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奴隷とプライドの捻じれ

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「ええ、昨日の山内さんとお会いできたおかげで、頭に作品のイメージが出来上がってきたので、いよいよ本格的に動こうと思い、取材旅行に出かけるんですよ」
 と言った。
「そうです。それはお引止めしては申し訳ないですね。お気をつけて行ってらしてください。私も次回作を楽しみにしていますね」
 と言って、出かけていった。
 山内は、その足で、編集社に赴き、坂東あいりの話を訊いてみたが、やはり彼女のことはウワサ通りだったようで、ほとんど、ここにも来たことがないので、どんな顔なのかもよく知らないという。この日は取材旅行だということで、鳳麗子の話とも合っていたので、坂東あいり、つまりは鳳麗子に対しての嫌疑は空振りに終わってしまったのではないかと富田刑事は感じた。
 富田刑事は、編集長に坂東あいりの話を少し聞いてみたが、
「ああ、彼女は気難しいところもありますが、人とあまり関わらないのは、自分が人を信じられないからだと言っていました。人を信じると裏切られることばかりだったので、信用しないようにしていると言います。それがすぐに顔に出てしまうので、人と関わりたくはないというのが彼女の話です。気の毒に思いますし、せっかくの才能があるのに、もったいないとも感じますね」
 と、編集長は言った。
「そうですね。あれだけの作品を書かれる人が、実はそういう暗の部分を持っているというのは、悲しいですよね」
 というと、
「作家というのは、大小の差はありますが、皆さん、そういうところを持っておられます。それがエネルギーとなって。作品を完成させるのだから、いい作品というのは、そういう人たちの血と汗の結晶だと思うと、少し悲しくなりますよね」
 と、編集長は言った。

                     大団円

 その日、富田刑事は、それまで知らなかった事実を知って帰ることになるのだが、ここも事件の核心となるところであった。ある意味、ここが犯人を確定できるラインであり、犯人側にとっては、非常にまずかった場所だとも言えるだろう。
 一つ言えることとして分かったことでは、これは今のところウワサにしか過ぎないが、殺された佐山先生と坂東あいりとの間のウワサであった。
 佐山霊山はオカルトであったり、広義のミステリーのような、おどろおどろしい話を書いている作家で、坂東あいりは、バリバリの恋愛小説を書いていた。それを思えば、二人は接点がないようなところがあったが、佐山先生の方が、どうも坂東あいりという女流作家を、小説家として認めたくないというようなことを結構露骨に言っていたようだ。
 その理由の一つに、佐山先生がかつて熱愛したことがあり、その話を坂東あいりがどこから嗅ぎつけてきたのか、その話を元に、それを自分の小説として完成させたことがあったからだ。
 自分の許可なく行ったということで、露骨に坂東あいりを敵対視していたようなのだが、それほど問題が大きくならなかったのは、出版社の方で何とか話が大きくならないように細工をしていたということだ。
 そもそも、話を大きく広げるのが出版社なので、その出版社がオフレコを決め込めば、広がることもない、この手の話はどこの出版社にもあることで、ライバル視がすっぱ抜かなかったのは、自分のところもすっぱ抜かれるのを恐れたからだろう、
「泥仕合になるくらいなら、何もしない方がいい」
 ということだったのである。
 富田刑事は、結構重要な事実を持って、有意義な一日を過ごし、翌日捜査本部に赴いて。この話を報告した。
 それを聞いて一番、興奮していたのは、山田刑事だったのだ。
「なるほど、そういうことだったんですね? これでいろいろ分かったような気がしますよ」
 と言って、引きつった興奮状態だったのだ。
「山田刑事は、この事件が見えてきたのかな?」
 と本部長がにこやかにいうと、
「ええ、これで私の中ではだいぶ固まってきたような気がします」
 と、その表情には自信のようなものが溢れていたのだ。
 今までの経験から、その場に居合わせた捜査員のほとんどが、今まで数々の事件を推理で解決してきた山田刑事のイメージは分かっているので、
「材料は出尽くした」
 と言ってもいいだろうと感じていた。
「早く、山田刑事の意見を伺いたいものですね」
 と、少し興奮戯位に言ったのは、富田刑事であった。
 今回は事件解決へのとどめになるかも知れないと思えるような情報をもたらしたのが自分であるという自負があるだけに、富田刑事も嬉しく思っていたのだ。
「じゃあ、請謁ながら、お話させていただきますね。断っておきますが、あくまでも今までの事情からの私の推理にしかすぎませんので、そこはご了承ください」
 と、山田刑事が前口上を言ったが、これもいつものお約束ということで、誰も変な言葉を挟むことはなく、自然にその後の山田刑事の推理に黙って聞き耳を立てていた。
「まず、最初に考えたのは、なぜ最初に発見された死体が、あの場所にあったのかということでした。片方の女将さんの死体は隠そうとしたのに、どうして、佐山先生の死体が、滝つぼに晒されたのかということですね。なるほど、死亡推定時刻を曖昧にするという理由があったのかも知れませんが、それは佐山先生に限っていえば、当て嵌まりませんよね? ただ、午前一時までは佐山先生は生きていたことが確認されている。そうなると、二人の殺害は、夜半から早朝にかけてということになるでしょう。そうなると、私は早朝に近かったと見るのが妥当ではないかと思うんです。女将さんも十一時すぎくらいまでは事務所にいたことが分かっていますからね。ここで少し犯行にいろいろな欺瞞が隠されているのではないかと私は思いました。あくまでも矛盾がこの犯行には多いような気がしたからなんですが、そう思うと、今見えている事実のその反対を考えてみたんです。つまり捜査で分かってきたことは、犯人側が我々を違う道に導こうとするいわゆるトラップではないかとですね。それでまず最初に考えたのが、女将さんの首に結び付いているロープですよね? あれは佐山先生を殺害したロープと同じ形状だったことから、先に佐山先生を殺しておいて、その後で女将さんを殺したと思わせるための細工ではないかと思ったんです」
 と山田刑事がいうと、
「でも、そこにどんな意味があるんですか?」
 と、富田刑事が質問した。
「ここからが私の想像なのですが、本当は最初、あの滝つぼにあった死体は、本当は女将だったんじゃないかと思うんです。そして佐山先生を滝つぼの奥の洞窟に隠しておいた。それをごまかすために、ロープの細工を使った。つまり、ロープは二本あって、二つとも首に巻き付けたままだったのではないかとですね」
「何のために?」
「それは、最初に殺されたのが、佐山先生だと思わせるためです。佐山先生と、女将が殺された時間には、結構な誤差があったのではないでしょうか? 例えば女将は前日に殺されて、佐山氏は早朝だったとかの、四、五時間近くの差があった。それをごまかすためですね」
「じゃあ、あの滝つぼの仕掛けは、本当に死亡推定時刻を曖昧にするというためのトリックだったんですね?」
 と富田刑事が訊くと、