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因果応報の記憶喪失

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 ということであるが、その考え方は明らかに矛盾している。
 川越博士と話をしていると、こういった会話で自分が分からなくなり、頭の中が混乱し、そこでプロパガンダに巻き込まれるという話を訊いたことがあったが、桜井には信じられなかった。
 桜井は大学時代から川越博士のウワサは聞きつけていた。
 川越博士は自分の大学にも教えにきていたことがあり、実際に講義を訊いたこともあった。その内容までは一つ一つ覚えているわけもないが、まさか、刑事という仕事に就くことで、博士と対等に話ができるようになるなど思ってもみなかった。
 だが、今となって考えてみると、
――確か博士は警察が嫌いなのではないだろうか?
 というものだった。
 確か講義を聴いている中で、
「警察の事情聴取とは、いかに曖昧なものであるか」
 ということを、話していたような気がした。
 その中で、
――博士は警察の捜査に詳しいんだな――
 と思ったものだが、その内容は、自分が刑事になって捜査をするようになると、逆に思い出すようになっていた。
 確かに博士の言っていたような取り調べがあったのは間違いないようだが、まるで自分が過去に事情聴取を受けたことがなければ、ここまでリアルには言えないだろうと思うようなことだった。
 確かに博士は職業柄、警察の捜査に協力することもあっただろう。講義の中で。自分が犯罪計画を立てたとすると、どんな話になるかということを博士なりの解釈から話してくれたことがあった。
 相手の警察に敢然と立ち向かうという、犯人の側から見たサスペンスだった。
 そして、一度教授が講義の中で、小テストを行ったことがあった。
 それは、たった一行、
「私の講義を受けた中で、自分が凶悪犯だったら、どのような犯罪計画を立てるか、小説のプロットを真似たような描き方で表現しなさい」
 というものであった。
 そもそも、小説のプロットについて説明がない。つまり知らないければ最初からテストは零点だということだ。
 それだけ、博士の私見も授業もリアルであり、発想自体が難しく、そして、上から目線で傲慢なテストもなかった。
「警察など信じるものではない」
 と言いたげな気がした。
 そんなテストの模範解答と呼ばれたものの中で一つの例を出してくれた。その例には自分独自の犯罪を含めたもので、結構面白いと思った。
 やはり、博士は自分を犯人として作り上げることで、フィクションの中で、嫌いな警察に挑戦するというやり方だった。
 博士の発想としては、
「完全犯罪を作ろうとすると、そのどこかに解れがあった場合、そのことが相手に分かってしまうと、犯人側の負けである。犯人というのは、すべてに主導権を握っているのだが、その分諸刃の系のようなもので、最初は絶対に見破られないという自信の元に出発するが、一度綻びができると、そこから先はボロボロになる。なぜかといいと、あくまでも完全犯罪の思想は百から始まっていて、それが次第に数を減らしていく。ぐ十くらいになると、もう限りなくゼロに近い気分になってしまう。それでも、下手くそな犯人よりもよほどしっかりした犯罪であるにも関わらず、負けが確定したように思えるのだ。それが完全犯罪だと自信を持っていればいるほど、ダメなんだ。なぜだと思うかね?」
 と生徒に質問してみたが、
「いいえ、私には先生のお考えが分かりません」
 と答えた。
「そう、その通りなんだ。君は今の答えは正解なんだよ。だから逆にいえば、何を答えても正解だし、不正解でもある。答えなどないのさ。だけどね、さっきの質問とすれば、完全犯罪に自信を持っているということは、それは百という完璧なところから、減算法で、どんどん可能性が低くなっていくということなのさ。普通の犯罪であれば、最初は、三十パーセントくらいから始まった発想が次第に確立していって、七十パーセントくらいになったら実行しようと思うんだろうね。気持ちとしては自分の中では限りなく百に近い、本人には完全犯罪などありえないという思いがあるからさ。さて、減算法と加算法、まったく違っているが、ある一点を捉えると共通性がある、だから結果に現れた場合は、正反対になるんだけどね。それは人間の意識の問題になってくるんだけど、減算法というのは、百から下がってくると言っただろう? 最初の百というものに自信を持っていれば持っているほど落ち込みやすいのだが、百ではなくなった時点で、限りなくゼロになってしまったということさ。つまりは、減算法を考える人にとって百かゼロしかない場合。百は百でしかなく、ゼロであっても、九十九であっても同じということさ。逆に加算法はその逆で、ゼロか百しか頭になければ、ゼロはゼロでしかなく、一でも百でも発想は変わらないということさ。つまり、有か無かという考えであり、その方が普通の人間にはしっくりくる。つまり普通人間は加算法で出来上がっているということ。だから自分に自信が持てない人間が多いというのも頷ける気がするんだ」
 と博士は言った。
 その言葉は今でも忘れられなかった。博士を見ていると、
――この人、いつかは完全犯罪でもしそうな気がするな――
 というものだった。
 博士はこのことを証明したくて、小テストをやったのだろう。自分たち学生を研究資料として使ったのだ。
 そして、得られた結論から、学生に還元する形で、博士の自論をただで『進呈した』ということなのだろう。
 桜井刑事は頭の中で博士のことといえば、このような発想が一番大きく残っていた。今博士がどんな研究をしているのか、今回初めて触れることができたような気がしたが、今では博士を恐ろしく思える。
「この博士だったら、自分の研究のためには、患者だろうが、モルモット代わりに使いそうな気がして恐ろしい」
 と感じられた。
 特に最近は記憶喪失患者が多いという、社会的な要因からなのか、それとも人間の弱い部分がちょうど今の時代に反応し、記憶喪失者を増やしているのか。桜井にはよく分からないでいた。
 今までに桜井刑事は捜査を行っている過程で、博士の言っていた加算法、減算法という言葉を思い出すことがある。そして、いつも見事な推理で事件を解決していく浅川刑事の発想も、いつしか博士の考え方につられる発想で理解しようとしていたのだ。実際に謎解きの話し方として浅川刑事は減算法、加算法を口にする。それはまさしく川越博士の発想のそれと同じで、
「博士といい、刑事といい、二人は似たところがあるのか、それともどこか両極端なところが引き合って、客観的に見ると、実にお互いの理論を補って埋めているように思えてならないのだ。しかも、片方が充実してくると、エネルギーを吸い取られた片方は萎んでいくわけではなく、その時の状況によって、お互いの力が相手に同じ影響を及ぼすわけではない。それぞれに力の均衡があることで、バランスを保っているに違いない」
 という発想を持っていた。
 博士に、当時のことを話すと、
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次