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モデル都市の殺人

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「その場所にはもう一体の死体があったんじゃないかと思うんです。うっすらですが。血の痕が途切れる形になっているにも関わらず、ちょっとだけ離れたところにまた血の痕が見える。ここから死体を動かそうとした時に、血が少し流れ出たのではないかと思うんです。でも。きっと凶器は刺さったままなんでしょうね。そうじゃなければ、もっと大量の血が出てきていて、別の死体があったことが分からないんじゃないかと思うんです。それに時間も経っているので、血液型まで検出できるかどうか分からないので、何とも言えないですけどね」
 とホームレスとは思えないほどの推理力であった。
 そのことに感心した浅川刑事は、この男にもう少し意見を聞いてみたくなった。第一発見者がホームレスとはいえ、、元医者だというのは、発見者としてだけではない情報が貰えそうに思うからだった。
「ということはあなたの考えでは。血液型が分からなくなるのを見越して、死体が発見されるのは仕方がないとしても、ここに誰かもう一人いたという形跡は消せると思ったということかな?」
「そうだと思います。医者の目がなければ、なかなか分かるものではないですからね。しかも私は以前検屍もしていたことがあるので、よく分かっているつもりなんですが、ナイフで刺された被害者のまわりに血が流れていても、まさかそこにもう一人いたなどとは普通考えませんからね。それを考えるというのは、結構な発想ですよ」
 とホームレスは言った。
「なるほど、確かにそうですね。それを班員が計算ずくだったとすると、それは厄介な犯人だということになりますね。ところで、あなたはその被害者を見たことはありましたか?」
 と言われて、
「いいえ、初めて見ます。服装から見て作業服のようなので、どこかの工場の作業員なんでしょうね」
 というので、
「この街は、工場が多いからな」
 と、浅川刑事は、さりげなくかわした。
「そうですね。おかげで私たちはなんとか暮らせますが、その分、公害問題があるんですよ」
 とホームレスが言った。
「公害問題?」
「ええ、この街は何と言っても工場の街です。当然昭和の頃ほどひどくはないですが、産業廃棄物は仕方のないことです。かなり減ってはきていますが、もう少し工場の数を減らしてくれなければ。我々が生活できないんですよ。工場からは、じゃあ、雇ってやるから、働けばいいと言われるんだけど、我々はホームレスがいいと思っているんだ。いまさら工場で働くなどまっぴらごめんさ。人間関係が嫌でホームレスになったんだ。人間関係をしなきゃいけないってんなら、私は前の医者に戻った方がいい」
 と言った。
 なるほど、それもそうかも知れない。
「住めば都」
 という言葉があるが、ホームレスも一度やるとやめられないと思っているのかも知れない。
「君たちは、この街の発展には反対なのかね?」
 と言われて、ホームレスは嘲笑し、
「発展? どこが? それは一部の人間がそう思っているだけですよ。世の中そんな、皆がよくなる世界なんて、ありはしないんだ」
 と吐き捨てるように言った。
「この街では、本当はあまりホームレスはいないはずなんです。街自体がホームレスをなくそうという対策を取っているし、公害とまでは言いきれないかも知れないけど、公害と言われても仕方のないような状態に、図らずもなっていることで、かなりのホームレスが減ったはずなんですよ。我々だって、そのうちに別のところに避難しないといけないと思っていますからね。それだけこの街は危ないんですよ。経済の発展ばかりを目指していて、まるで昭和の高度成長時代を繰り返しているじゃないですか。それを思うと、この街というのは、問題だらけなんですよね」
 と死体発見者のホームレスはいった。
「じゃあ、一番の問題は何なんですか?」
 と訊かれて、ホームレスはすぐに答えた。
「それは我々を見れば一目瞭然じゃないですか。貧富の差の激しさですよ。しかも、そもそも貧富の差の激しさを改めようとして考え出されたこの体制が、結果的に貧富の差を決定的なものにした。なぜだかわかりますか?」
 というと、
「いいえ」
「それが、臭い物には蓋をするというやり方なんですよ。いいところだけをピックアップしてまわりに宣伝する。いわゆるプロパガンダですよね。この発想って何かに似ていると思いませんか?」
 と言われて、皆が頭を傾げていると、おもむろに答えたのが、何と遥香であった。
「共産主義の考え方」
 と小さな声で答えた。
 それを聞いていたホームレスの男性は、急に喜んだ様子で、興奮しながら、
「そうそう、その通りなんだよ。お嬢ちゃん、なかなか頭がいいね」
 と言われて、遥香が解説を始めた。
「共産主義の発想って、元々は資本主義、自由主義の欠点を補うための理想思想として生まれたものなんですよね。資本主義というのは、民主主義の考え方に則っているので、基本は多数決なんですよ。そして自由主義の考え方なので、どうしても、政府が介入しない自由な風潮になるので、聞こえがいいんですけど、完全な弱肉強食であり、強いものしか生き残れないんですよね。だから、貧富の差が激しくなる。共産主義、社会主義というのは、皆がともに生産する。皆平等であり、それを統制するのが社会であり、政府であるということなんですよね。だから政府が強くなり、企業や生産は国営化されてしまう。そうなると政府が強くなって、独裁を目指すことで、粛清が行われたり、自由な発言が許されず、国家によってすべてを統率されて、国民は国家に縛られるということになる。だから貧富の差が少ないと言われる発想なんでしょうが、結局は独裁になってしまって、国家は一部の特権階級の連中だけが潤って、それ以外は貧困に喘ぐことになる。それが社会主義で共産主義の正体です。どちらがいい悪いということはいえないけど、両極端なことで、世界が対立したのが、冷戦と言われるものだったんですよね。どちらも、行き過ぎるとロクなことはないということでしょうか?」
 という遥かに対して、
「これは、お嬢ちゃん、よくご存じだ。私もびっくりしたよ。私が言いたいことをソックリそのまま言ってくれたので、私が補足することもないよ」
 と言っていた。
 話が横道に逸れたようではあったが。実際には、冷静に考えると、聞きたいことの半分くらいは、この話で理解できたような気がした。
「要するに、うちの家庭もそうなんですよ。ひょっとすると、ある程度の時点で妥協していればうまくいったかも知れないことを我慢できずに衝動で行動したから、こんなことになったのかも知れない」
 と遥香は意味深なことをいった。
「遥香、それはどういうことなの?」
 と治子が訊くと、
作品名:モデル都市の殺人 作家名:森本晃次