逆さ絵の真実
それは、絵画に限ったことではない。芸術的なことであれば何でもいいと思っている。文学であっても、写真であっても、映像であってもいい。今話題のユーチューブなどもその視野に入れてもいいかも知れない。
だが、ユーチューブに関しては、今がピークであり、次第になくなっていくか、形を変えていくもののように思えてきた。
最初からユーチューブに携わっていれば、どのようにその後が進んで行くのか分かってくるだろうから、臨機応変にもできるだろうが、これから波乱が予想されるところに簡単に入っていって、飲み込まれるだけになってしまってもいいのかが問題だった。
いや、昔から携わっている人にしても問題は簡単ではない。過去の栄光であったり、やり方が頭にこびりついていたりすると、融通が利かないことになって、自分で動くことを怖がってしまうだろう。どちらにしても同じことで、前にも後ろにも進めなくなってしまうのではないだろうか。
そういう意味でいくと、ブームによって隆盛を極めるものに突出することが危険であるということはできるであろう。
審査の方は思ったよりも簡単に終わったようだ。一時間もしないうちに公表され、やはり、勝者は準之助だった。
準之助は喜ぶ感じもなければ、逆に相手も悲しんでいる様子もない。主催者とすればいささか期待外れの発表シーンであったが、それも別にまわりの人にも分かっていることだったようだ。
盛り上がっていたのは一部の人間だけだったようで、ただ、皆ねぎらいの言葉を掛けるだけだった。
「何だ、しょうもない」
という声も聞かれたが、誰もそれを戒めることはない。
それを言いたいのは当事者だった。
考えてみれば、ここで争ったからと言って、まったく得をすることはない。。勝ったとしても、お金になるわけでも、人気が沸騰するわけでもない。しょせん、逆さ絵というかつてブームになったものが存在していて、それを継承しているかという二人がら沿うというだけのことだったのだ。そもそも最初に挑戦してきた橋本教授はどうしたというのだ。会場に来ているわけでもなければ、コメントがあったわけでもない。ただ、マスコミに踊らされただけだった。それに途中から気付いたことで、まったくムードは白けてしまっていた。
インタビュアーは、こちらに来るわけではなく、敗れた羽村の方に向かう。
「羽村さん、近内の敗因はどこにあると思いますか?」
「ファンの皆さんに向かって一言」
などと、好き勝手なことを言っているマスコミである。
こんな時はそっとしておいてやるのが、本当ではないか。しかし、これがメディアで注目を浴び続けてきた人間の宿命とでも言おうが、最初は無口で何も言わなかった羽村だったが、次第に自分を取り戻してくると、マスコミに対して受け答えをしていた。
その内容は、しっかりと答えていて、それはまるで最初から用意されていたもののようにさえ思えた。
――あいつも可哀そうな立場なんだろうか?
と少し同情もあったが、それがやつの選んだ道であるがら、同情ではなく、彼の生き方を称えてやるようがいいのではないだろうか。
もちろん、自分にできるはずもなくしたいとも思わない、気に食わない生き方だが、本人がそれでいいと思っているのであれば、それも問題はない。しかし、マスコミが、
「芸能人なんてものは、皆やつのような連中ばかりで、似ても焼いて食えない」
などと思っていたら、それは大きな間違いであろう。
もっとも、その間違いが多いから、今の世の中の間違った部分で理解できないkとが起こるのであって、そういう意味ではマスコミの責任は大きいのではないかと、準之助は思うのだった。
その日の出来事は、ある意味自分にとっての黒歴史だと思い、あまり思い出したくもない過去を作ってしまったという後悔だけが残ってしまった。
次の日から今まで通りの生活に戻った準之助だったが、警察の訪問を受けたのは、それから一週間ほどしてのことだった。
その日は、すでに日が西の空に傾き始めた頃で、自宅兼アトリエのマンションに警察が訪ねてきたのだった。
呼び鈴がなるので、行ってみると、
「警察ですが、ちょっとよろしいでしょうか?」
と言って、モニターに警察手帳を提示する背広の男性二人がいた。すぐにオートロックを解除して、
「どうぞ」
と言って、警官二人を招き入れた。
今まで、警察の、しかも制服警官ではない刑事と話をすることもなかったくらいなので、少し面食らってしまった。どういうことなのであろうか?
警官をアトリエの応接に迎え入れると、ソファーに座った二人と、主人である準之助にお茶を入れてくれた。
「さっそくですが、山本準之助さん。画家の先生でいらっしゃるということでよろしいでしょうか?」
と一人がいうと、
「ええ、まあ、そういうことになりましょうか」
普段から、自分の職業に対して、あまり意識もしないし、人から言われることもないので、急に先生という言葉をつけられて、少し照れ臭い気がした。
しかし、相手は警察官で、あらたまってわざわざ訪ねてきたのだ。普通のことではないことは分かっていた。
「山本さんは、羽村さんをご存じでしょうか? 羽村光徳さん。確か、一週間前くらいにお二人は絵のことで対決されていましたよね?」
と言われて、
「対決しましたが、それが何か? あれから私はいつもの生活に戻ったので、もう忘れたと言ってもいいくらいの過去何ですが」
というと、
「そうですか。ところでですね。その羽村さんなんですが、まだマスコミなどでは緘口令が敷かれているようなんですが、実は失踪しましてね。それで、我々警察が捜査を行っているというわけです」
というではないか、
「えっ、それはいつ頃のことなんですか?」
「連絡が取れなくなったのは、その翌日からだといいます。でも、一日は騒ぐのは待ってみたらしいんです。でも連絡がない。二日目には立ち寄りそうなところには当たってみたけど、そこにもいない。それで、ついに五日目になって、さすがに何かあったかも知れないということで、警察に捜索願を出されたそうなんです。それで今度は警察が、最初に事務所のマネージャーが捜査したところを、今度は警察の権力で調べたんですが、やはりいなかった。そこで、今度は幅を広げての捜査をすることになり、ちょうど一週間前に勝負をしたあなたのところに出向いたというわけです」
と刑事は言った。
「なるほど、そういうことだったんですね。でも、あいにくと私は、彼とはあの日以来合ってもいないし、連絡も取り合ってはいません。そもそも勝負の相手と、勝負が終わってまで、話をすることなどないはずですからね。少なくとも私にはありません。彼の方にもあるとは思えませんけどね」
と準之助は答えたが、その話を訊いて刑事は無表情で、メモしているだけだった。
「そうですか。分かりました。ところであの時の勝負なんですが、どちらが勝ったんですか?」
「私です」
「それに関して、羽村さんは意義や申し立てをしていましたか?」
「いいえ、そんなことはしていません。しても無駄でしょうしね」