謎を呼ぶエレベーター
と言ってモコちゃんが部屋を出ようとした時、
「実は私ね。このお仕事始める前、メイドカフェでお給仕していたことがあったの」
と言って笑っていた。
「じゃあ、アイドルを目指していたの?」
と聞くと、
「うん、実は今でも目指しているんだけどね。私がアイドルデビューできたら、私を見に来てね」
というので、
「うん、もちろんだよ」
と答えた。
最初は、モコちゃんだけを先に出させるつもりだったが、
「やっぱり、一緒に出よう」
と言って、さくちゃんも荷物を持って、部屋の表に出た。
ここの部屋は四階にあるので、エレベーターを使う。もっとも、ホテルというところは、二階であっても、エレベーターを使うのが一般的らしく、部屋はそのえれべたーから一番遠いところであった。というか、エレベーターは中央部にあり、この部屋が、建物の端の方にあったのだ。部屋を出てエレベーターは見えない、二部屋ほど通り過ぎて、角を曲がる形で中央をぶち抜きになる通路が見えてきて、そこでもまだエレベーターは見えない。エレベータがあるところは、中央部分の少し入り込んだところに小さな踊り場があって、そこに二基のエレベーターがついていたのだ。二人は部屋を出てから、エレベータまで腕を組んで歩いた。いちゃいちゃしながらのその姿はまるでカップルのようで少し恥ずかしかったが、逆にこういう場所なので、却って当たり前ぽくって、違和感はなかった。
ほとんど無口で歩いてきたが、さくちゃんの方は、まだ緊張していた。部屋の中でサービスを受けているよりも、表でいちゃいちゃしているのは恥ずかしくはなかったが、緊張はしたのだった。
エレベーターはちょうど四階で止まっていて、下向きの矢印を押すと、甲高い音が静寂を破って、軽く籠ったような音を立てて、エレベータの扉が開くと、一瞬、モコちゃんが固まってしまったのを感じた。
さくちゃんの方も、最初は何が起こったのか分からなかったが、震え出したモコちゃんを見て、事の重大さに気づき、何をどうしていいのか、その場に立ち尽くした。
だが、こういう場面は初めてだったくせに、急に落ち着いてくる自分を感じ、すぐにエレベーターに入って、開くの扉を押したまま、モコちゃんに、
「僕はここで、エレベーターが動かないように見張っているから、誰か呼んできてもらえるかい?」
と言った。
あれだけ緊張していたさくちゃんが、想定外に落ち着いているのを見て、モコちゃんも我に返ったのか、
「うん、今いた部屋にきっと掃除が入るだろうから、戻ってみるわね」
と言って、モコちゃんは、今の部屋まで戻っていった。
エレベーターの中には一人の女性が座り込んで向こうからの壁にへばりつくようにもたれかかっていた。背中にはナイフが突き刺さっていて、そこから真っ赤な血が、洋服を通して、流れ落ちていた。
状況から考えても、刺されたのは、たった今であるのは想像がつく。さくちゃんはまだその女性が生きているのではないかと思い、なるべく彼女に触らないようにして、腕だけ触って脈を診たが、どうも脈波打っていないようだった。身体はまだ暖かいので、殺されてから時間は経っていない。
「呼んできたわ」
と言って、モコちゃんが二人の中年のいかにも掃除婦と言った制服を着ている二人組を連れてきた。
「ぎゃっ」
と、女性の方が一言発したが、大声を出さないのはさすがと言えるかも知れない。さっそくケイタイを取り出し、電話をかけていた。どうやら、フロントに電話を入れ、オーナーに連絡してもらうようだった。その間、状況を説明していたが、電話を切ると、
「すみません、すぐに警察に通報するということですので、お二人は第一発見者ということになりますので、警察が来るまで、申し訳ありませんが、待機していただくことになると思いますが、よろしいでしょうか?」
と言われた。
「こういう状況ですから、私は構いませんよ」
と言って、さくちゃんは言ったが、
「私も構いませんが、少し連絡だけはさせてください」
と彼女は言った。
掃除係の人も、ホテルの使用目的にデリヘル使用者が多いのは分かっていたので、彼女が事務所に連絡しているのを聞いて、すぐに彼女がデリヘル嬢だということは悟ったようだ。
もし、これが不倫カップルだったりするとややこしいことになりそうだが、風俗嬢と客であれば、そっちのややこしさはないだろう。どうしても、知られたくない人がいるとは二人を見ていて思えないからだった。
女の子は普通のデリヘル嬢。男性の方はさえない男性、とてもモテるとはお世辞にも言えないようなタイプで、二人はゆっくりと見つめ合いながら、どうしていいか考えあぐねているようだった。
さくちゃんはもちろん、こんな場面は初めてであった。ラブホテル自体入るのも初めてだっただけに、警察が来るまでの時間がどれほど待たせられるか想像もついていなかったが、気札がやってくると、あっという間だったような気になっていた。
モコちゃんの方も、ホテル利用は何度もあったが、ホテルの通路というと、本当に仕事場へ向かうただの通路というだけで、いつも意識しないようにお仕事がすめば、すぐに表に出て、送迎してくれるスタッフの止めている車に、
「お疲れ様です」
と言って乗り込むだけの、ただの文字通りの通路にすぎなかった。
モコちゃんの方が、警察が来る迄はすぐだったように思っていたのに、警察が来てからは、却って時間が経っていたかのようい思ったのは、きっと、もっとリアルなことを考えていたからだった。
――今日は、もうこれ以上、お客さんを取る気にはなれないかも?
という思いであった。
「すみません、もう一度お電話させてください」
と言って、事務所に電話を入れているようで、
「今日は、この後入っていないようだったら、私は今日はこれで終了ということにしたんですが?」
と話しているようだった。
電話を終わって戻ってくると、少し顔色がよくなっていたようなので、きっと予約もなかったのか、
――今日はこれで終了にしたのかも知れない――
と、さくちゃんは想像した。
不謹慎ではあるが、
「今日、ここからは、僕がモコちゃんを占有できるような気がするな」
と感じたが、もちろん錯覚だというのは分かっていても、待っている間の妄想としては、別にいいような気がした。
そう思いながら、さっきまでのサービスを思い出して、思わずニンマリしてしまいそうになる自分を咄嗟に感じ、ハッとして、我に返るさくちゃんであった。
さくちゃんも、自分がこんなわけの分からない場面に遭遇しているのに、
「よくこんなに冷静になれるな」
と思ったくらいだった。
警察がやってくるのは意外と早かった。
もっとかかるかと思い、羽根井級的な時間を想像していただけに、警察が来てくれたのが分かると、緊張が却って解けたような気がしたさくちゃんだった。
警察は、完全に現場慣れしているので、すぐに現場とそれ以外の仕切りを設け、問題のエレベーターを使用禁止にし、検屍が始まっていた。
さくちゃんもモコちゃんも、二人とも自分の身の置き場を持て余しているようだったが、刑事がそれに気づき、
「第一発見者の方ですか?」
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次