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モデル都市の殺人

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「ええ、でも、それほど詳しいというわけではありませんよ。お客さんとしては、いいお客さんだったと思います。接客していて安心感があったのは、春日井さんよりも、直哉さんの方だったからですね」
「そうだったんですね? 直哉さんはよくお店には来られていたんですか?」
「いいえ、最初はそんなに来ることはなかったんですが、お役の中に弟がいるということを知ってから、よく通ってこられるようになりましたね。普通なら逆ではないかと思うのですが、きっと直哉さんは春日井さんを意識していたんでしょうね」
 という話を訊いて、
――こんなことなら、さっきお店に行った時、殺人事件の話をすればよかった――
 と思った。
 まさか、被害者が常連だったなどと思いもしない。お互いに距離を置いている兄弟がまさか同じお店の常連同士だったなんて、思ってもみなかったからだ。
「そうですか。でも今あなたは、春日井さんとご一緒にお住まいなんですよね? 失礼ですが、ご結婚の意志はおありなんでしょうか?」
 と言われたゆりなは、少しビクッとしたようだったが、すぐに平静を取り戻して、
「まだ同棲状態なので、どうなるかは分かりませんが、気持ち的には結婚も考えています」
 と言われた。
 彼女は、おそらく事実に対しての話よりも、精神面での話の方に反応するようである。かといって、キャバクラのキャストと常連客という間柄での同棲状態、今の反応も想定内のことだったので、彼女に対して精神面での話の奥深くを引き出すことは難しいのではないだろうか。
「ところで、直哉さんが殺害されているとすれば、主人はどうしたというのです? 警察の方が今こちらに来られたということは、主人は会社にはいないということでしょうか?」
 と、話の流れから、結構早い段階で分かっていたのだろうが、刑事がなかなか切り出さないことで痺れを切らせたのか、ゆりなは自分から質問をしてきた。
 やはり、彼女は春日井のことが心配なのだろう。ただ、その心配は愛情からの心配なのかどうか、ハッキリとは分からなかった。
「ええ、工場長は会社におらず、片桐さんという方が、常連のお店を教えてくれて、そのお店であなたと春日井さんをこの界隈で見たと言っていたんです」
 と言われて、
「そうですか。私たちの商売では、常連さんと仲良くなったりすると、境田町に部屋を借りるということも結構あるんです。私を見たというその人も、きっと同じようなことをしているんでしょうね」
 と、告げ口されてしまったことへの皮肉を込めてなのか、ゆりなはそう言って、嘲笑しているようだった。
「片桐さんはご存じでしょうか?」
 と訊かれて、
「いいえ、私は知りません」
 とゆりなは答えたが、あくまでも自分が知らないという言い方だったのは、自分は知らないが、お店のスタッフは知っているかも知れないということを暗に匂わせた気がした。
 それだけ、ゆりなに限らず店の事情を、いや、K市という特殊な街にあるキャバクラとしては、キャストにもそれなりの事情が分かっている人が多いということであろう。
「最近、片桐さんと一緒にいて、何か変わったことはありませんでしたか? どんな些細なことでも構いませんが」
 と言われて、ゆりなは少し考えているようだ。
 それはごまかそうとして、長考しているわけではない。本当に思い出せないようで、それでも少し経ってから絞り出したかのように、
「そういえば、あの人、最近何かに怯えていたような気がするわ。元々気が弱くて、いつも何かに不安を感じる方だったんですが、その不安が最近は自己嫌悪から来ているものではないかと思うことがあったんです。寝ている時、時々悪夢でも見ていたのか、寝言を言っているかと思うと、急に大声を出して目を覚ますことがあったんです。額からは汗をぐっしょり垂らして、どうしたのかと訊いても、何でもないというだけなんですが、いつも同じことで悩んでいるように思えたんですが、ハッキリと聞き取れたわけではないんですが。あの寝言を聴いている限りでは、やはり自己嫌悪ではないかと思うんですよ」
 とゆりなは言った。
「そうなんですね」
 と答えた浅川だったが、春日井氏が何に怯えていたのか、それが彼の失踪、そして今度の事件に関係があるのかないのか、重要な話だとは感じたが、どのように影響してくるのか、まだ分かっていなかった浅川刑事だった。

               春日井の発見

 浅川刑事は、境田町を離れて、次に向かったのは、被害者の奥さんである治子を訪ねて、被害者の家を訪れた。
――なるべくなら、娘の遥香ちゃんがいない方がいいかも知れないな――
 と感じたのは、娘が両親を避けていて、両親ともを嫌っているということが分かったからだ。
 先ほども、母親に知られないように、タイミングを見計らって殺害現場をわざわざ訪れたくらいだから、当然のことだろう。
 そして奥さんとの会話の中で、娘の話が出るのは仕方がないが、感情的な話にはこちらからはできないと思っていた。もっとも、相手がしてくる分には問題ない。いや、却って好都合だというものだと考えていた。
「何度もすみません、K警察の浅川です」
 治子は普通に迎えてくれた。夫の死からまだ少ししか経っていないのに、彼女は実に冷静だった。いや、もっというと最初から冷静だったと言ってもいい。
「いつ殺されても覚悟はできている」
 とでも言わんばかりの様子に、担当刑事が浅川でなくても、皆感じているかも知れないと思うのだった。
「どういうことでしょうか?」
 と、まるで落ち着いているというよりも他人事に聞こえるので、いかにも、
「招かれざるべき客」
 と言ったところであろうか。
「最近、ご主人は何かに怯えていたり、不安に感じているようなことありましたか?」
 と訊かれて、
「別に何も感じませんでしたが」
 と平然と答えた。
 それを聞いて。
――さっきのゆりなといい、この奥さんといい、どうして失踪したり亡くなった旦那の話されると、こんなに他人事のようになってしまうんだ?
 という疑問が湧いてきた。
 確かに、自分の中でショックがあって、整理できていない頭の中で、刑事が捜査のためとは言いながら、落ち着いていない自分の頭をさらに引っ掻き回そうとするのだから、苛立ったとしても、それは無理もないことに違いない。
 さらに、相手が警察ということで、肉親の苦しみを踏みにじっても、事件解決を最優先に考えている人たちだと思われているとすれば、彼女たちの冷静で他人事のように見える態度も幾分か理解できる。そこに捜査員と、事件当時者の人との隔たりがあり、警察というものを、民間の人たちがなかなか信頼してくれない証拠なのかも知れない。
 考えてみれば、警察組織というのは、完全な縦社会である。あくまでも公務員なので、一般の企業の人とは違うのだ。さらに、
「警察というのは、何かなければ動いてくれない」
 ということを世間では皆熟知している。
 特に、苛めであったり、DVなどの暴力、さらにはストーカー被害などは、事件が起こってからでなければ、警察は介入しようとはしないのだ。いくら、訴えても精神論だけでは権力を使うわけにはいかないということである。
作品名:モデル都市の殺人 作家名:森本晃次