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逆さ絵の真実

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「ええ、でも不思議なんですが、彼が家にいた期間というのは。二、三日だったはずなんですが、わしらにとっては、一か月以上は一緒にいたくらいの気持ちだったくらい馴染んでいたと思ったんです。だからいなくなったのを見ると、正直ショックで、最初は、記憶が戻って、元気になって帰っていったのかとも思ったんですが、不思議なことにあれだけ一緒に長くいたと思っていたあの人のことが、まるで遠い過去のように思えてきたのが、不気味に感じられたんですね。まるで虫の知らせというんでしょうか? そう思うといても経ってもいられなくなって、警察に相談に来たというわけです」
 とおじいさんがいった。
「それが一週間後だったと?」
「ええ、それだけ、この人に関して、時間の感覚がマヒするようなことも珍しかったんです。本当にあの人って存在していたんだろうか? とも思ったくらいに思えてきて、ばあさんとも、いつも顔を合わせて、訝しい気分になっていたというのが、ここ十日の間のことだったんですよ」
 ということだった。
 それで実際にこの間発見された羽村の死体を面通ししてもらったが、
「ええ、この方に間違いありません」
 というではないか。
 やはり、おじいさんの虫の知らせという言葉と、絵が置かれていたということ、さらに浜辺に打ち上げられていたようなイメージから、そんなに大きな街ではないので、ここ数日の中で考えると、羽村以外には考えられないということでの面通しでは、間違いないことだったのだ。
 そして面投資が行われ、確実にその人だと分かったことで、そこから本当の聞き込みということになる。
 もう一度応接ルームに戻った六人、つまり、K警察sの、T警察署からの二人の刑事、さらに彼のことを聞きに来た老夫婦ふぇあるが、一堂に介すると、最初に言葉を発したのは、T警察署の主任刑事だった。
「まずお聞きしたいのは、この人を最初に発見した時のことですね」
 と言われて、老紳士は語り始めた。
「あれは、もう夕方くらいだったですかね。シーズンオフの海水養生というのは、本当にごストタウンのように、何もないんですよ。知らない人は、そんなものかと思うだけでしょうが、海水浴客を目当てに商売している人間にとって、この時期は何とも言えない気分になるんですよ。すぐには慣れるんですが、シーズンが終わって半月くらいは、ボーっとした感じだと言ってもいいでしょうね。だから、下手をすると、水平線の太陽が、朝日なのか夕日なのか一瞬分からないくらいの時がある。それを思うと、その時も、男が倒れているのを見た時、一瞬朝かと勘違いしたほどでした。最初は死んでいるのかと思って恐る恐る近づくと、かすかに動いている感じがしたんです。ただ身体に力が入らないのか、起きられないんでしょうね、必死で動こうとしているようでしたが、動けない。私も年老いているので、助けようとすると、共倒れになってしまう。だから、近所の知人の家に行って、手助けをお願いしたんです。それで私の家に運びました。ただ、男は何か身体が痺れているようなことをいったので、知人は、きっと薬化何かを飲まされたのではないかというんです。警察に通報した方がいいと言われたんですが、男の人の話を訊いてみると、どうも記憶が曖昧なようだったんです。それで私はクスリのために意識が曖昧で思い出せないのかと思って、とりあえず、一日だけは、家で養生するようにということにしたんですよ。翌日になると、体力はだいぶ戻ってきて、身体は普通に戻り、意識はしっかりとしているんですが、自分のことが分からない。どうしてあそこにいたのかも分からないということだったので、警察に通報しようか、正直迷いました。このまままるで警察に突き出すような、そして途中で投げ出すようなことが私は一番嫌いだったんですよ」
 という。
 どうやら、勧善懲悪な性格のようで、さすがに老人に多い性格なのではないかと思っていた。
「じゃあ、そのままにしておこうと思ったんですか?」
 と言われて、
「正直、その時は、このまま記憶が戻るまでここにいてもいいんじゃないかと思いました。いつも老夫婦のみで寂しい毎日だったので、まるで息子か孫でもできたようで、その状況を手放すのが忍びなかったというのお本音です。ただ、今は本当に後悔しています。数日だけとはいえ、自分の肉親のように接していたわけですからね。それに、あの時警察に通報していれば、彼は殺されずに済んだのではないかと思うと、悔しくて悔しくて仕方がないんですよ」
 と、老紳士は言った。
「いや、これは我々にも同じことがいえると思うんです。もっとしっかり捜査をしていれば殺されずに済んだのかもと思いますからね」
 とK警察の浅川刑事がいうと、
「どういうことですか?」
「彼の事務所から捜索願が出ているんですよ。お二人はご存じないかも知れませんが、彼は俳優や歌手もやっている芸能人なんですよ。だから、よくテレビなどを見ている人なら、気がついたのではないかと思うのですが。知人の方もご存じなかったんでしょうか?」
 と言われて、
「ええ、知らなかったようですね。知っていれば、まずは芸能事務所に連絡するはずですからね」
 ということだった。
「ただ……」
 と老紳士は言って、
「というと?」
「あの青年があまりにも疲労困憊していたので、最初は本当にボロ雑巾のような感じでした。顔にもいっぱいドロがついていて、服も乱れまくっていて、何とも言えない感じだったんですよ。だから、私も彼の素性は、きっと、何かお金を使い果たして、ボロボロになってここに流れてきたのかと思ったんです。でも、記憶がないということを聞いて、単純にそれだけではないような気はしていましたが、まさかそんな有名人だったなんて思ってもみませんでした」
 というではないか。
「彼は記憶喪失について、何か言っていませんでしたか?」
 と訊かれた老紳士は、
「身体が急に動かなくなって、目の前がクルクル回っているような気がしてきたので、その時、クスリを飲まされたのではないかと思ったそうです。正直、毒だったら、このまま死ぬんだろうなとも覚悟したようでしたが、意識が戻った時、最初はここをあの世だと思ったと言っていました。それこそ昔テレビでそんなドラマを見たことがありましたけど、本当にそんなことがあるなんて思ってもみません。しかも話を伺えば、彼は俳優だったとか? 何か因縁めいたものを感じるくらいですよ」
 と、この老紳士、最初はただの爺さんだと思っていたが、饒舌になればなるほど、頭が冴えてくるようで、
――この老人の話であれば、信憑性があるかも知れないな――
 と感じるほどであった。
 老人と言っても、まだまだボケているわけでもない。十分に証言として採用できるような気がしたのだった。
「あの人が言っていた話なんですが、鏡の話をしていたのが印象的だったんですよ」
 と老紳士が言った。
「鏡の話ですか?」
「ええ、鏡に映る映像の話をしていたんですが、私も昔同じことを思ったことがあったんですが、その人も同じことを考えているようで、しかも彼自身で考えがあるようなんですよ」
「記憶を失っているのにですか?」
作品名:逆さ絵の真実 作家名:森本晃次