逆さ絵の真実
実際に娘婿はそのつもりだったようだし、勝野もまったく異論はなかった。むしろ自分が裏から支えていくという方が自分に合っているような気がして、しかも、これで本当にわだかまりがなくなると思っていたので。
「やっとこの時が来たか」
という思いでいっぱいだった。
だが、予想がこうまで覆されて、自分が今まさに表舞台に立たされるなど思ってもみなかった。
「これですべてがうまくいく」
と思っていたことが、一つのことが狂ってしまうと、すべてが崩れてしまうという、砂場の山崩しというゲームを思い出したくらいだ。
引退表明会見は、厳かに行われ、しめやかな式典となった。だが、その後には、華々しい後継者襲名が行われるものだと、ほとんどの人が思っていたことだろう。一部の週刊誌も来ていたので、芸術界では話題になったことではあったが、世間としてはまだまだマイナーな会派だっただけに、初めての後継者襲名となることで、華やかな中に、緊張が走っていた。
「さあ、いよいよ」
という場面で、一堂にどよめきが起こった。
それを引き起こしたのは、かくいう先生であり、先生はマイクを握りしめ、神妙な面持ちで、まわりを一望するように黙って見渡すと、一瞬目を瞑り。
「これから、重大発表をいたします。他でもない後継者のことですが。今はまだ白紙の状態です。候補はおりますが、その候補は二人です。その二人のどちらが後継者にふさわしいか。私を含めた委員の皆さんで決定していきたいと思います」
というではないか。
株式会社という形式をとっているので、理事もいれば、執行役員もいる。それらの前で二人の候補のどちらがふさわしいのかを決定するということなのだ。
その発表で、完全に会場は、まるで天地がひっくり返ったかのようになってしまった。その候補者に祭り上げられたのは、もちろん、娘婿がそのうちの一人であり、もう一人は何と勝野であった。
確かに、先生が、二人と言った時点で、候補者のもう一人は勝野に確定したようなものだったが、これは実にやりにくい。
他のことであれば、相手に花を持たせるということもできるだろうが、何しろ芸術家の世界。皆プロのようなものだ。
相手に花を持たせるなど、そんな小細工が通用するわけがない。もしそんなことをすれば、勝野としても、自分の進退問題になりかねない。もう一度の破門は許されなかった。
一度破門され、それを許された状態で、表から、先生の流派を見てきたつもりだったのに、何を今さら、表舞台に引きづり出そうというのか。
――まさか先生は、かつて駆け落ちをしようとした自分をどうしても許すことができず、今ここで復習をしようなどと思っているわけではあるまいな――
と勘ぐるほどだったが、すぐにそんな思いは打ち消した。
先生は、真剣にこの流派を守りたくてやっていることなのだろう。そんな探偵小説でもあるまいし、血で血を洗う復讐劇などというものがあるはずもない。それこそ、世間に恥の上塗りになってしまう。
そんなことを先生が望むはずもない。やはり、先生は真剣に先のことを考えているのだろう。
先生が急死しての跡目争いではない。まだ目の黒いうちにあたるはずの先生が決めたことなのだ。
作品の完成までの期限を一週間と決め、この短い期間で何でもいいから描いてくることを命じた、勝野は、あえて逆さ絵を描いたのだが、その出来栄えは、自分でも悪くなかったと思っていた。
だが、一週間後に行われた跡目決定では、勝野は選ばれなかった。そう、これは最初から望んでいたことであって、負けたことへの悔しさはあったが、跡目争いという意味ではホッとしていたのだ。
「勝野君には、のれん分けではないが、特別顧問のような形で、今後も我が流派を支えていってほしいのだが」
と先生にいわれたが、
「いえ、私はあくまでも私の流派の初代として進んで行くことに決めました」
というと、
「なるほど、そうだな。その気持ちの表れがあの逆さ絵だったんだろう? 私もそれを感じたので、跡目を君には決めなかったのさ。これでいいんだろう?」
「ありがとうございます。そして、跡目として私のことを見ていただいたことに対してもお礼を申し上げます」
「いや、いいんだ。あれは私の引退前の最後のわがままだったんだ。本当は君に跡目を継いでもらいたかったというのは本音だよ」
「逆さ絵のこの私でもですか?」
「ああ、あれは、君の奥の手だからね。あれが君の本当のすべてだとは私は思っていない。だって、君はまだ逆さ絵を中心としたさらなる高みを目指しているように見えるからな。これからが楽しみだよ」
「本当にありがとうございます」
というのが、当時の先代と師匠の逸話であった。
さらなる高みを目指していたという意識があったから、ずっと弟子を取るつもりはなかった。それは、あくまでも自分が逆さ絵だけではないことを示したかったという思いであり、そういう意味では逆さ絵というものが自分一人で終わることも致し方ないと思っていた。いや、自分だけで終わることを望んでいた理由がそこにあった。
「一時期、一世を風靡した」
というだけで、彼には十分だったのだ。
一つの芸術を、一人だけで自由にできるということは、普通ならありえないことだ。それを味わうことができるというのは、これほど素晴らしいことはないであろう。
ある意味、逆さ絵のパイオニアであり、パイオニアのままレジェンドになったという。これぞ、伝説として、一部の人間の中だけでも残ってくれればいいと思った。それも、自分が生きている間だけでいい。死んでからはどうせ分からないのだ。
そういう意味では、先生が跡目にこだわった気持ち、分かるようで分からない。
「後進に続く」
ということは、自分が作ったものが続いていく。そして自分がパイオニアとして、ずっと語り継がれるその喜び、想像してみると、自分の代で終わってしまうよりもワクワクする。
しかし、自分の代で終わってしまっても、結局はレジェンドだ。自分にとって何が違うのかということを考えると、よく分からないのだ。
「そうせ、死んでしまったら分からないんだからな」
と思う、あくまでも、死後の世界を創造できないという意味でのことであった。
「死後の世界なんて、今の世を生きている人間が創造するのは、おこがましい」
と思っていた。
確かに、死後の世界を描いた作品もたくさんあり、それは芸術的に高い評価を受けているものもある。しかし、誰一人として見たわけではない。一度死んで生き返ったなどという話は、SF小説でもなければありえることではないのだ。
また、あってはならないことだと言ってもいいだろう。
そういう意味では、勝野は作品以外ではリアリズムはであり、作品に関しては、写実主義とは反対の自然主義だと言ってもいいかも知れない。
逆さ絵というものの発想の元々は、
「写実主義と、自然主義の中間があってもいいのではないか?」
というところから始まった。