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奴隷とプライドの捻じれ

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「明日、会社の命運をかけるような大きな商談があるんですよ。そこに私が顔を出さないと、他のところに持っていかれてしまう可能性が大きいんです。相手はうちと競合他社の二企業に絞って、商談を考えているので、ほぼ拮抗している我が社としては、ここで後れを取るわけにはいかないんです」
 と言って、訴えたのだ。
 最初は、警察も渋っていたが、
「商談終了後には、またこちらに戻ってきてもらうということと、商談には警察が刑事が近くで、見張っていることを許していただければ、許可します。もちろん、商談に対しては、こちらも話が聞こえないように考慮しますので、そこはご心配はいりません」
 と警察から言われ、
「そういうことでしたら、それでお願いします」,
 ということになったようだ。
 湯治にきている会社社長の会社は、零細企業とまではいかないが、細々と頑張っている会社で、今回の商談は、会社存続にも関わるほどの問題だということで、かなり焦りがあったようだ。警察から許可が出たことで、少しホッとした社長は、ホッと胸を撫でおろしたのだった。
 足止めを食らうというのは、さすがに皆、大小の差こそあれ、日常生活に何らかの影響があるようだった。そのことを思い知らされたのが、この会社社長のことからだった。
 さすがに警察はそのあたりは心得ているようで、どこかの施設で事件が起こると足止めというのは、今も昔もあったようで、小説やドラマなどでも、よくあるシチュエーションだった。だが、そのあたりをあまりクローズアップして作品は作られていないので、実際にどういうものなのかは、身をもって体験するしかないようだった。
 ただ、一番の直接的な被害としては。この宿の経営であろう。
 確かに、一般客と常連をそれぞれ持っていて、今のところ経営は順調だったが、このまま警察の捜査が続いて、事件が進展しないようでは、経営がひっ迫してくる可能性もあるだけに、宿の方は気が気ではない。しかも、女将が行方不明というのは、大きかった。今のところ、新規の予約は事件が一段落するまでは少なくともお断りするしかないだろう。女将が不在ということもあって、事件と女将がどのような関係にあるか分からないということで、従業員にも不安が広がっている。
「もし、英牛を再開しても、殺人事件の起こった場所として、お客さんが来てくれるだるか?」
 という不安があった。
「人のウワサも七十五日」
 ということわざもあり、一定期間を過ぎれば、世間も忘れてくれるであろうが、事件の解決が長引いたり、女将の行方が依然として分からないなどということが続けば、宿の存続も難しくなるのではないだろうか。
 とりあえず、女将の仕事は、番頭が兼務するということで、番頭の雑用的な仕事は、仲居が手伝うということになり、臨時で従業員を雇う必要にも駆られていた。現状の全権は番頭が握っているので、番頭が募ることになるだろう。
 だが、こんなスタッフの気持ちを知ってか知らずか、世の中というのは、むごく容赦のない結果を用意していた。それは、警察の捜査によってもたらされたもので、前述の、
「滝つぼの付近を調査していた警察が、新たな、そして重大な発見をした」
 というものであり、時間的には、夕方のことであった。
 午前中に宿の方で、善後策に対しての会議が開かれ、おおかたの道筋が決まった矢先のことだっただけに、かなり大きな衝撃と戸惑いを宿のスタッフに与えたのか、その大きさは計り知れないものがあったことだろう。
 警察は滝つぼという場所、そして、行方不明者の捜索という二つの観点から、すぐに警察犬の出動を要請し、昼過ぎには警察犬が入り、そこから警察犬を交えた捜索が行湧得れたのだが、何と警察犬が見つけた新たな発見というのは、その死体発見現場から、ほとんど離れていない場所にあった。もっとも、これは警察犬でなければ発見することができなかったであろうと思われる場所であり、
「天然の隠れ場所」
 とでも言っていいかも知れない。
 ひょっとすると、この場所が昔の落ち武者伝説が残っている場所ということもあり、
「落ち武者によって作られた場所だったのかも知れない」
 と、刑事は感じていたことだろう。
 捜査に当たっていた警察犬は、警察犬とともに行動している捜査官が頭を傾げる状態にあった。女将の匂いのついたものを嗅がされてから、捜査に入ったが、いつもであれば、死体発見現場を起点として始まった捜査の中で、徐々にその半径を広げていくことで、捜査を行うか、最初から匂いで場所が分かれば、そちらに向かって一気に突き進むかのどちらかであっただろうに、どちらでもない中途半端な行動をしていた。
「こら、一体どうしたんだ?」
 と捜査官が警察犬を突っつくが、死体現場のあたりを何度もぐるぐる回っていて、一向に範囲を広げようとはしない。
 かと言って、どこか一つを目指しているというわけでもなさそうで、何となく迷走しているのが分かるのだ。
 見かねた刑事が、
「どうしたんだい?」
 と訊いてみると、
「何とも言えないんですが、どうもこいつは、この場所から遠くには離れたくないようなんですよ。私はこいつのことを信頼しているので、無理に他に引っ張るという気はないんですが、こいつを信じるということは、この付近に何か大きな手掛かりがあるように思えてならないですね」
 と捜査官は言った。
 日頃から、ずっと一緒に警察犬と行動を共にしている捜査官がそういうのだから、信憑性はあるだろう。そう思うと、もう少し様子を見るしかないと感じた山田刑事だった。
 すると、昼過ぎというよりも、夕方という方がいいくらいの時間に差し掛かった時、警察犬がいきなり吠え出した。そして。滝つぼの激しく流れる水に向かって吠えたてていたのだ。
 捜査官は、不思議に思って、滝つぼに入ってみた。被害者が置かれていたその場所の奥をまさぐってみたが、その奥にあるはずの絶壁がなかったのである。
「ん? これはどういうことだ?」
 と呟くと、
「どうしたんだい?」
 と、山田刑事は近寄ってくる。
「いえ、山田刑事、ここ、少し変ですよ。どうやら、この奥に隠し洞窟のようなものが存在しているのかも知れないですね」
 というではないか、
「さっそく入ってみよう」
 と言って、数人の捜査員が中に入った。
 水を打ち付ける音のものすごさが、奥に入った時には感じられ、少々叫んだくらいでは、何も聞こえないのではないかと思われるほどであった。まっくらで中は湿気を帯びている空間では、警官が普段から携帯している懐中電灯が役に立つ。懐中電灯でまわりを照らし始めた佐々木巡査は、一瞬、
「わっ」
 と叫んで、腰を抜かしてしまった。
 反射的に他の捜査員も驚いて、少し我を忘れたかのようになったが、すぐに正気を取り戻すと、
「どうしたんだ? 何を見つけたんだ」
 と言われた佐々木巡査は、腰を抜かしたまま無言で、懐中電灯を落としてしまったので今は真っ暗になった先を指差した。
 懐中電灯を拾った山田刑事は、今佐々木巡査の指差した場所に懐中電灯を向けると、こちらも、
「わっ」