逆さ絵の真実
「うーん」
と言って唸ってしまった。
どうやら、準之助の考え方や彼の持ち合わせている感性から組み立てる理論に感服しているようだ。
「いやいや、なかなかの名推理だと思います。確かに言われた通りの捜査は今までやっていなかったですね。さっそく、捜査本部に進言してみることにしましょう」
と言った、
「ところで、山本さんは、そういう理論は最初から頭の中に浮かんでいるんですか? それとも話をしながら浮かんでくるんでしょうか?」
ともう一人の刑事が訊いた。
本来なら、警察がそういうことを民間の人にいうのは、あまり格好のいいことではなく、自尊心がないのかと思われることで、権威の問題となるのだろうが、この二人の刑事には、そこまでの意識はなかった。
確かに民間の探偵でもない、一市民として、聞き込みに協力をお願いしているだけの相手ではあったが、話をしているうちに、共感を得ることが多く、どこか親近感すら感じているのであった。
準之助の方も、このう二人の、距離感がありがたかった。
今まで警察というと、変に威厳ばかりをひけらかし、無駄な距離を取ることで、民間人の警察嫌悪を招いているということを分からないやつが多いと思い、あまりいい気はしていなかった。
そもそも、この年になるまで、刑事というものに出会ったこともなかった。もっとも普通の一般人は皆そうなのかも知れないが、制服警官であれば、何かの時にはお目にかかることはあるだろう。極端な話、昔であれば、道が分からなければ、交番で聴けアバいいという程度のものである。
このT警察署というところは、K警察署のような都会ではない。海岸線に面した、一種の漁港と、さらには夏になれば、海水浴の客が押し寄せて、夏だけ人口が一気に膨れ上がるというそんなところであった。だから冬は半分過疎化していて、海岸線には散歩の人くらいしか立ち寄ることのない、まるでゴーストタウンだった。
幸い、都会にもそんなに離れていないこともあり、山間部には住宅街ができていて、少しずつ住民も増えてきていた。一種の発展途上の街だったのだ。
だが、漁村は昔のままで、ここは冬であっても、冬に獲れる魚を求めて、時代錯誤とも思えるような生活をしている人もたくさんいた。
朝はまだ深夜という真っ暗な内から魚を獲りに行き、近くの魚市場には、新鮮な魚を持って、早朝から出かけるという、普通のサラリーマンが寝ている時間に一日の行動がこなされる。早朝出勤の時間にはほぼ作業は終わっていて、朝食を食べてから寝るというような生活をしている人がまだまだいるところであった。
そんな漁村と海水浴に、さらに住宅街というまったく違った三つの顔を持った街がこの場所だったのだ。
だが、この街を支えているのは、今も昔も漁師たちであり、それは揺るぎない事実だったのだ。
「そういえば、羽村氏のマネージャーの話なんですが、彼はよく、いずれは漁村のような街で暮らしてみたいと言っていたので、そんな漁村で殺害されたというのは、何か思惑があるのか、ただの偶然だったんでしょうかというような話をしていたのを思い出しましたね」
と刑事が言った。
「それは興味深いですね。人に知られないように行方をくらますには、確かにこういう田舎の場所はいいかも知れないですね。しかも、彼は芸能人。まさかそんなところに身を隠しているなどと思わないだろうし、漁村の人に彼を知っている人が多いとも思えないですしね」
と準之助は言った。
『浅川刑事、ちょっといいですか?」
三人に話が盛り上がっていたからか、気が付けば結構な時間が経っていた。そんな時間帯に一段落がつくのを待っていたのか、会話が途絶えたタイミングを見計らって、女性制服警官が、先輩の刑事に声を掛けた。
浅川刑事は振り向くと、
「ああ、これは、九条巡査。どうしたんですか?」
と訊かれた九条巡査は、
「先ほどなんですが、警察署の方に、老夫婦がやってこられて、一人の男性を探してほしいということを言ってきたんだそうです。それがどうも話を訊いていると、今回の被害者である羽村氏のことだったようなんですよね。それで捜査本部の方から、お二人にも話を訊いてもらいたいということだったんですよ」
という話だった。
「ああ、僕はいいですよ。もう帰りますから」
と、準之助はそう言って、二人に遠慮した。
「そうですか、申し訳ありません。わざわざご足労頂きありがとうございます」
と言って、準之助を送り出した二人は、さっそく捜査本部が置かれているところに出かけていき、捜索を願い出たという老夫婦の話を訊いてみることにした。
途中からの参加になったが、さすぐに老夫婦、話がゆっくりであまり進んでいなかったのは高都合だった。
「それにしても、どうしてあの二人が探しているのが、羽村氏だと分かったんですか?」
と浅川刑事が訊くと、
「ええ、老夫婦のいう人相風体が似ていたことと、絵を手に持っていたということから分かったということで、それについて今聞いていたところなんですよ」
という基礎知識を訊いたうえでの聴取参加になった。
なるほど、老夫婦というのは、もうすでに二人とも八十歳を超えているようで、同じ話を何度もするようなタイプだった。実際に見ていてもそんなタイプで、悪い意味で、時間の感覚がマヒしてくるようだった。
「ところでね。その人はお二人にとって、どういう関係だったんですか?」
と質問者のT警察署の刑事が訊くと、
「それがね、十日くらい前にうちの近くの砂浜で、倒れていたんだよ。と言っても誰かに何かをされたというわけではなく、どうも何も食べていなかったような話だったので、行き倒れかと思ってしまったけど、かわいそうに思って家に連れていって食事を与えると、元気になったんだよね」
「じゃあ、探してほしいという人とは、十日前に初めて知り合ったということですか?」
「ええ、そうなんです。でもね、名前を訊いても覚えていないというんですよ、意識も朦朧としていて、人情としてさすがに放り出すわけにもいかないし、本当であれば警察に届けるべきだったんでしょうが、彼が警察は嫌だというし、とりあえず少し面倒を見てあげれば、そのうちに何かを思い出すじゃろうということで、わしら夫婦で元気になるまで見ていてあげようと思ったんですよ。その人のことで手がかりと言えば手に持っていた絵だけだんだけど、それについて聞いても知らないというし、だけど、日に日に元気を取り戻しているのは間違いなかったので、様子を見ようということにして、家族のように構っていたんですよね」
とおじいさんがそこまでいうと、さすがに息切れしたかのようだった。
「そんな状態が続いたところで、またいなくなったというわけですか?」