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奴隷とプライドの捻じれ

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 したがって、その分、時間稼ぎもできるわけだ。万が一アリバイを崩された場合のための、次の手だって寝ることもできる。ただ、アリバイよりも強いトリックはきっと存在しないに違いない。しかも、トリックというのは、犯罪が行われた時点で成立していないといけないものがほとんどだ。後から摂り作ったものはトリックでも何でもないのではないだろうか。
 それなのに、あの死体をあの場所に置いたということで、死亡推定時刻が曖昧になることを犯人には気づかなかったのだろうか。気付かないまま、見立てに走ったと考えれば、滝つぼに何の意味があるというのは。少なくとも見立てをするには、かなりの手間がかかる。一人ではできないものも結構あるだろう。普通に考えれば、あれだけのことをしたわけだから、一人では無理な気がする。もし一人でやったのだとすれば、どれほどの時間が掛かったことだろう。
 そのことを考えてみると、犯人の何かの意図があるような気がするのは気のせいであろうか?
 山田刑事はそこまでのことは考えていた。
 そして、ここから先が山田刑事の頭を混乱させたのだが、それはいうまでもなく、
「女将の殺害」
 ということだった。
「佐山先生を殺した同じ形状のロープが、女将の首に巻き付いていた」
 という事実が、分かった時点で、
「女将は佐山先生の跡に殺された」
 ということを示しているということが分かったことで、最後に二人が目撃されたのが問題になった。
「佐山先生は露天風呂を八時頃に出てから、部屋でずっと執筆をするということで引き籠っていたので、昨日の午後八時以降、見たという者はいません。八時の時点での先生の目撃証言は複数の人間から聞けたので、その時間まで生きていたのは間違いないでしょう。では女将の方ですが、女将は夜の十一時までは旅館の事務所にいたことが番頭さんの証言でハッキリしています。そうなると、少なくとも女将が殺されたのは、十二時前後ではないでしょうか? 実際に死亡推定時刻も十二時字から二時の間くらいということだったですので、間違いないかと思います。となると、問題は、女将の立ち位置ということになります」
 と捜査本部で山田刑事が発言した。
「というのは?」
 と本部長が聞くと、
「女将さんが、この事件でどのような役割があったのかを考えてみました。犯人はまず佐山先生を殺し、そして同じ凶器で女将を絞殺しています。凶器が同じだったということは、ほぼ連続して起こったことではないかと思います。なぜなら、犯人の立場あら考えれば、人を殺してしまった凶器を、すぐに誰かに見つからないところに隠すか、処分するかするはずです。そんなものをノコノコ持っているのは、危険極まりないからですね、それなのに犯人が女将を同じ凶器で殺した。だた、もちろん、犯人が同一犯であるという前提ではなしますが、これに関して異論のある人はいないと思いますので、先に進みます。犯人は佐山氏を殺した後で、取って返す刀で、女将を殺すことになる。私が今考えているのは二つの理由からです。一つは、女将が犯人を見てしまい、殺さないわけにはいかなくなった。それは説得力があります、見られてしまったことで犯人の気は動転し、同じ凶器を用いて、殺してしまった。そして、死体を隠した。ひょっとすると死体を隠すのが目的ではなく、紐が見つかるのが怖かったから、死体もろとも隠したのかも知れない。ヒモだけを持ち去ればよかったんでしょうが、気が動転していた。たぶん、犯行を見られたと考えるのは、一番説明がつくのではないかと思います。でも、私にはもう一つ意見がありました。これは犯行を見られるというほどの強い根拠はありませんが、これも犯行動機としては十分に考えられることです。ここで敢えて申し上げておきますが……。この事件では被害者の佐山先生を滝つぼに置いて、見立て殺人のような細工を施しています。その理由に関してはまだ分かりませんが、あれだけの細工をするのだから、一人でやったとすれば、かなりの時間が掛かります。いくら人に見られない場所とはいえ、宿から離れているわけですから、犯人がいないということを誰かに悟られるかも知れない。アリバイの話になった時、犯人が、夜半、何時間も寝床を離れていたなどというのは、あまりにも不自然ですからね。死体の発見がなければ、眠れないので、気分転換などと言えるのだろうが、死体が発見されることが分かっている犯人が、よほどのことでもない限り、そんな危険を犯すはずがないですよ。つまり、見立ては速やかに行われる必要があった。そう考えると、浮かんでくるのが共犯者の存在です。もし、その犯人が女将さんだったとすれば、どうして女将さんが殺されたのかというのも推理できると思います。実際に犯罪に手を染めてしまったが、急に怖くなって。自首するとでも言い出したのか。あるいは、犯人にとって最初から女将は邪魔な存在で、犯行の協力さえさせれば、後は用なしということで、殺してしまうつもりだったのか、どちらにしても、犯人が残忍な考えを持っていて、しかも冷静で頭のいい奴ということを示しているでしょうね」
 というのだった。
「うーむ、なるほど、山田刑事の推理には、かなり信憑性があるような気がするな。そのあたりから捜査を進めていくという筋ができただけでおありがたい。この事件は、訳が分からないところが多すぎて、実は何を最初に取っかかればいいのか、そのあたりが見えていなかったことで、五里霧中だったんだよ」
 と本部長は言った。
「それともう一つ気になったことなんですが、女将の死体を隠してあったあの洞穴ですがね。本当に誰も知らなかったんでしょうかね? あの温泉宿は結構昔からあって、常連のお客さんも多いという。そんな昔からここにあった宿の従業員も結構皆それぞれに長いと聞いています。女将や番頭くらいなら知っていたかも知れない。そう考えると、どうしてあそこに死体があったのかということで考えると、女将が共犯者だと考えて。犯人が女将を殺そうと迫った時、女将がギリギリでそれを察して、殺されないように逃げ込んだ場所があの洞窟だとすると、それを追ってきた犯人とあそこで取っ組み合いになって、そのまま殺されたとも考えられますよね。だから、犯人はそれ以上女将を他に連れていけなくなった。何しろ全身ずぶぬれですからね」
 と山田刑事は言った。
 実はこの話は、事件の核心を得ていたのだが、その時残念なことに山田刑事は気付かなかった。もし、このことに気づいていれば、ひょっとすると、この時点で犯人が分かっていたかも知れない。
 ともあれ、この話も一連の山田刑事の推理の中に埋もれてしまうのだった。
「そのあたりも、死体がどうしてあそこに隠されていたかということに、何らかの意味があると、山田刑事は思っているんだね?」
 と本部長に訊かれて。
「ええ、そうです。たぶん、この事件の表に現れている事実のどれも、意味のないというものはないと思うんです。すべてが、何かの根拠によって存在し。それをいかに理論づけて組み立てていくか、それがこの事件解決への糸口であり。最短距離なのではないかと思っています」
 この山田刑事の熱弁は、まさに捜査の教科書とも言えるべき内容のことだった。