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因果応報の記憶喪失

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 いや、夢に違いはないが、眠っている時に見る夢ではない。起きているのに見ている夢であった。目の前には知っている人の顔が浮かんでいるが、皆こっちを見ながら、、まったくの無表情だ。
「皆私を忘れてしまったの?」
 と訊いても何も言わない。
 どうやら、弘子は夢の世界に閉じ込められたようだ。
 ということは、本当の弘子は目を覚ましていないのだろうか?
 いや、目を覚ましていて、やはり皆に見つめられている。
「大丈夫なの?」
 と心配そうに聞いているが、弘子はまったくの無表情だ。
 まるでパラレルワールドが存在しているが、一つの世界にしか弘子は存在できないようで、もう一つの世界に取り残された弘子は、いわゆる現実の世界では抜け殻のようになっているのであった。
 弘子は頭の中で分かっているつもりでいるのdが、兄か話が通じない。先ほど気を牛穴った時に見た光の影響がずっと続いているようで、現実世界との隔絶は、何かの結界を感じさせるもので、まわりの人間がどうかしたのではないと思っているのは、弘子だけだった。
 だが、弘子の中にそんな気持ちがあるからか、現実世界では、まったく別人格を持った弘子がいるようで、そんな弘子を見て医者の診断は、
「記憶喪失のようですね。ただですね、これは普通の記憶喪失とは違うものではないかと思うんです。確かに本人の症状は確かに記憶喪失なのですが、本人の心の中では、正常だと思っているようです。逆に我々がおかしいと思うようなですね。ひょっとすると記憶喪失というものがすべてそういう現象で、記憶が戻った時、そう感じたということを忘れてしまうことで、その人は初めて現実社会に戻ってくれる要因になるのではないかと思います」
 と言っていた。
 警察の方としても、
「いまいち、よくは分かりませんが、要するに記憶喪失になってしまったということでよろしいんでしょうか?」
 と桜井刑事が訊ねた。
「まあ、そういう感じでいいと思います。たぶん、他の記憶喪失と原因は違うんでしょうけどね」
 と医者は言った。
「というと?」
「他の記憶喪失では、精神的に思い出したくないショックを受けたり、外的に頭を殴られたりしてのショックからがほとんどなんでしょうが、彼女の場合は、どうやら目から来ているようですね。何か閃光のようなものを見て、目の感覚がマヒしたことで、パニックに陥り、それが記憶を失う原因だったのではないかと思われます」
 と医者は言った。
「なるほどですね。では、治る可能性についてはどうなんでしょう?」
 と桜井刑事が訊くと、
「治る確率は他の記憶喪失に比べれば高いと思います。それに結構早い段階で治る可能性は高いです。しかし、逆に長引くと、今度は治る可能性が急激に落ちてきて、そのまま行くこともあるでしょう。そのあたりが難しいと私は思っています」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
 と言って、桜井は先生に任させることにした。

                桜井刑事と九条聡子

 桜井刑事が話を訊いたのは、川越博士だった。K大学病院でも精神科の権威ということだったので、記憶喪失のような病気に関しては、結構川越博士が治療を行うことが多かった。
 ただ実際の治療は助手が行って、川越博士はその監修を行っている場合もあり、特に最近は記憶喪失になる人も増えていて、その症状や原因も多様化している。精神的な面や、肉体的な面での記憶喪失も様々で、結構いろいろと精神科の仕事も多かった。
 その中で川越博士の懸念しているのが、
「薬物による記憶喪失」
 というものであった。
 最近、市中に安価で粗悪な薬物が出回っているということは、警察の方でも分かっている。だが、それ以外の一般市民はおろか、病院の方にもそこまでの情報は下りてきていないようだ。
 だが、さすがに川越博士くらいになれば、自分の研究でそのことが分かってきていた。実際に、
「警察に報告するべきだろうか?」
 と考えたこともあったようだが、まだまだ研究資料が不足しているおとや、下手に知らせて対処法も分かっていないのに、いたずらに不安を募らせてしまうことはいけないことだと考えたのだった。
 したがって、警察は捜査の中で入手した話からの情報で、川越博士は自分の研究から導き出された情報であり、出所はまったく違っていたが、同じ内容を示していた。川越博士は、独自に研究を進めながら、薬物を抑える特効薬の研究もしていたのだ。
 博士は医療と一緒に薬学においても権威であり、だからこそ、博士の称号を得ることができたのだ。
 世界的にも有名で、その権威を発揮できる川越博士は、医学、薬学会では、一つも二つも頭の上であり、研究結果もいかにも世界に発信できるものであった。
 桜井刑事は、先ほどの捜査にて、第一発見者への事情聴取という初期段階の捜査で、
「事情聴取している最中に、相手が急に意識を失ってしあう」
 という状況に陥り、さすがに放っておくわけにもいかないということで、救急車を呼び、自分も一緒に病院まで一緒に来ることになった。
 意識は病院に来る迄戻るわけではなく、本人はすでに目覚めているつもりであったが、どうやら、限りなくリアルさのある夢を見ていたようである。そのことは本人以外の誰にも分かることではなかったが、川越博士は分かっていたような気がする。
 だが、博士はそのことについて一切言及することはなかった。
 博士の診察室を出た桜井刑事は、署の方に連絡を入れた。署の方ではすでに捜査本部が立ち上がっているようで、今現在としてはどういう状況なのかということを、浅川刑事に聞いたのだ。
「どうもすみません。病院に行くことになってしまって」
 と言って謝罪すると、
「いやいや、それはいいんだが、どうしたんだい? 第一発見者の女性に話を訊いていたとたん、急に気を失ったというではないか?」
 と浅川刑事に訊かれて、
「ええ、救急車はK大学病院に運ばれたんですが、そこで少ししてから彼女は意識を取り戻すことができたんです」
「それはよかったじゃないか」
 と浅川刑事に言われたが、
「それがですね。どうも記憶喪失のようで、まだ話が訊ける状況ではないんです。頭がボーっとしているようでですね。もし意識がハッキリしてきても、記憶喪失だということなので、どこまで聴取ができるかというのは疑問です。たとえできたとしても、記憶喪失の人の証言ですから、どこまで信憑性があるかですね」
 と桜井刑事は話した。
「それでも、とりあえずは話を訊く必要はあるだろうね。何しろ第一発見者でもあるし、何かを見たのかも知れない。もう少しそこにいて、彼女が少なくとも意識がハッキリした状態で、どのような記憶喪失なのかを君の目で確認してもらいたいんだ」
 と、浅川刑事に言われ、
「分かりました。私もそのようにしたいと思っています。主治医の川越博士と話をしながら、いろいろと伺ってみたいと思います」
 と桜井刑事は言った。
「川越博士が主治医なら安心もできるというものだ」
 というと、桜井刑事は意外な気がして。
「浅川さんは川越教授をご存じなんですか?」
 と訊かれて、
作品名:因果応報の記憶喪失 作家名:森本晃次