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因果応報の記憶喪失

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「確かにそう思われるのも無理もないことだと思います。実際に記憶喪失の人と一生関わることなく人生を終わる人というのが大半でしょうからね。でも、記憶喪失というのも一種の病気なんです。しかも、精神的な病気なので、いつ何時発症してしまうか分かりません。発症経路も多種多様ですしね。潜在意識が起こさせるものもあれば、外的要因によるものもある。ショックを受けたことを忘れたくて、自分から記憶を封印する場合もある。したがって。逆にいえば、一生のうちに一度も記憶喪失の人間に関わらない人もいれば、ずっと関わっていく人もいるということですね。ただ、これは認知症のように、年齢がくればかかりやすかったりするものでもないですので、十分に治る可能性は高いということです」
 と川越博士は言った。
 なるほど、博士の話は実に分かりやすい。話を訊いている中で、理解できる部分も十分にあり、だが、次第に桜井の中で、
――何か博士は我々に隠しているところがあるような気がする――
 と感じた。
 何か、自分が、いや警察がということなのかも知れないが、疑問を抱こうとする中で、何とかうまくごまかそうとでもしているかのように思えてならない。気のせいだとは思っても、そう思えば思うほど、気になって仕方がなかった。
 ただ、今回桜井が関わった殺人事件との相関関係はどこにもないような気がする。利害関係がどこかにあるのであれば分からなくもないが、それこそただの偶然で済まされることなのだろうか?
 とにかく、今は博士を信じるしかないので、変な疑いを抱くことはないだろう。ただ、一つショックだったのは、聡子が薬物に侵されていたということだった。
 博士の方は時計を見ると、
「すみません。これから医局会議に出席しなければいけないので、私はこれで失礼しますが、何かあれば、こちらから連絡も入れますので、浅川刑事の方にもよろしくお伝えください」
 と言って、そそくさと用意をして、研究室を出ていった。
 桜井もこのままこの病院にいる必要もなかったが、何か後ろ髪をひかれる思いだった。
 それはやはり、聡子のことが気になるからであろうか。一番引っかかったのは、自分を見た時のあの屈託のない顔だった。
「明らかに記憶喪失だったな」
 という思いと、まさか、それが薬物によるものであったとすれば、悲しすぎるような気がした。
 精神分裂症もどこから来るのか分かっていないようだったし、事件にかかわりがあれば、捜査もできるのだが、捜査に関係のない相手なだけに、一般人として、昔の知り合いとして、会ってあげるくらいしかできないのであった。
 とにかくまずは本部に帰って、事件の進行具合を訊いてみることにしようと思った。時刻としてはまだ昼過ぎだったのだが、本部に戻ると、少しはいろいろなことが分かっているのではないかと思えたのだ。
 K警察署に設けられた、殺害捜査本部では、浅川刑事と、松田警部補が話をしていた。そこに鑑識も入っているようで、どうやら報告を訊いているようだった。
「ただいま戻りました」
 と言って、捜査本部に顔を出した桜井刑事は、
「ご苦労様」
 と、松田警部補にねぎらいの言葉を掛けられたが、
「さっそくで悪いのだが、第一発見者の女性は記憶喪失なんだって?」
 と浅川刑事が訊いてきた。
 さすがに、先日記憶喪失になった聡子と関わっただけに、記憶喪失というワードは、今の浅川刑事には敏感な言葉なのだろう。
「ええ、そうなんですよ。原因に関してはハッキリとはしないんですが、どうも明るい光が目を差した時に、急に意識を失ったようで、その時に一緒に記憶も喪失したのではないかと、先生のお話です」
 と桜井刑事がいうと、
「確か運ばれた病院は、K大学病院だったよね?」
 と浅川刑事が訊くので、
「ええ」
 と答えた。
 明らかに浅川刑事は分かっていて聞いているように思えてならなかったのだが、
「じゃあ、もしかして、その先生というのは、川越博士ではないのかな?」
 と、想像していた答えが返ってきた。
「ええ、そうです。浅川刑事は川越博士をご存じのようですね?」
 と訊くと、
「ああ、知っているよ。この間、一人の女性が記憶喪失になったということで、治療をしていたようだが、その時に薬物が検出されたのでということで、通報があったんだ。私がその通報を受けたので、話を伺いに行ったという経緯があってね」
 と、説明をした。
 松田警部補は初耳ではないようだったが、麻薬のことに関してまでは知っていたかどうか、様子を見ている限りではよく分からなかった。
「まあ、その件と今回の事件とは関係がないので、これ以上は言及しませんが、何か最近は急に記憶喪失が起こるというのをよく聞く気がするので、そのあたりは気になるところですね」
 と、浅川刑事が言った。
 するとそれを聞いていた鑑識が、
「これは少し不思議なんですが、今回の被害者の腕に注射の痕があったのですが、気になって調べてみたんです。見た感じがいかにも麻薬中毒者の腕のようだったからですね。でも、被害者からは、薬物反応はありませんでした。だから、先ほどは報告をしませんでしたが、今のお話で薬物という話が出たので、少し引っかかりましてね」
 と言っていた。
 それを聞いた松田警部補は浅川刑事に、
「被害者の所持品から、何か発見されたかね?」
 と言われたが、
「いいえ、何も発見されませんでした。中茶器やアンプルなどがあれば、分かりますからね。さらに被害者の家の家宅捜索でも、そういったものは発見できませんでした」
 という報告を受けた。
「ところで、被害者の坂上氏のことなんだけど、彼には誰かに殺害される動機のようなものはあったのだろうか?」
 と松田警部補が訊くと、
「それが、誰も心当たりはないというのです。会社の従業員や幹部の人にも聞いたのですが、どうも臆病者だったということで、人の恨みを買うような大胆なことができる人ではなかったというのです。会社内でもあまり人と関わることはなかったので、詳しいということはなかったというのですが」
 と浅川刑事がいうと、
「でも、社長をやっているんだろう? それなりにしっかりはしているだろう?」
 と、松田警部補が訊くと、
「それはそうなんでしょうが、何と言っても、彼は二代目社長で、世襲なので、そこまではないということです。だから幹部の方も逆に社長にはお飾りでいてもらって、幹部がうまく協力しあって、会社を盛り立てる方がいいという体制になっていました。今どき古臭いと言われるかも知れないが、K市というところは、いまだにそういう企業も残っているということです」
 という話を浅川刑事は言った。
 浅川刑事はこの事件勃発前に解決した犯罪で、いかにもこのK市の体質を垣間見るような動機を孕んだ事件を解決していたので、そのことが頭をよぎったのだろう。松田警部補も桜井刑事も分かってはいたことだが、まったく違う事件だという意識があり、頭の中をリセットして犯罪に対応するのが刑事だと思っているので、意識しないようにしていた。
 しかし、浅川刑事の方はそうではなかった。
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次