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逆さ絵の真実

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「ええ、記憶を失っているからこそ、余計に何か気になることは忘れないということもあるんじゃないかと思ったくらいなんですが、その話というのは、鏡に映った姿というのは左右対称にはなるけど、上下対称にはならないでしょう? 私たちはそれを当たり前のことのように思っているかも知れないですが、言われてみれば不思議ですよね。ハッキリとした証明はされていないようなんですが、いろいろ言われていることもあるようなんですよ。その中で彼が言っていた面白いことというのは、人間が普通に見る時でも、網膜には上下逆さに映っているというんですよ。でも、頭の中で辻褄を合わせているということなんですよね。もしそれが本当のことであるとすれば、無意識に自分たちが感じていないことも、実際にありえるということになるでしょう? それを私は話したんですが、彼は、絵を描く時にもそれが癒えると言い出したんです。私があなたは永覚何ですか? と訊くと、絵描きだという。でも、どんな絵を描いているのかまでは覚えていないようなんですが、彼が自分で持っていた絵を見せると、これは自分が描いたというんですよ。これは左右逆さの絵だったんですが、それを見ると、右能と左脳の切り替えについての話を始めたんですよ。私はさすがに理解できなかったですが、話を訊いていると、引き込まれるところはありましたね。彼も得の話になると、ひょっとすると記憶の一部が戻ってきたのではないかと思うような話し方になったし、それを聞いていると、分からないまでも、彼の描いたその絵に引き込まれていくのを感じたんです。それで、どうやって描いたのかと訊くと、スマホを使ったというんですよ。写メというんですか? そこに逆から移せば、鏡に映ったように見えるでしょう? それをそのまま写生しているということでした。で、彼が描いたというその絵も、そうやって描いたのかと訊くと、急に頭を抱えてしまって、苦しみ出したんです。私は慌てて、無理に思い出さなくてもいいですよと話したんです、すると落ち着いてきたんですが、かなり憔悴してしまったのが分かったので、その話はそこで終わりにしました」
 と老紳士は言った。
 結構長い話であったが。その話の中に、真実が含まれているような気がした浅川刑事は、その話がしばらく忘れられないような気がするくらいであった。
――この話、山本準之助にすれば、何というだろう? 納得するだろうか?
 と思った、
 たぶん、納得するとは思ったが、どこに感銘を受けるか、その方に興味があった。
「彼が、その話をしている時は、記憶が戻ったかのような気はしましたか?」
「そうですね、まくし立てるように話をしていたので、これが彼の本当の姿なのかと思いましたが、俳優や歌手をやっている芸能人というお話でしたが、私が見る限り、その雰囲気はどこにもありませんでしたね」
 と老紳士は言った。
――ということは、羽村という男は、どこか二重人格的なところがあり、ひょっとすると、その記憶喪失もそれが原因だったのではあるまいか? 薬を盛られたような話だったが、彼にクスリを持った人間とすれば、ただ意識を失わせ、睡眠作用程度だったものが、彼の性格からか、それとも体力的、精神的に弱っていたのかで、記憶喪失を引き起こしたのだとすれば、何か分かる気がしてきた――
 と、浅川刑事は考えていた。
「彼を見ていて、何か不可思議な行動をとる時ってありました?」
 と訊かれて、
「それは記憶を失っているんだから、それは当たり前のことでしょうね。何が不可思議なのか、一緒にいると、こちらのリズムが狂うというもので、分からないものですよ」
 というので、
「それもそうですね。ちょっと愚問だったことをお詫びしますよ」
 と言ったが、実はこれは愚問ではなかった。
 浅川刑事の方とすれば、この質問を聞いて、この老紳士がどう反応するかが見たかったのだ。もし、何か辻褄の合わないような話をしていれば、その意識からか、こちらの愚問であっても、自分のことのように言い訳をするかも知れない。それを彼は愚問を愚問としてとらえたということは、この老紳士としては、辻褄が合っていないと思って話をしているのだろうと感じたのだ。
「ところで、彼がいなくなった時ですが、正直、記憶が戻って、自分の世界に戻っていったと思いませんでした?」
 記憶喪失が元に戻った時、記憶を失っていた時の記憶がどうなるか、それをどう解釈すればいいのか、考えていた。
 ただ、前に聞いた話では、そのどちらも可能性はあるというのだ。もちろん、記憶を失った時の程度にもよるのかも知れないが、彼の場合がどっちなのか、それは元々の性格によるような気もしてきた。
 ジキルとハイドのような二重人格であれば、失う前の記憶と、失ってから格納させる記憶の場所は違っているだろうから、両方覚えていてしかるべきではないかと思った。
 そして。それを羽村という男に当て嵌めると、きっと彼は二重人格であると思われるので、記憶喪失の間の記憶を忘れないような気がしたのだ。
「二重人格の人間の方が、記憶喪失に掛かりやすいのではないか」
 という思いも、浅川刑事にはあった。
 それは、記憶を格納する場所が二つあるという理屈から言えることであって。逆にもう一つ疑問として浮かんでくるのは、
「記憶を失っている時、その人は二重人格なのだろうか?」
 ということであった。
 浅川刑事は、それを否と考える、それは、
「格納する部分が二つあり、記憶を失ったことで、元々あった記憶を封印している部分と、失ったと思っている間に新たに生まれた記憶を格納するための場所を確保できる」
 と思うからだ。
 極論をいえば。
「二重人格の人間でなければ、記憶喪失にはならない」
 と言えるのではないだろうか。
 よほど殴られたりしての外的な暴力でもなければ、精神的な状態によって記憶喪失になることはないのではないだろうか。
 浅川刑事は自分が記憶喪失というものに対して、今考えていることは、今初めて感じたことではないような気がしてきた。以前にも似たような思いをしたことがあったような気がしたが、それがいつのことだったか、ハッキリと覚えていなかった。

             大団円

「ところで、彼がクスリでフラフラだった時、何か、うわごとのようなことを言っていませんでしたか? たぶん呂律が回っていなかったと思うので、何を言っていたのか分からないとは思うんですが」
 と浅川刑事の質問に、
「そうですね。何かを言っていたような気がしますね。家に連れて帰ってからしばらくは、頭痛に悩まされていたようですから、その時うわ言というよりも、うなされていたと言った方がいいかも知れないです。でも、その言葉がどのようなものだったのか、分かりませんでした。ただ、表情はかなり歪んでいたので、よほど気になることだったんだろうとは思うんですけどね」
 と言われ、確かに言葉が何だったか分かればそれに越したことはないのだが、今の段階ではうわ言を言っていたという方が、重要な気がしたので、とりあえずそれだけ分かっただけでもよかった気がした。
「羽村氏は、記憶を取り戻したいという努力のようなものをしていましたか・」
作品名:逆さ絵の真実 作家名:森本晃次