逆さ絵の真実
「ええ、私も完全には知らないんですが、そもそもは、勝野光一郎という人が提唱したということらしいです。その人の弟子に山本準之助という人がいて、弟子とは言いながら、師匠が自分の免許を皆伝したわけではなく、あくまでも弟子はオリジナルの作法のようです。まったく違った作法によって、同じことを再現するという新しい弟子と師匠の関係を二人は築いたということで、有名になったようなんですね。でも、師匠の方は、最近ではもう逆さ絵を描くことはあまりなくなって、普通の画法で勝負しているようなのですが、山本の方はずっと、逆さ絵を中心に描いているそうです。そんな時、一か月とちょっとくらい前に、、K大学の橋本教授がいきなり、逆さ絵の挑戦状なるものを、山本に叩きつけたことで、話題になりました。しかし、肝心の享受は自分が出ていくわけではなく、その代理として、殺された芸能人の羽村を差し向けた。それはまるで羽村にとって、余興のようなものではないかと言われ、山本氏の挙動が注目されたんですが、甘んじて挑戦を受けるということになり、対決となった。やはりというか当然というか、勝者は山本だったのだが、それから少しして羽村が失踪した。一週間経っても帰ってこないので、羽村の事務所が捜索願を出したというのが、ここまでの敬意です。それから以降は、皆さんと意識を共有している部分になるわけです」
と浅川刑事は言った。
T警察署の方でもあらかたの事情は分かっていたが、もちろん、老夫婦が知るわけはない。
「ということは、結構訳が分からない部分が多いわけですね。なぜ橋本教授が挑戦状をたたきつけたか。橋本教授と羽村の関係。そして代役に羽村を差し向けた教授の気持ち、さらに、羽村の失踪と記憶喪失。羽村も負けると分かっている挑戦をなぜ引き受けたのか。そして。謎の男が出現し、その男が羽村が記憶喪失だったということを知らずにやってきて、元々希望した絵を持ち帰らずに姿を消したこと。今の話を訊いただけで、これだけの疑問がすぐに浮かび上がる。一体この事件はどういう事件なんでしょ? 私などが思うに、ここまで現れた事実と時系列だけで、被害者が記憶喪失になったり、クスリで意識を朦朧にされたり、殺害までされなければいけない理由がどこにあるのか、まったく分からないんですよ。どう解釈すればいいんでしょう?」
と、T警察署の刑事も完全に頭の中が混乱しているようだった。
最初から時系列で分かっている浅川刑事も、こうやってつなげていくことはできるが、疑問という意味では、やはりT警察の刑事と同じものだった。
「一つはですね。羽村がこの件に顔を出した理由の一つとしては、彼は橋本教授の弟だということが判明しています。そして橋本教授は山本準之助と中学時代n同級生です。そお時から会っていないという話でしたが、何か確執があったのか、それとも逆さ絵というものに何か考えがあったのか、そこで一つの仮説として考えたのが、橋本教授は最初から自分が出馬をしようとは思っていなかったのかも知れないということです」
と、浅川刑事がいうと、
「どういうことですか?」
「橋本教授は心理学の教授でうs。逆さ絵というのは、ある意味、心理学が大きく関わっています。それと橋本教授が時々提唱していることとして、心理学の研究には自分が関わるよりも、他人にやらせて研究をする方が、冷静にも見れるし、いい材料がえられるというんですね。それを思うと、教授は最初から自分で出馬する気はなかったのかも知れない。羽村を最初から使うつもりだったのかどうかまでは分かりませんが、彼を一つの駒として考えていたんでしょうね。だから、話題性を取りたい羽村と研究結果を望む教授との利害が一致した。それは羽村の出馬だったのではないでしょうか?」
と浅川刑事の意見である。
「なるほど、そう考えれば、橋本教授側の事情は分かる気がしますが、羽村の記憶喪失と失踪、さらにクスリ迄使うというのはどういうことでしょう?」
「ここからが本当に想像なのですが、逆さ絵というものは、扱う人それぞれに手法が違うところが他の芸術とは違っているようなんです。他の芸術というと、やり方は同じだけど、結果が違うから自由な発想があったのですが、逆にこの逆さ絵というのは、最初の手法が違うようなんです。そのかわり結果を同じものにしようとする思惑があることが一番の特徴で、もし逆さ絵の極意を知りたいとすれば、まずそれぞれ個人の手法を知る日梅雨がある。実はこの羽村という男、芸能人としての顔とは別に、別名戯で芸術界に顔を出していたんです。それはマネージャーも知らないくらいの事情があった。知っているとすれば、兄の教授くらいだったと思います。だから、彼が代役で対決に出ると言った時、利害は一致したのだが、最初は戸惑い、反対もあったといいます。まわりは、当然、芸能人なんかに芸術界を狂わせてほしくないという考えがあったと思ったんでしょうね。でも実は正反対だったということです。でも、それを知っていた人がいたかも知れない。そして、それがお金になると思ったとして、今度はそれが、犯人との間の利害に一致したのかも知れない。ハッキリとした理由は分かりませんが、そのあたりでクスリを使うということになり、それが記憶喪失という副作用を生んでしまった。そう、記憶喪失は副作用だったのかも知れません。もし、その薬が自白剤か何かであれば、裏に組織が絡んでいたとしても、考えられないことではないですよね。そして、本当は監禁しておきたかったのでしょうが、クスリが効いているという安心感が犯人側にあったのか、それとも、羽村氏の本能からなのか、うまく逃げることができた。でも、記憶がないので、行き倒れのような形になったんでしょうね。で、犯人グループとしては、ここまで来ると、羽村を葬るしかなくなってきた。それが、この事件の真相なのではないかと思うんですよ」
と。浅川刑事は言った。
「なるほど、それが浅川刑事の事件の概要というわけですね。でも、今のお話を伺っている感じでは、まだ犯人、あるいは犯人グループに関して分かっていないように思うんですがいかがでしょうか?」
「ええ、それはそうです。漠然と、はんにん、あるいは犯人グルーぷと言っているだけで本当の動機が分からない。芸術の極意を盗むというだけで、クスリを使ったり、殺害したりと、あまりにも話が拡大してしまっていますよね。そこに金という利権があるのか、金に換えられない何かがあるのか。あるいは。それだけを見ていると分からない何かがあるのか、そのあたりが分からないんですよ、もし分かっているとすれば、今回の事件で重要な地位を占めている山本準之助という男性、あるいはその師匠の勝野光一郎という人、そして空らを巻き込むことになる、逆さ絵という研究。そこには橋本教授も関わってくるわけです」
「ということであれば、当事者すべてではないですか?」
とT警察署の刑事から言われた浅川刑事だったが、
「ええ、そうです。ただ今は漠然と彼らを将棋の駒のように、横に置いているわけでしょう? それをどの場所に配置するかということが一番の問題なのではないかと思うんですよ」
というのだ。