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モデル都市の殺人

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「ええ、あの時の後ろ姿忘れられないわ。私たちには慰めてあげることはできないと確信したもん。それからたまに、彼女の消息を聴きにきたことがあったんだけど、また肩を落として帰っていくだけだったわね」
 と、彼女は、入り口を皆がら、虚空に引き込まエルかのような表情になった。その場所に春日井の残像でも残っているかのようであった。
 春日井という男、表の顔と裏の顔ではかなり違っているようだった。
 表の顔はあまりいいイメージのない。ハッキリとしない男のようだが、少なくともソープでの彼の印は、これ以上ないというほどのもので、
――これが同じ人間への評価なのか?
 と感じさせるほどのもので、風俗の女の子の目がかなり肥えていて、こちらの知りたいことをしっかり捉えてくれていることを今までの捜査の経験から知っていた浅川は、結局春日井という人物への印象を変えざる負えなかったということのようである、
「最近、春日井さん、キャバクラにはよく顔を出しているということのようですよ」
 と教えてくれた。
「どういうことだい?」
「寂しさも境地を超えると開き直るというのか、それまでに表に出なかった、もう一つの性格が表に出てくるんじゃないかしら? 騒いで忘れたいという思いがあるんじゃないかしらね?」
 という話を訊いた。
 本当に彼はソープでの評判はいいようだった。ただ、その時、彼のお気に入りであった睦月という女の子が行方不明になっていることを、教えてもらえなかったのは、残念なことであった。
 その情報を持って、次には、彼がよくいくキャバクラに出かけた。そこでは、数人のキャバ嬢がいる中で、冷静な目を持っているアキと、春日井のことを好きになっていたゆりなも一緒に浅川刑事の話を訊くことになった。
「ええ、春日井さんなら、私たち皆知っているわよ。お金払いもいいし、別に変なことをしてくるわけでもない。それに彼には他のお客さんとは来店目的が違っていたような気がするのよね」
 と、アキが話をした。
「そうそう、あの人は、女の子に相手をしてもらいたいというよりも、自分が私たちを楽しませてあげようという意識があったのかも知れない。たまにうんちくのような話もしてくれたんだけど、それ以上に押し付けのような強要の強制はなかったから、話しやすかったわね」
 と他の子も言った。
「寂しさを紛らわせる時に来ているような気がする時もあったわ。きっとあの人は指名しるキャストをその時の心境で決めていたのかも知れない。私の時は寂しさを紛らわせる時が多かったのよ。そういう意味では最近私が多かったでしょう?」
 と言われて、皆口々に、
「そういえばそうね。あなたの言うとおりだわ。よく見てるじゃない」
「ええ、皆は春日井さんの話をする時、楽しそうな話が多いので、変だなって思っていたのよ。でも、最近になって彼を見ていると分かってきたの。彼には心に思っている人がいるんだけど、告白する勇気がなかった。それはきっと、風俗の女性だったんじゃないかってね」
 と言って神妙になっている彼女に、
「それ、分かる気がするわ。私は別に春日井さんのことを好きでも嫌いでもないんだけど、おかげで冷静な目で見ることができるようになったの。だから分かるんだけど、春日井さんは確かに好きな人がいてそれを本人に告白できないのが辛いんじゃなくて。自分の立場から、どうしようもない自分に苛立ちを覚えていた気がするのよね。本当に古臭いんだけど、まるで江戸時代の花魁と出入りの人の禁断の恋のようなイメージね」
 とアキが言った。
「でも、あの人は、それでもいいと思っていたような気がするんですよ」
 と言ったのは、春日井のことを好きになっていたゆりなだった。
「あの人は、運命を受け入れることが自分の宿命だって思っているところがあって、どこか諦めのようなところがあったの。私はそこに共感して好きになったんだけど、これって本末転倒な気がして、諦めようと思っていたんだけど、そんなある日、春日井さんが一人の女性と睦まじく歩いているのよね。煌びやかな感じなんかまったくなく、みすぼらしさすら感じさせる彼女を庇うようにしながら、まるで二人三脚でもしているかのように見えた二人は本当にお似合いだった。それを見て私は本当に諦めなければいけないと思ったのよ」
 と、ゆりなが続けて話をした。
 この話は皆初耳だったようで、
「そうだったも? それはいつ頃のこと?」
 とアキが訊くと、
「先週くらいかしらね。春日井さんはその女の人から決して目を逸らそうとはしなかった。その女性もしっかりと春日井さんを見つめていたの。まるでこれから心中でもするんじゃないかって感じがしたくらいだわ」
 とゆりなが言った。
――先週? というと、ソープで彼のお気に入りがいなくなってから後のことではないか?
 それを聞いて浅川刑事はその女性が、ソープにいた女性であり、まわりの目を欺くためなのかは分からないが、結果として欺くことになったということを確信した気がした。
「それはどのあたり?」
 と浅川刑事が訊くと、
「境田町の路地を入ったところ」
 ということだが、そのあたりというのは、K市独特の経済圏の中で、いまだに残っている日雇いという人たちの仮住まいのようなところだった。
 そういう意味では身を隠すにはちょうどいいところだったかも知れない。
 さすがに、日雇いの宿というようなまるで昭和のような家は残っていないが、今でいうウイークリーマンションや、マンスリーマンションのようなもので、その走りと言ってもいいだろう。
 期間工のような立場の人たちに、一定期間、家具や電気製品を付加しての賃貸。だから、敷金も礼金もいらない。家賃は日払いで、一か月の契約で二週間しかいなかったとしても、そこで違約金が発生することもない。それだけ需要も高いということだ。
 この土地では、大きな会社が存在しているわけではない。つまり終身雇用や年功序列もない。非正規雇用であったり、派遣などという考え方が、ここではずっと昔からあったのだ。
 時代がやっとこちらに追いついたというべきなのだろうが、追いついたまわりの時代がまずかった。バブルが弾けたり、大企業が生き残ろうなどとしている世界なので、非正規雇用や派遣を最初に切るという乱暴な状態になるのだ。
 非正規雇用は最初に一応非正規で雇っておいて、皆平等に教育を受け、その中で残っていく社員を競わせるという形で、年齢が進めば、自然と正規社員になるという形である。こうなると、臨時社員もいることで、少々工場が危なくなっても、臨機応変に対応できる。これが、K市の最大の魅力だったのだ。
 おかげで自殺者もいない。殺人事件もほとんどない。さらに詐欺などの怪しい連中の入り込む隙間もない。治安がいいのも当然というものだ。
 それでも、期間工がうまく回らなくなると、危ない会社も出てくる。その時は銀行に積み立てておいた資金が役に立つ。
 このあたりの会社や工場は、いつ何があってもいいように、銀行を貯金箱のように使っている。
作品名:モデル都市の殺人 作家名:森本晃次