう。
 その頃は毎日のように全国で似たような話が多く、この街に限ったことではなく、社会問題になっていたと言ってもいいだろう。
 だからと言って、K警察署の対応は仕方がなかったなどということはなかったに違いない。
 松田警部補くらいであれば、当時のことは覚えているのだろうが、刑事の浅川や桜井にはその頃の混乱を知る由もないだろう。刑事というと、異動することも多いので、それも仕方のないことだった。だが、他人事としての外野の目では見ていたはずもなく、事件を知らないわけでもなかった。
 今は自分が刑事という立場なので、
――あの時に当事者であったとすれば、どのような気持ちで捜査に当たっていただろう?
 と感じたが、どちらかというと冷静さが特徴の浅川刑事には、想像もつかなかった。
 だが、桜井刑事は浅川刑事と比較すると、勧善懲悪という意識が強いので、
――たぶん、悪を許さないという怒りに燃えて、捜査していたに違いない――
 と思っていた。
 だが、実際にその場面にいれば、想像するのと比べて、もっと怒りが溢れてくるか、想像よりも冷静に見ることになるのかということは自分でも分からない。それを思うと、桜井刑事は、
――その時になれば、ひょっとすると自分を見失ってしまうかも知れない――
 と感じたのだ。
 桜井刑事は知らなかったが、その時の被害者に中学時代の同級生がいた。その頃桜井刑事は交番勤務として、F県でも田舎の方の勤務だったことで、事件への馴染みは薄かったのだ。
 実際にF区警察に配属になったのは、四年前からで、すでに事件は話しに上がることもないくらいになっていた。
 いくら重大事件であったとはいえ、日頃の時間はせわしなく動いていて。待ってくれることはない。
「忘れてはいけない」
 という教訓であるのは間違いないが、それ以上に、新たな事件への対応が先決であったのだ。
 彼女の名前は九条聡子。今は三十三歳になっていた。中学時代は頭のいい女の子として桜井の頭の中に残っていた。理論的なことを解明しながら理解するのが得意だったことで、理数系が得意だった。ただ、推理力も半端ではなく、推理クイズなどの本で彼女が組み立てる推理はそのほとんどが正解で、正解ではなかった話であっても、誰が見ても、理路整然としていることで、
「それが正解だと言ってもおかしくないじゃないか?」
 と言われるほどだった。
 そういう意味では、
「九条さんのような人が警察にいれば、もう少し検挙率は高いのかも知れないな」
 と思ったことがあったほどだ。
 それは以前、警察の目標として、
「検挙率を挙げるにはどうしたらいいか?」
 というレポート提出を上司から命じられたことがあったが、その時に浮かんできたのが、中学時代の聡子の顔だったのだ。
「警察官という立場で何を考えているんだ」
 と、苦笑したものだったが、その時に聡子の顔を思い出したことで、頭のどこかでいつも自分が聡子のことを意識していると思えてならなかった。
 まさか、そんな彼女が数年前に暴漢の被害に遭っていたなど想像もしていなかった。
 桜井は知らなかったが、その時の聡子は中学時代の面影はなく、事件のショックからなのか、それともそれ以前からなのか分からないが、軽い精神分裂症になっていたようで、医者の治療を必要とするほどだった。
 警察の取り調べに対しても、証言が一定しておらず、まともな事情聴取はできなかった。さぞやショックが大きかったに違いない。
 聡子は精神分裂というだけではなく。一部の記憶が欠落していた。生活するうえでのことや、家族や知り合いのことは覚えているのだが、事件に関係しているところでの記憶はほとんどが欠落している。それでも自分が暴漢に襲われたという意識があるようで、悪夢を見ては飛び起きるので、自覚はあったようだ。だが、その悪夢の原因がどこから来るものなのか分からなかったし、その内容も目が覚めるにしたがって忘れていくので、何に対して自分がトラウマとして残っているのか分かっていなかった。
 これを、
「知らぬが仏」
 と考えるか、それとも、
「知らないことが致命的と考えるか?」
 ということが問題だったのだ。
 本人としては、どうしても楽天的に考えることはできず、ネガティブになってしまうことで、後者なのであろう。
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次