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謎を呼ぶエレベーター

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 と、言われているような気がしていたのだ。
「そういえば、玲子さん、一度街中で見かけたことがあったんだよな」
 と秋月が、ボソッと呟いた。
「玲子さんって、さっき殺されていたという義理のお姉さんですよね?」
「うん、あれは今から数か月くらい前だったかと思うんだけど、その時は別人だって思うことにしたんだよ」
 と秋月がいうので、その言葉に怪訝な表情になった綾子は、
「どうして、他人だと思ってしまったの? お姉さんの見てはいけない何かを見てしまったとか?」
 と、さすがミステリーファンを自認するだけの綾子であった。
 その言葉を聞いて。秋月は苦虫を噛み潰したかのような嫌な表情をしたことで、
「嫌だわ、冗談のつもりだったのに。ごめんなさい」
 と、まんざらではないことを口にしてしまったと感じた綾子は。そう言って。しょんぼりとしてしまった。
 綾子がしょんぼりとしてしまった理由は他にもあった。
――この人、ひょっとして玲子さんのことを好きなんじゃないかしら?
 と思った。
 だからこそ、ここまで童貞を守ってきたのだとすれば、健気というか律義というか、ただ綾子の性格からすれば、秋月の思いは、あまり好きではない。じれったさしか感じないからだ。
 ただ、一つ彼がショックを感じているとすれば、もし、今日衝動からだとはいえ、童貞をなくしてしまったことで、綾子が殺されたことを勝手に結び付けているとすれば、その責任の一端は自分にもあるわけだ。
 だが、それもおかしな感覚である。そもそも、童貞を失ったからと言って、なぜ殺されなければならないか、そんなことを言っていたら、世の中、無法地帯の犯罪だらけになってしまうだろう。
 そんなことは許されない。それを思うと、そんなことを考えている秋月がまたしても意気地なしに見えてきた。
 せっかく見直したのだから、このままの気持ちでいたいと思うのが、綾子の思いであった。
「お姉さんの何を見たっていうの?」
 最初は黙ってしまった綾子だが、秋月も考え込んでしまって自分から何も話さないという微妙な空気を作ってしまった場合、少々厳しくても言わなければいけないことはいうしかないと思った綾子だった。
 その少し強めの口調を訊いた秋月は意を決したかのように、
「その時に、隣に男性がいたんだ。仲睦まじい様子で、腕を組んでいたように見えた。男性は中年くらいの人だったかな? 夫婦と言われれば仲のいい夫婦として微笑ましい光景なんだろうけど、違うのが分かっているだけに、その瞬間、信じられないと思ったんだ。兄貴の顔が思い浮かんできたし、僕自身、裏切られたような気になって、そうすると、今のを見なかったことにしてしまえば、すべてうまくいくと思って、自分の記憶の中に封印するつもりでいたんだ」
 と秋月は言った。
「それで、あなたは封印できたの?」
 と綾子に言われて、
「できなかったんだろうね。こうやって思う出すくらいなんだからね。思い出すくらいなんだから、見なきゃよかったんだ。だから、違う人だったと思うようにしようかと思ったんだけど、そっちの方が相当無理のあることだろうね」
 と秋月は言った。
「玲子さんが好きだったのね……」
 と綾子がいうと、またしても苦虫を噛み潰すような嫌な顔になった秋月だったが、すぐに元の顔に戻った。
「想像に任せるよ」
 と力のない声で言ったが、秋月は肯定も否定もしなかった。
「とりあえず、元気を出して、いろいろ考えてみようよ」
 と綾子が言った。
「事件の推理かい?」
「ええ、その方が、忘れたいと思うよりもよほどいいんじゃないかと思ってね。他人事のようで悪いんだけど」
 と綾子が言ったが、
「いや、今は他人事の方がいいかも知れない」
 と秋月が答えた。
「ところで、お兄さん夫婦には、お子さんはいなかったの?」
「うん、いないんだ。どうも兄貴が子供はまだ早いと思っているらしくって、それで作らいという話なんだけど、実は。それだけではないようなんだ」
「というと?」
 秋月は、意識してか、無意識なのか、姉のことを、ずっと玲子さんというようになっていた。
「さっき、僕が玲子さんから相談を受けた時、相談に乗ってあげなかったことを後悔していると話したんだけど、実は、玲子さんの話を訊かなかったのには、理由があったんだ。というのは、あれは結婚する半年くらい前だったんだから、婚約してからのことだったと思うんだけど、玲子さんが僕のところに相談があると言ってきたことがあったんだ」
「うん」
 と綾子は、黙って神妙に聞いている。
「その時の玲子さんは、かなりヒステリックになっていて、いきなり、『聞いてよ』って言ってくるんだよね。どうも、兄貴が会社の女性と浮気をしているらしいっていう話なんだ。僕は、『まさか、そんな』と言ったんだけど、どうやら、玲子さんが問い詰めると、兄貴はアッサリと認めたらしいんだ。それで、玲子さんはヒステリックになっちゃって、鼻を利いていても、支離滅裂なんだよね。相手に対して文句を言っているかと思ったら、脈絡もなく兄貴を罵倒し始めるし。相手のオンナと会ったことがないと言っているくせに、まるで何でもお見通しのような言い方をするんだよね。完全に混乱しているのが分かって、正直、そんな玲子さんを見たくはなかった。その時のイメージがあるから玲子さんから相談受けた時、あっけなく突き放してしまったんだよ」
 と秋月は言った。
「うん、秋月さんの気持ち分かる気がするわ。それにしても、弟の前でお兄さんの悪口は控えるべきなんだろうけど、そのお兄さんも相当なものね。婚約者がいるのに、浮気をした? しかも、フィアンセに詰め寄られて白状するなんて、どういう人なのかって思うわよ」
 と、綾子は、正直ムカッとしているようだった。
「うん、そうなんだよね。だから、そういう意味では、旦那はまだ結婚していないとはいえ、婚約者がいるのに浮気をした。奥さんは、真意は分からないけど、旦那がいる身で、不倫をする、一体、どういう夫婦関係なんだろうね」
 と、秋月も、なかば呆れ気味で話した。
「でも、私も本当はそんなことを言える資格のない女なのかも知れないけど、話を訊いている限りでは、何かややこしそうな感じがしてくるわね。そういう意味では、二人とも浮気性なのかしら? 少なくとも奥さんが殺されていたのは、ラブホテルのエレベーターの中よね? 何もないのに、ラブホテルにいるというのも変よね」
「うん、そうなんだよ。昼間っから、誰かとラブホテルにしけこんでいるというのは、考えられることとすれば、兄貴が仕事中をいいことに、兄貴が帰ってくるまでに帰り着けばいいというくらいに思っていたのかも知れない。もっとも、僕の知っている玲子さんは、そんな女じゃないとは思うんだけど……」
 と言って、大人しくなってしまった。
「何言ってるのよ。秋月さんはこれからの人なのよ。あまり落ち込むことはない」
 と、言って、綾子が慰めてくれた。
「ありがとう。今日はせっかく綾子ちゃんに会えたのに、なんかこんなことになっちゃってごめんね」
 というと、
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次