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奴隷とプライドの捻じれ

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「決まったパターンに奇抜さのないストーリー性に中で、人の気持ちを動かすストーリーを描くという、ある意味、題材は何でもいいからと言われて、実際にはそういう何でもいいというのが、本当は一番難しいというような作風が、純愛ものに課せられた、縛りのようなものであり、限界なのかも知れない」
 と麗子は感じていたのだ。
 恋愛小説を書いていると、自分の経験をどうしても思い出してしまう。
 麗子には、小説になるようなロマンスがあったわけではない。ほとんどが悲劇で終わってしまった。中には、
「始まってもいないのに、終わりだけがあった」
 という、奇妙なものもあった。
 それでも、小説にできるようなエピソードであれば面白いのだろうが、プロットにもならない話に、自己嫌悪を感じた麗子だった。
 のぼせるわけにもいかず、あまり遅いのも、由香に心配かけることになると言って、その日はそのまま湯から出た。なんと、そのことに先に気付いたのは、麗子の方だったのだ。
 気が付けば、もう時間にして九時前だった。部屋に帰ると、由香は眠っていた。
 テーブルの上をみると、二人分のお茶が用意されていて。すでに冷えていた。これが何を意味するものなのか、山内には分からない。
 いや、分かってはいたが、それは奴隷としての山内なら分かることであって、今の山内は奴隷として自分を考えたくなかった。その理由は、麗子に会ったからで、いつもは一人だけを相手にしているから奴隷という立場をまっとうできていたのだが、今日は宿に着いてから最初に由香に対して奴隷となったのだが、これは最初からの予定通りであった。
 だが、露天風呂に行って、まさかの麗子との出会いであった。麗子は奴隷としての山内を見ている。だから、相手をするのは奴隷の山内だった。そのうちに精神的に奴隷としての自分に少し疲れてきた。玲子が気付いてくれて助かったのだが、本当は後どれくらい自分の精神力がもつか、少し自分に自信が持てなくなりかかっている頃でもあり、麗子の一声は、まさに鶴の一声だったのだ。
 部屋に帰ってくるまで、由香に何かを言われるのではないかと気が気ではなかった。すでに精神的に疲れてきていたので、少しの間は持つだろうが、由香に必要以上な詮索を受ければ、自分が奴隷としてのタイムリミットは過ぎてしまう。どのように対応する自分がそこにいるか、未知数だった。
 普段のように、一日ずっと由香とだけ一緒であれば、一日中、いわゆる二十四時間でも大丈夫なのだ。それでもまだ余裕があるくらいなのだが、その間に誰かが入り込むのは、マジで勘弁してほしいと思っていた。
「本当はそういう意味での温泉旅館ではなかったのか?」
 とも思った。
 そこで、山内はもう一つの考えが浮かんできた。
 今回は、自分が麗子という予期せぬ人物との出会いで、自分の奴隷としての精神力に限界を感じそうであったが、もし、麗子の存在がなく、由香の方で、他に誰か知り合いがいたりしたら、そう例えば佐山霊山が由香の過去に何かあり、再会したことで、焼けぼっくいに火がつくなどという言葉があるように、二人の間に過去に何かあったのではないかと思わせる素振りを、山内は感じていた。
――気の性だったらいいんだが――
 と感じていたが、果たしてどうなのだろう?
 二人のことは二人にしか分からないと、すぐに想像することをやめてしまった。普段なら、もう少し頭を回転させてみるのだろうが、今回これ以上考えるのをやめたのは、きっとさっき自分が温泉で、麗子と再会したという事実があったからだろう。もし、それがなければ結論が出るとは思えないが、考えないと気が済まないとすら思っていたはずだった。
 山内は、敷かれてい布団に横になり、
「すぐにはなかなか眠れないだろうな」
 と小さな声で呟き、隣から聞こえる寝息を聴いていると、今感じた思いが揺らいでいくのを感じた。
「今の状態なら、寝られるかも知れないな。いや。今の状態で眠ってしまいたい」
 と思うと、本当に睡魔が襲ってくるから不思議だった。
 人の寝息がここまで睡眠作用があるとは思わなかったが、それを感じると、ふと自分を顧みていることに気が付いた。
「僕って、催眠や暗示にかかりやすいのかな?」
 という思いだった。
 自己暗示には掛かりやすいとは思っていたが、まわりから掛けられる暗示のようなものにはそれほどかかりやすいとは思っていなかった。自分が奴隷としてその人のいうことを聞くのは、相手が自分に奴隷だという暗示をかけているわけではなく、あくまでも自己暗示が自然と醸し出され、奴隷に対しての命令をしている方は、果たしてそれを山内の方からの暗示だと誰が感じているだろう。
 主になるということは、自分に主導権がないとできないことであると思っていて、もしそれができるのであれば、二重人格の人にしかありえないと思えた。そう思うと、この考えが元になって、
「主というものは、基本的に二重人格でなければ務まらない」
 という考えに至った。
 だが、そうなると同時に、
「奴隷となる方も、二重人格である必要があるのではないか?」
 と感じたが、これは主に二重人格を感じたからではなく、奴隷としての自分が、以前から感じていたことだと思っていたのだ。
 その日の滝の音がいつもと違っていることに気づいたのは、小間使いの新之助だった。
 佐渡倉新之助、番頭の小間使いのようなことをしている少年で、通称:柏木夫妻は最初にこの宿で顔を合わせた人物だった。
「鬼門館はこちらでよろしいのでしょうか?」
 と訊いた時、玄関で掃除をしていたのだ。
 鬼門完とは最初名前にビックリさせられたが、さすが「秘境の湯」とししるしとぞ知る温泉宿、奇抜な名前だと感じていた。
 だから、ここの温泉の前に滝があって、そこが「鬼門の滝」と呼ばれていると聞いても、驚きがなかったのだ。
 新之助青年は、まだ高校生と言ってもいいくらいのあどけなさの残る男の子で、
「ええ、そうですよ。いらっしゃいませ」
 と、深々頭を下げ挨拶をしてくれたが、ニッコリするわけでもなく、無表情に近かったが、だからと言って、嫌な気分にさせる雰囲気でもなかった。
 それがこの青年のいいところなのかも知れないと思ったが、
――高校生だったら、思春期の後半。そういえば、高校時代の男の子は、皆こんな雰囲気だったかな?
 と、案内された二人は思っていた。
 彼とは露天風呂に赴いた時にも顔を合わせているが、どうやら、客は露天ぶろを利用する時間を見越して、前準備に勤しんでいるようだ。よく見るとどこか勘が鋭いところがあるようで、
「玄関でのあの時間の掃除も、私たちを出迎えるための演出だったのかも知れないわよ」
 と由香は言ったが、
「そんな、考えすぎだよ」
 と山内も口では言ったが、まんざらでもないような気がした。
 由香には、ああいう少年の気持ちが結構分かるようで、露天風呂からの帰りも、
「ちょうど、お布団の用意をしてくれた後の彼と出会うかも知れないわね」
 と言っていたら、本当に自分たちの部屋から今出てきたのか、そそくさと頭を下げて出てきた新之助に出会ったのだ。
 さらに彼の勘の鋭さを感じさせる出来事が翌朝発生した。