モデル都市の殺人
「同じくらい嫌い。お父さんの方が嫌いだと思うと、お母さんも嫌いに思えて、お母さんの方が嫌いだと思うと、お父さんも嫌いに思えてくる。きっとどっちかを先に嫌いになったんだろうけど、そこから時系列では考えられないくらいに、二人が嫌い」
という、変な理屈をこねて答えた。
そこに何か遥香の秘密が隠されているような気がして、浅川刑事は遥香を見つめていたのだ。
工場長はどこに
遥香の証言は、何が言いたいのかよくは分からなかったが、言いたいという意思を持って、刑事を訊ねてわざわざ現場に来たのだろうと思えた。ひょっとすると、彼女自身、自分が何を言いたいのか整理できていないが、言わなければ気持ちが変化してしまうことを恐れたのかも知れない。若い子にはありがちなことで、特に思春期などは、今まで考えていたことを忘れてしまうことがある。それはきっと、同じことを考えていても、頭の中の環境が変わってしまったことで、何が言いたかったのかを見失ってしまったことで、見えていることまで見えなくなってしまっているのかも知れない。
まだ、十九歳になったばかりの高校三年生、大学受験を控えているのか、精神的にも不安定な時期であることは察しがつくというものだ。
母親と同じところがあるのは分かっている。しかし、母親はお嬢様のレッテルがあるためよく分からなかったが、遥香にはそれがないので、分かりやすかった。
――彼女たち親子は、基本的に気が強いんだ――
というものだった。
母親に対しての娘は明らかに憎悪に満ちていた。それは、母親のそんな性格が自分に遺伝したのだという不確かなことではなく、もっとリアルにハッキリとした形のものが彼女をそういう態度に出させたのかも知れない。
浅川刑事は、遥香から聞いた話を参考にはするつもりでいたが、完全に鵜呑みにしているわけではなかった。むしろ、こちらをミスリードしているのではないかと思うようにもなっていて、
「全面的に信じてはいけない」
と思わせた。
ただ、母親に対しての怒りは、まるで父親をあんな風にしたのが母親だと言いたかったような気がして仕方がなかった。そして、父親も誰かにその性格のために、影響を及ぼしているのではないかと思った時、ここの工場長が弟であることを思い出した。彼の失踪がこの事件に関わっていることは間違いないだろう。あからさまに同じ日にいなくなったのだから。
工場長の行動パターンは、大体片桐氏が握っていた。彼の遊び癖を気にして、お目付け役にした先代も今はいない。まだ五十歳代だというのに、交通事故に遭って、あっけなく亡くなったのだ。
「その存在の大きさに反して、亡くなる時って、本当にあっけないものなんだな」
と片桐が言っていたのが印象的だった。
いきなり工場長に引き上げられた悟も、さぞやビックリしたことだろう。まさかあんなに簡単に死んでしまうなんて、前述の片桐のセリフ、そっくりそのまま自分が両親に送りたい気がしていた。
悟も一度は気が弱くなったのか、恥を忍んで兄のところに、
「戻ってきて、俺と一緒に工場を盛り上げてくれないか?」
とお願いに行ったのだが、兄はなぜか、けんもほろろに断ったという。
しかも、
「どの面下げて頼みに来ているんだ」
とばかりに罵声を浴びせたという。
「何か、二人の間に誰も知らない秘密でもあるのか?」
とウワサされたほどだったが、兄が亡くなって、弟が失踪中ということもあり、今また思い出されたが、その答えは分からずじまいになってしまいそうな気がしてならなかった。
その話を訊いた時、
「それが動機なんじゃないか? 頼みに行ったのに、けんもほろろで見捨てられたという恨み」
という人もいたが、
「じゃあ、それならそれで、どうして今なんだい?」
と言われて、何も言えなくなった。
この証言が真相に遠いとは言えない気がするが、結論付けるには早急すぎるというべきであろう。
工場長の足取りを洗うには、まず彼の遊び場を洗う必要があった。ソープにキャバクラ、そしてスナックと、夜の街を謳歌しているようだった。幸いなことに、それぞれの分野に馴染みの店は一つずつ、基本的には片桐の知っている店が多かった。
というよりも、片桐が把握している店にいることが遊ぶ条件であり、その店で何か起こったとしても、片桐には対処できるが、他の店で何か起こっても、対処できないということを言われてしまえば、おのずと行く店は決まってしまう。
実はそのことに不満を持っていたことで、何とか他に開拓できる店をとも考えたが、しょせんは若くして工場長になったのも、スライド式ということで、自分の力ではない。それをあたかもまわりに、
「すごいわ、その年でK市の工場長さんだなんて」
と、夜の街の女性はそのあたりの社会に仕組みに関しては、他の人よりも詳しい。客からいろいろ聞くこともそうなのだが、彼女たちが生き抜くために必要な知識だからであった。
お世辞と分かっているだけに、明らかなおべんちゃらは、耳が痛いだけだった。それよりもまだ、知っている店の方が気楽というものあったのだ。
まずは、ソープに行ってみることにした。そこの店は珍しく女性経営者であった。年齢的には五十歳くらいのマダムであったが、経営に関しては確かだと、片桐から聞いていたので、見た瞬間、なるほどと感じた。
「ああ、春日井さんなら、ここ最近来てないわね。ええ、お気に入りの娘がいただけどね。最近辞めたんですよ。それでそれからほとんど来てないんじゃないかしら?」
と言われて、
「それはいつ頃のことなんです?」
「一月くらい前のことかしらね。それまでは毎週来てくれていたのよ」
「客としてはどうだったんだい?」
「いいお客さんでしたよ。女の子からも人気があったし、あの優しそうなマスクで、本当に優しかったのよ。ちゃんと気を遣ってくれて、聞いてはいけないことなどもわきまえていてくれて、決して女の子に無茶ぶりもしない。だから、女の子からも人気があったの。あれで工場長さんなんだから、理想のお客さんというところでしょうか?」
と、べた褒めだった。
「春日井さんは、本当にいい人よね。飾るところがないの。でも、たまにとても寂しそうな時があって、そんな時は声を掛けられないほど気の毒でね。そんな時は、一艘妖艶にお相手してあへるようにしているの。そうすると、最後は元気を取り戻すことができた。ありがとうって言ってくれるのよ。私。涙が出るくらい嬉しかったんだから」
という女の子もいた。
「でもね、お気に入りの女の子ができて、彼女ばかり指名するので少し嫉妬したんだけど、見ていてお似合いだったのよ。うまくいってほしいって思っていたんだけど、彼女には重荷だったのかも知れないわね」
とその女の子は言った。
「じゃあ、その子が辞めたのは、春日井さんのせい?」
「せいにしては春日井さんが気の毒なんだけど、彼女も彼女なりに春日井さんのことを思っていたんでしょうね。いきなりやめていったんだから」
ということだった。
「春日井さんは、相当途方に暮れていたんじゃないかい?」