モデル都市の殺人
銀行も、他の土地のように、融資を募ったりしなくても、預貯金だけで、十分に賄える。資金繰りについても銀行が後ろ盾にいれば、企業もうまくまわる。不良債権も中にはあるかも知れないが、そもそも貯金が担保のようなものだ。
融資も他の土地のようになかなか受けてくれない状態ではないので、手遅れになることもない。一つがうまくまわると、すべてがいい回転となるといういい例ではないだろうか。
そんな街の住宅街の奥の方にあるのが境田町と呼ばれる一体で、最先端のマンション設備と家具や電気製品。新婚夫婦が仮の住まいにすることも結構ある。したがって、不倫のカップルがしけこむにはちょうどいいところであった。
実際に、このあたりは不倫の人も結構いるようだ。だが、これも他の土地と違って、それほど大きな問題にならない。
これがいいのか悪いのか、すべてがお金で解決できるのだ。だから、不倫を重ねる人は後を絶えない。一度見つかったくらいで不倫などやめられないと思っている人も結構いる。それは男であっても女であっても同じことで、そういう意味でもこのK市というところは、男女での差別というのもあまりない。
「男女の差別はないかわりに、女性にも男性同様の義務と責任がのしかかってくることを覚悟してくださいね」
というのが、K市における男女均等の考えだった。
「他の土地は、女が平等だと言っていることに胡坐をかいて、女が義務も責任も考えようとしないから、混乱が起こる。男が何か失言をしたからと言っても、自分たちが義務も責任も果たしていると言えば、別に気にすることではない。そんな一言を気にしないのは、その言葉を認めているからで。その誹謗中傷を、誰よりも間違っていないと思い込んでいるから腹が立つんだ」
というのである。
それはそうであろう。権利を主張するのであれば、義務や責任を果たしてからいうことであって、
「女性は男性と違って」
などと言い出せば、最後、本末転倒で何も言えなくなってしまう。
それだけ、言葉には気を付けないといけないということだ。
中には政治家のように、記者会見と言って、原稿ばかりを見て、まったく訴えようともしないやつもいる。そんなやつが首相だったりするから、日本という国は怪しい国になってしまう。そういう意味では、K市のような先見の明のある都市があってもいいのではないか。今のところすべてがうまくまわっている。それを思うと、もっと、K市というのが日本全国に、いや世界に対して誇らしく発信されてもいいのではないだろうか。
きっと、国のトップがそれを抑えているのだろう。他の土地もすべてで、
「俺も俺も」
などとなると、お金もかかるし、世間が混乱し、ひいては自分の立場が危うくなる。
K市はあくまでもモデル都市なのだ。
境田町はそれなりにセキュリティもしっかりしていて、一応、このあたりを一括管理している会社も存在していた。基本的に、一か月以上借りる人は登録が必要で、町全体を管理している会社が一つあり、その他に区画ごとに管理しているところが四つあった。その四つに登録されている人の詳細なデータがあるようで、一つ一つ回ってみると、三つ目の会社で、問題のカップルと思しき二人が借りていることが分かった。
さっそく訪ねてみた。
「すみません」
と、オートロックの呼び鈴を押すと、女性が出てきた。
貸してもらった写真のゆりなさんに間違いないようだ。
「こちら、K警察の浅川というものですが、少々お話をお伺いしたいのですが」
といって警察手帳を提示すると、相手は少し訝しがったが、すぐにオートロックを開けてくれて、
「どうぞこちらへ」
と言われたので、さっそくお邪魔することにした。
最初に訝しがりはしたが、いきなり警察の訪問を受けたのだから、
「最初は誰でも訝しがるものだ」
という十分にありえるだけの時間であった。
表札には、
「春日井悟」
とあり、偽名を使っているわけでもなかった。
そういえば、見せてもらった登録簿にも職業欄に、
「春日井板金工場の工場長」
と書かれていたっけ、工場長であれば、金銭的な問題もないし、保証人も会社の片桐氏ということになっていたので、貸主にしてもこれ以上安心することもない。
ここは一か月以上でも、半年以下であれば、保証人を絶対とうわけではない。一応、半年未満の契約だったので、春日井にしても、片桐にしても、恋愛関係がどれほど長く鳴ろうとも、愛の巣としてここを利用するのは、半年未満としているのだろう。
ひょっとすると、半年未満で飽きてしまうという、最初からの考えがあるのかもしれない。
「警察の方が、どういうご用件でしょうか?」
と、まったく悪びれた様子を見せないゆりなであったが、
「実は、こちらのご主人である、春日井悟さんにお話があって参ったのですが、ご主人はご不在でしょうか?」
と言われて、それでも、別に動揺することはなく、
「ええ、朝、仕事にいつも通りに出かけましたけど、それが何か?」
とゆりなは答えた。
この様子を見ている限り、ゆりなという女性は今何が起こっているのか分からないようだ。もしこれから話をしていく中で動揺が走るとすれば、それは何も知らなかった人間が急に恐ろしいことを聞かされた時のショックなのか、それとも、知っている訳アリの話を突きつけられての動揺なのか、その見極めが必要であると、浅川は感じた。
とはいっても、言わなければいけないのは間違いないことで、多少なりともショックを受けるはずだ。逆にリアクションがなければ、よほど鈍いのか、それとも、感情を表に出さないというのが普段からの性格なのか、どちらかではないだろうか。
「実は、今朝、春日井板金工場で殺人事件がありまして、被害者はご主人のお兄さまに当たる川崎直哉さんなんですよ」
と浅川刑事は言った。
「まあ、直哉さんが殺されたんですか?」
とゆりなはいったが、これは少し意外だった。
「あなたは、川崎直哉氏をご存じなんですか?」
と言われたゆりなは、
「警察の方がこちらを訊ねてこられたということは、私のことも分かっていらっしゃるんですよね?」
と訊くので、
「ええ」
と浅川刑事が答えると、
「そうですか。じゃあお答えいたしますが、直哉さんはうちのお店のお客さんでもあったんです」
「というのは、ご主人が連れてこられたわけではなく?」
「ええ、そうです。まったく別々のお客さんだったんですが、偶然お店で出会って、二人ともビックリしているようでした。私たちも、二人が雰囲気も容姿もまったく似ていないし、名字も違っているので、まさか兄弟だったなんて、想像もしませんでした。それを思うと、偶然というのは恐ろしいと思いましたね」
と、こちらも悪びれずに話してくれた。
ここまで話を伺った感じでは、ゆりなの話に何ら疑わしいところはなかった。むしろ実に自然な受け答えで、知らない人は、普通の主婦だと言われて、信じて疑わないに違いない。
「じゃあ、あなたも、川崎氏のことをご存じなんですね?」