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モデル都市の殺人

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「お母さんだってそうなんだと思うんだけど、このK市のように、やりすぎるとこのホームレスのおじさんが言っているように、うまくいっているつもりのものがいつの間にか、線からはみ出している。その分を補おうとして無理をすると、せっかく戻ろうという反射的な行動を妨げることになる。それはきっと、自分が一番正しいという考えがあるからなんじゃないかしら? 私は大人の世界のことは分からないけど、大人が勝手に自分たちの都合ばかりを口にしていて、正当化しようとしている間は、どんなことをしたって、よくはならない。この場合のよくはならないということは、最初に目指したようにはいかないということ。それが社会主義であり、共産主義。私はそんな風に考えるんだ」
 と、遥香は言った。
「時代やブーム、それから文明まで繰り返すということだね」
 とホームレスが言ったが。遥香はそれを聞いて、
「うんうん」
 と頷いていた。
「難しい話になったんだけど、この死体を発見して通報してくれた時、何か他に気になることはなかったですか?」
 と訊かれたホームレスは、
「ここに死体が二体あったかも知れないと思った時、ここからどうして死体が一体別の場所に移されたのかと思った時、一緒にあってはいけないモノじゃないかって思ったんですよ。それで私が最初に考えたのは、本当は死体が一体、他の場所で発見されて、その場所で誰かによって殺されたとして、その人を殺したのが、もう一人の相手だと思わせることが本当の目的だとすれば、死体が一緒にあるのはまずいと思いますよね? 私はそれ以外には考えられませんでした」
 と言った。
 これはこの場にいる人たちに少なからずの衝撃を与える答えだったような気がする。
 なぜなら、最初に死体が発見されたのは、兄の方で、しかも、他で殺されたかも知れないという想像もできるほどだった。しかも、その場所は弟の工場である。弟が何らかの秘密を知っていると思っても当然のことであった。
 しかも、その人は前の日から行方不明になっていた。普通に考えれば、
「弟が兄を殺して逃げている」
 と思わせるのが、犯人としては一番しっくりくることであろう。
 もし、ここで発見された死体が自殺ということであれば、
「兄を殺してしまった罪の深さに苛まれての自殺」
 というシナリオが描けなくもない。
 ただ、それを構成するにはあまりにも、お粗末なところがある。
 まず第一には、死体が他から運ばれたという印象を残してしまったことだ。そもそもナイフで刺さなければ、首を絞めて殺すのであれば、他で殺されたというのを考えることもなかっただろう。
 だが、ナイフを使わないと殺害できないという発想も成り立つ。それは犯人が腕力のない女性であるという観点に立てば、死体を動かしたということがバレたとしても、しょうがないという考えがあるからだ。
 さて、もう一つは、なぜ最初に兄の死体を発見された時点で、この場所の死体を始末するなり、誰にも見つからない場所に移動させるなりのことをしなければいけなかったのかということだ。
 ここで死体が見つかってしまうと、犯人を弟にして、兄を殺して逃げているという構図が成り立たなくなってしまう。こちらも何か中途半端だ。
 そう思うと、なぜこんなに穴ぼこだらけの犯罪なのか、理由が分からなくなってしまう。明らかに衝動的な殺人ではなく、計画されたものである。犯人が女性であればという考えなどでしょうがない部分もあったかも知れないが、ここまで不細工な犯罪であれば、あまりにも不細工すぎて、犯行を思いとどまればいいくらいではないだろうか。
 これでは犯人が誰かは分からないまでも、一本の道が示されているような気がしてくるというものではないか?
 ということは、
「逆に、そういう道しるべを捜査陣に与えるために、わざと道を示しておいたということも考えられなくもない。自分たちは、犯人の敷いたレールの上を進んでいるだけで、進んで行くうちに、レールの進む先を勝手に推理して、しかもその進路に一点の曇りもなければ、それがすべてであると思わせられることになる。
 それが犯人の計画だとすると、これも恐ろしいと言えるのではないだろうか。
――その犯人が、実は近いところにいそうな気がして、恐ろしい――
 と浅川刑事は本能で感じていた。
 だが、この事件はそんなに甘いものではない気がした。もし真犯人を頭に描いたとして、本当に理論で組み立てた時、理屈に合う犯人なのか、それが分からない。つまり犯人を言い当てたとしても、その理由や動機に錯誤があれば、立件することはできないのだ。
「犯人を言い当てることはできても、裁判に起訴することすらできない」
 という捜査の盲点をついてこられているようだ。
 小説やドラマなどでは、犯人を言い当てて、状況証拠からの自白に追い込んでしまえば、後は事件が解決したかのように終わってしまうが、実際の事件では、ここからの方が先は長いのである。
 小説などのトリックでは叙述トリックなどというものがある。作者の言い回しや作風によって、読者が謎の渦中に迷い込んでしまうように導かれることである。そんなトリックを思い出していた。そういう意味での、「見立て殺人」など、そのようなものではないだろうか。
 ホームレスのそんな意見をきにしながらも、現場に到着し、ちょうど鑑識による検屍が終わったということで、とりあえず、被害者の身元確認を、治子にしてもらうことにした。さすがに遥香にはまだ未成年ということもあり、浅川刑事は止めたが、それ以上に強硬に止めたのは、治子だった。
「あんたは、見てはいけない」
 と、ひょっとすると今までの中で一番興奮した瞬間ではないかと思ったほどに叫び声を挙げた治子を見ていると、
――やっぱり、母親なんだな――
 と感じたのだ。
「じゃあ、奥さん、まことに申し訳ありませんが、顔だけご確認できますか?」
 ということで、すでに死体は短歌に乗せられ、瞼も閉じられた状態であった。
 きっと死体が発見された時は、虚空を見つめる、いや、無念さで睨むような表情だったのではないかというのは、適切な表現なのだろうと、浅川は思った。
「確かに、春日井の義弟です。どうしてこんなことに……」
 と言って泣き崩れた。
 その時、彼女の言った言葉に一種の違和感を浅川は感じた。言葉が曖昧で漠然としてはいるが、たいていの人が口にする言葉だった。本来なら違和感などあろうはずがないと思われるのに、なぜ治子には違和感があるのだろう。そう考えた時、一つ感じたのは、
「今回の被害者というのは、自分の夫と、弟ではないか?」
 ということである。
 つまり、自分にとってかなり近しいはずの人が二人も殺されているのに、誰もがいうようなセリフを訊くということは、まるで他人事のように思えたのだ。
 その感覚から、
「彼女が犯人かどうかは分からないが、何か重要な秘密であったり、我々に隠していることがあったりするのではないか?」
 という思いも感じたのだ。
 ただ、この違和感は本当に一瞬感じたもので、その一瞬が過ぎてしまうと、今度は違和感を覚えたということが自分の中での違和感として残ってしまった。非常に気持ちの悪い感覚である。
作品名:モデル都市の殺人 作家名:森本晃次