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奴隷とプライドの捻じれ

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「奴隷というのは、人権もなくて、家畜並みだというのは、歴史上の奴隷のことで、今の風俗的な意味での奴隷というのは、ちゃんと人権を有しているし、自由でもある。だから、逆に、自分の身は自分で守らなければいけない。そのあたりを分かっていないので、主に逆らうだけではなく、世間の人間にも自分の境遇を八つ当たりしてしまう。まわりの人には関係ないのにね。そのために怒りを買うんだよ。で、そのまま放っておけばいいのに、怒りを買ったことに、快感を覚える。それだけマゾヒスとなところがあるということなんだろうけど、怒りを買えば煽りたくなる。それが奴隷としての自分の存在意義だと思いたいんですよ。つまり、人の怒りが自分に向けられるのは、すべて自分の奴隷としての性質のせいだと思うことで、奴隷を正当化させたいという歪んだ気持ちから来ているのかも知れないな」
 と、言って、お湯で顔を洗った。
「それがあなたの、奴隷であるがゆえんの理屈なの?」
 と麗子に訊かれて、
「ハッキリとは分からない。でも、今は自分がこういう生き方しかできないんだって思うと、それでもいいような気がするんだ」
 と言って、山内は、真っ暗な空を見上げた。
「何か、人生の終わりを見てきたって印象ね。何かよく分からないんだけど、要するに奴隷という言葉が悪いんじゃないのかしら? 印象が悪すぎる気がするんだけど、あなたはどうなの?」
 と、少し麗子は苛立っているように思えた。
「僕は、意外とこの奴隷という言葉、嫌いじゃないんだ。むしろ、奴隷というのを昔の言葉として、そっちの意味で発想される方が、私には心外な気がするんだけど、これってわがままなんだろうか?」
「わがままというよりも、傲慢と言って方がいいかも知れないわね。過去から脈々と受け継がれてきた言葉を否定して、その言葉を自分中心に解釈しようとするのは、傲慢以外の何者でもないわ」
 と麗子に言われた。
 麗子は完全に苛立っているようだ。山内が発する言葉の裏に、何が潜んでいるのか、分かりかねているところがある。明らかに山内は相手をイライラさせようという意図を含んで話をしている。その真意がどこにあるのか、麗子にはよく分かっていなかった。
――これ以上話をしていると、のぼせてしまう――
 と麗子は感じた。
 ここに時計がないので、どれだけの時間が経ったのか分からないが、よくこれだけの会話をするのに、のぼせずにできたものだと麗子は思っていた。
 実際に感じているよりも時間は経っているはずで、山内の方も、耳の先から首筋に掛けて、真っ赤になっているのが見て取れた。
「そろそろ上がろうか」
 と、声を掛けたのは山内の方だった。
 彼は麗子を見ていて、気を遣ったのだ。
「奴隷は気を遣うだけの精神を持っていない」
 と思っていた麗子には意外だった。
――ということは、山内さんは奴隷ではないということなのか、それとも彼が奴隷だということであれば、私が考えている奴隷とは種類の違うものなのか、とにかく奴隷に種類があるのだとすれば、どんなものなのか、研究してみたい――
 と感じた麗子だった。
 彼女が自分の小説に今限界を感じている。そこで、奴隷というテーマで考えてみたいと思っている。今のままの山内を描けば、リアルになりすぎて。発行に引っかかってしまう。だから、彼と話をして、彼の中を小刻みに切り刻むことで、小出しに小説を描いていければいいと思ったのだ。
「ストーリー性を重視した作品を書きたい」
 それが、麗子の考えだった。
 麗子がこの時、山内に近づいた一番の理由は、
「小説のネタに困っていた」
 というものだった。
 ふとしたところで見かけた山内(これが面白いところであったが)をネタに小説を書けると踏んだのだが、その理由はその時の彼の雰囲気が、昔と変わらず、奴隷のイメージを醸し出していたからだった。
 それで探っているうちに、山内に彼女がいるようだった。数日見ていると、どうやら普通の男女の関係とは少し違っているようだ。
――山内さんは、この女性の奴隷になっているようだわ――
 ということが分かり、さらに探ってみると、温泉宿に数泊宿泊するというではないか。
「これはチャンスだ」
 と思い、自分も宿泊することにする。
 幸い、この宿は秘境と呼ばれるところであり、芸術家が隠れ家のように使用し、まるで自分の書斎のごとく振る舞うことのできるところなので、自分も作家の端くれ、女性一人の宿泊でも、なんら怪しまれることはない。
 昔であれば、女性一人の宿泊は警戒されたものだ。
「自殺志願者ではないか?」
 という疑いを掛けられるからで、この場所には、ちょうど宿の前に大きな滝もあるので、自殺を図るには、ちょうどいい場所なのかも知れない。
 それを思うと、山内を観察しながら、ここで執筆にも打ち込める。何とも一石二鳥な場所であろうか。しかも、英気を養うという意味では一石三鳥。これ以上のいい場所はないと言えるだろう。
 さっそく宿を予約し、二人の様子を見ていると、麗子は由香を見ていて、
「どこかで見たことがある」
 と思ったのだが、宿で佐山霊山と話をしているのを訊いた時、彼女が以前アシスタントのアルバイトのようなことをしていたのを思い出した。
 別に話をしたこともないし、相手も自分の担当以外の人に目をくれる余裕もなかっただろうから、麗子のことを知っているはずもない。そういう意味では気が楽だった。
 よしんば覚えていたとしても、自分も佐山先生のように、
「温泉地で静養しながら執筆に励んでいるんですよ」
 と言えばいいだけだった。
 佐山霊山のようにオカルトを書いている人の気持ちはよく分からないが、佐山霊山の方でも、麗子のような恋愛小説を書いている人の気持ちは分からないだろう。
 逆に同じジャンルの作品を書いている人の気持ちはもっと分からないかも知れないと思うくらいで、作家というものが、自尊心というプライドと、創作物を作っているという自負とに固められた人種であることから、同じ職業であれば、より近い人間を警戒してしまうであろう。
 そういう意味では、麗子は佐山霊山と顔を合わせたくなかった。顔を合わせたからと言って話をするわけではないが、お互いに気まずいところを、山内や、ましてや同行者である由香には見られたくなかった。
「オカルト小説というのは、、別にホラーのように、妖怪や幽霊が出てくるものばかりではなく、超常現象のようなものですね。普通に生活している人が、ふとしたことで奇妙な世界を覗いてしまうというような話なんですよ」
 と佐山霊山は言っていた。
 恋愛小説を書いている麗子の方は、そういう奇抜な発想はいらないのだ。普通の生活の中にある。さらに細かい人間の中にある愛憎絵図を描くことから始まって。愛欲系の小説を書いているうちに、純愛を描きたくなってきたというのが本音だった。
 前述のように、恋愛小説というと、