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奴隷とプライドの捻じれ

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 元々が、お互いに普通の関係を結ぶことのできない相手だったはずで、それが結び付いてしまったことを、意外だと感じながらも次第に離れられなくなる自分たちに違和感を持っていた。
「別れなければいけないのに、別れられないということ?」
 最初、男の方から別れ話をしてきたのだが、女は抗うつもちで、その真意を知りたかった。
 知ったからと言って、運命に逆らうことはできないと思いながらも、納得できなければ、先に進めないと感じたのだろう。
 だが、二人はそんな曖昧な気持ちのまま、時間だけが過ぎていくと、次第に罪悪感と自己嫌悪に襲われるようになり、別に感じる必要もない、罪悪感と自己嫌悪がどこから来るのか、分かるはずもなかった。
「とにかく、旅行にでも行こう」
 と言い出したのは、男だった。
 ここまで話してくれば、二人が夫婦ではないこと、つまりは、名前も偽名であることは分かるであろう。
 男の名前は、
「山内竜彦」
 前述のような、少年時代、思春期を歩んできた「奴隷」としての従者であった。
 ということは、彼の主者というのは、ご承知の通りの村山茂であり、村山の方は山内に対して、
「腐れ縁」
 だと思っている。
 その根拠は、もうすでに彼の中で主従関係というのは、疑いようのない自分にはなくてはならない人間関係が形成されているからだった。一種の、
「飽き」
 と言ってもいいだろう。
 山内は、村山の気持ちを知ってか知らずか、精神的にも肉体的にも従者としての自分が、本来の姿だと思っていたのだ。
 そんな奴隷になりきってしまった山内は、自分が奴隷としてでしか生きていけないことを自分なりに理解していた。しかし。この女と出会ったことで、自分の運命が何か変わるかと考えたのだ。
 この女、実はこの女の柏木由香という名前は本名だった。別に偽名を使ってもよかったのだが、
「あなたが名前を偽るのなら、私は本名でもいいわよね」
 と由香があっけらかんというので、その通りになったのだ。
 その時、山内は由香という女を見直した気がした。他の連中は、まわりに流されないようにしようとしながらも、自分が一人では生きていけないということを理由にして、まわりに流されている自分を、流されているわけではないという、正当性を感じたいがため、何とか、まわりを欺こうとする。
 皆が皆欺こうとするのだから、ウソだって本当のことになるというものだ。
「マイナスにマイナスを掛け合わせると、プラスになる」
 という理屈と同じである。
 だが、由香はそんな姑息なことはなかった。あくまでも冷静で、その分頭の回転が速い。そのおかげで、誰も考えつかないような発想に辿りつくのだが、そのきっかけは、あまりにも当たり前のことなのだ。
 その地点だけを見ると当たり前のことだと思うくせに、少しでも前か後ろに進むと、当たり前のことを当たり前にできない自分たちを何とか正当化させようとする、つまり、
「マイナスにマイナスを掛け合わせないと、プラスにはできない」
 と思い込むのだ、
 由香は、それをすべて、
「そんな面倒臭いことしなくても、最初からプラスで何が悪いの?」
 と言える人物であった。
 他の人は、由香を恐れていた。それを言われることがたまらなく怖いのだ。
「当たり前のことを当たり前に指摘されることほど、自分を否定してしまいそうに感じることはない」
 と言ってもいいだろう。
 由香という女性に惹かれたのはそのあたりが一番だったのかも知れない。
 由香は、異常性癖の自分を知った時は。さすがにショックだっただろうが、その時に回りくどい考えをやめることで、自分の本質を知ることができた。
「異常性癖って、人が言っているだけで、自分が異常じゃないと思ったら、っそれが正常なんじゃないかしら?」
 と言ったが、他の人だったら、言い訳で固めた意見にしか聞こえないのだろうが、由香に言われれば、
「そうだよな」
 と、自分も以前から考えていたことのように自然に受け止めてしまうのだった。
 由香は、一度こんなことを言っていた。
「近親相姦のことを、鬼畜だとか言っているけど、その根拠はどこにあるのかしらね?」
 というのだった。
「濃い血が交り合うことで、障害者が生まれたりするのがダメだって聞いたことがあったんだけどね」
 と山内は言ったが、
「それって、本当に医学的に証明されていることなのかしらね? だったら、近親相姦は、障害者が生まれるからダメだって、どうしてもっとハッキリと言わないの? ただ、慣習的にダメだっていうだけで、ハッキリした理由を誰一人知っているわけではない。そこに何か人類の歴史で計画的な何かが考えられると思うのは私だけなんでしょうかね? だって、日本の、いや世界の歴史の中に、近親相姦によっての、家の存続というのは結構あるんじゃないの?」
 と言われて、何も言えないでいると、さらに由香は続けた。
「近親相姦というけど、どこからが近親で、どこまでが近親じゃないというの? これって、時代によって変わったり、国によって、あるいは宗教によってもバラバラでしょう? ただ、近親相姦はよくないことだという話だけになっているわけだから、何か釈然としないと思うのは私だけなのかしら?」
 と由香は言った、
 普段から、恐ろしいほど冷静で、緻密な考えの由香にそう言われると、彼女の少々強引にも聞こえる理屈はウソとは思えない。そう考えながら、由香の顔をじっと見つめていると、由香は、あざといような誘惑の目を山内に向けてくる。その目が山内を引き付けて離さない最大の理由なのだろう。
 由香が山内から離れない理由はなんであろうか?
 異常性癖に目覚めた由香が、奴隷と思しき相手を見つけて、まるでおもちゃを与えれた子供のように、それがまるで天からの贈り物のような気持ちになり、運命のようなものを感じたのではないだろうか。
 口では、対等ということを言いながら、相手が卑屈になっていることで、自分が劣等でないと不安で仕方のない男を、由香はうまくコントロールしていた。
 普通の女性であれば、彼のような男性を相手にすることは無理であろう。相手があまりにも卑屈な態度を取ってくるのは、最初は自尊心をくすぐられて女は嬉しいものなのかも知れないが、そのうちに、この男が、
「誰かの命令がなければ、生きていけない」
 ということが分かってくると、次第に自分の責任を痛感してくるようになる。
 最初は、本当にただのおもちゃだったのに、そのおもちゃが、取り扱いに注意が必要で、しかも返品は一切不可。捨てることも許されず、捨てたり放りっぱなしにしてしまうと、自分が罪に問われてしまう。
 そして、そんな状態を、女の方が主導権を握らないと、先に進まないということが分かってくると、
「こんなひどいものを押し付けられた」
 と感じることだろう。
 せっかく、神からの贈り物だったはずのものが、蓋を開ければ、災難をすべて背負った状態で、何が飛び出してくるか分からない。まるで、
「パンドラの匣」
 のようではないか。
 ギリシャ神話に出てくる、パンドーラという話。これは、人間界を作った全知全能の神であるゼウスが、人間を作ったプロメテウスに対し、