小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

謎を呼ぶエレベーター

INDEX|7ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

 当然、この事件に対して、関係どころか心当たりすらなく、本当にここ二年ほど会っていなかった相手が殺されていたとして、自分にどんな関係があるというのだろう。
 しかも、このホテルだって、今日になって、ふと、
「デリヘルというものを利用してみたい」
 と思い立っての衝動的な行動だった。
 衝動的に思い立った時、気持ちがブレないように、すぐに行動するようにしているのが彼の性格だった。だから、今回も一点のブレもなく、モコちゃんを呼ぶことができなのだ。
 何もなければ、せっかくの風俗デビュー、実にくだらないと人はいうかも知れないが、彼にとっては、度胸というよりも、新しい世界を見ることができて新鮮な気持ちになれただけに、最後の出来事は、何か因果応報な気持ちにさせることで、新鮮な気持ちが台無しになってしまった。
 二人は隣りのエレベーターを使って、一階まで降りた。ホテルを出ると、本来なら送迎してくれる車がいるはずだったのに、この事件でいなくなってしまったようだ。いつまでかかるか分かっていたわけではないので当然のことであり、彼女も今日の仕事はここまでにするしかなかったのだろう。
 もっとも、ショックがあるからか、これ以上続けても仕事になるかどうか分からない。それを思うと、今日の上りは当然の線格だったのではないだろうか。
 表に出て二人は。
「こんなことになっちゃって、なんか申し訳ないな」
 とさくちゃんは言ったが、
「いえいえ、何言ってるんですか、あなたが悪いわけではないですよ。私の方こそ、せっかく私でデビューしてくれたあなたがショックなんじゃないかと思って心配なくらいなんです」
 と言ってくれた。
「君は優しいんだね。ありがとう」
「お腹空きません?」
 とモコちゃんに言われて。
「えっ、そうだね。じゃあ、おわびに夕食をごちそうさせてもらおうかな?」
 とさくちゃんは言った。
「知ってるお店があるので、そこ行きませんか? 居酒屋さんなんですが、大丈夫ですか?」
 と言われて。
「ええ、もちろん」
 ということで二人はモコちゃんの引率で居酒屋に入った。
 こじんまりとしたお店で、入ってすぐのカウンターと奥に座敷が二部屋あった。まだ時間が早いからなのか、お客は誰もいなかった。時計を見れば、午後六時くらいになっていた。奥のテーブルに落ち着いた二人は、とりあえず、ビールで乾杯をしたのだ。
 さっきまで暗い部屋にいたので、その顔があまり確認できなかったが、モコちゃんは最初未成年かと思うほどだったけど、こうやって見ると、自分とあまり変わらないくらいに感じた。さくちゃんは、今年二十五歳。社会人三年目だった。
「さくちゃんさんって言いにくいので、もしよかったら、名字教えてくれませんか? 私も下の名前の方だけ教えますので」
 とモコちゃんは言った。
「ああ、いいよ。僕の名字は、秋月っていうんだ。だからさくちゃんなんだけどね」
 というと、
「ああ、なるほど、私はね、綾子っていうの、あなたのハンドルのように名前をもじっているわけではないんだけど、何となくかわいい気がしてね。モコモコしているっていうと、ほんのりしたような感じがするでしょう?」
 と、綾子は言った。
「秋月さんは、さっき学生時代に文芸サークルにいたって言ったでしょう? 実は私も大学の時、文芸サークルにいたの。女子大だったんだけどね。そこでミステリーが好きで、読んでいるうちに、自分でも書いてみたいと思うようになったのよ」
 と、綾子は言った。
「そうなんだ。僕もミステリー系は何本か書いてみたことがあったんだよ。同人誌にも載せたんだけどね」
 という秋月の話を訊いて。綾子は急にニコニコ顔になり、
「それだったら、話が早いわ。私たちでさっきの話の推理してみましょうよ。もちろん、分かっているところまでなんだけどね」
 というではないか。
 ちょっと秋月は少しあっけにとられたようになっていた。
「秋月さんは、お姉さんとは二年以上会っていないとすれば、ほぼ他人と言ってもいいくらいに何も知らないのだから、ここは知人としてではなく、ほとんど知らない人として考える方がいいかも知れないわね」
 と、綾子は言ったが、秋月にそんな器用なことが自分にできるだろうかと、少し疑問に感じた。
 確かに二年は会っていないが、実際には少し意識したことがあった相手だけに、どこまで他人として考えられるか疑問だった。むしろ、この二年間会わなかったのは、お姉さんを忘れてしまいたいという意識があったからだ。考えてみれば、過去に一度、まだ新婚だった頃の姐さんから連絡があって、
「逢いたいんだけど」
 と言ってきたのを、
「すみません、仕事が忙しいので」
 と言って断ったことがあった。
 確かに仕事は忙しかったが。それを理由にして合わないというだけの理由にするには薄かった。そこまで意識しまくっていたということだろうか?
 その後、その相談の内容は何だったのか、勝手に想像してみたことがあった。
「兄さんの浮気? あるいは、暴力?」
 悪いことしか想像できなかった。
 それだけ彼女が苦しんで自分に相談を持ち掛けてきたということなのだろうが、そのことをいくら後輩とはいえ。今は義理の弟になっている人に打ち明けるというのは、もし本当だったとすれば、かなりの勇気がいることだろう。
 その勇気を振り絞って打ち明けるのだとすれば、相当切羽詰まっていたということであって、そんな苦しみを、自分の気持ちを整理できないというだけで断ってしまったことに対して、かなりの後悔があった。
 しかし、それからしばらくは、問題がなさそうだったし、彼女から連絡が来ることもなかった。ホッとしている反面、自分の立場を回復させるチャンスを逸してしまったことも事実だし、実に複雑な気持ちになっていた。
――本当に悪いことをしたと思っているし、その挽回のチャンスをもう一度もらいたかった――
 という思いが強い中で、彼女が殺されてしまったということで一番ショックだったのは、実は挽回のチャンスがもう、一生残っていないということだったのだ。
 それなのに、秋月は警察の前で、
「二年間、会っていない」
 ということを何度も強調した。
 確かにそうなのだし、下手に会ってもいないのに会っていると勘ぐられるのもこれほど癪なことはない。
 それを思うと、何とも言えない気分になった。
 秋月が、これまで童貞だったのは、あの時玲子から掛かってきた電話に対しての後悔があったからだ。
 それまでは、ただモテないだけのことだったと思っていて、まわりのように、風俗で童貞を捨てるということにこだわりがあったからだ。
 女の子が処女を捨てる時、
「そんなに深く考える必要はないのよ。遅くなればなるほど、重たくなるだけだから」
 と言っているのは、本で読んだことがあった。
 男性に比べて、女性の方が、そのハードルはかなり高いはずなので、男性が童貞を捨てるくらいのことは、肉体的のことよりも精神的なことの方が大きい。ということは、やはり男性というのは、女性に比べて、その思いは大きいのかも知れない。
「つまり、男性の方が、デリケートに神経はできているということさ」
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次