謎を呼ぶエレベーター
部屋に入ってから、さっそく、お店に連絡した。その女の子はちょうどこの日は、彼が今入った時間が出勤時間になっていた。電話を入れてみると、その女の子はうまい具合に空いていた。
「九十分コースでお願いします」
と言って、相手から細かい説明などを受けたが、半分は聴きながら、右から左だった。
しかも電話を切ってしまうと、脱力感からか、すべての話を忘れてしまったかのようだった。
「まずかったかな?」
と思ったが、彼女が来てから聞けばいいことだと、ところどころに肝が据わってきている自分を感じていた。
――果たして、想像していたように、メイド喫茶のあの子だろうか?
という期待で入ってきたはずだったのだが、よくよく考えてみると、少し心境が変わってきた。
部屋に入るまでは、ここで彼女に会えるのが楽しみだと思っていた。その一番の理由というのは、
「メイド喫茶では、彼女は皆のメイドさんということになっているが、ここに来てくれれば、僕だけの彼女なんだ」
という思いが強かったからである。
しかし、部屋に入って、実際に予約まで入れると、少し頭が冷めてきて、冷静になってくるのを感じた。
「それはお金というものを介しての契約であり、僕だけ一人のためになってもらうために、お金と引き換えなんじゃないか」
と思うと、どこか虚しさを感じた。
一人で勝手な想像、いや妄想をすることで、興奮を爆発させると、最後には虚しさしか残らないことは、自分が一番よく知っているはずだった。
だが、今こうやって女の子を予約し、もう少しでその女の子が来てくれることに対して後悔はまったくなかった。それが意中の女の子であっても、違っていても同じであった。ゆっくりと深呼吸をしていると、時間が経つのが少しずつ早くなってくるような感じがして、最初の胸の鼓動が徐々にゆっくりになってくるのを感じた。
ベッドの上にある電話が鳴った。
「お連れ様が入られます」
ということだった。
「はい」
と言ったその時に感じたことは、
「こういうところでは、予約した女の子をお連れさんと表現するんだ」
という思いであり、その言葉のセンスに何か新鮮なものを感じたのは、おかしな気分だった。
耳を澄ませていると、ヒールの、「コツコツ」という音が聞こえてきた。いよいよ女の子の登場である。
「コン、コン」
と扉を叩く音がして、
「はじめまして、モコです」
という予約をした女の子が入ってきたのだ。
見た瞬間、ホッとした自分に気づいた。相手の女の子は、そんなことを気にする様子もなく、
「今日は、ご指名ありがとうございます」
と言って、そそくさと上着を脱ぎながら、声をかけてくれる。時間を気にしてくれているのかと思ったが、それが彼女のルーティンだと思うと、また安心してきたのだった。
やはり、メイドカフェの女の子とは違った。メイドカフェの女の子よりも、幼く見えたのは、お店でこちらが席に座っているのを、向こうが立って接客をしてくれているから、背が高く見えるのと、見下ろされた気分になるからだろう、ホテルの部屋では別にベッドの上に腰かけていればいいのだろうが、初めてという緊張感からか、座ることさえ忘れている。それを見て彼女は、
「こういうの、初めてですか?」
と声をかけていた。
やはり、彼女たちから見れば、どんなに隠そうとも初めての人は分かるのだろう。もっとも、彼は最初から隠そうなどと思っているわけではないので、余計に分かりやすいのかも知れない。
「ええ、実は初めてなんです」
と正直にいうと、
「じゃあ、私に任せてもらおうかしら?」
と、最初に見えた幼さがまるでウソだったかのように妖艶さが感じられたことで、自分がどういう女の子が好きだったのか、分からなくなったくらいだった。
メイドカフェが気になるくらいなので、正直、ロリコンだという意識はある。それに関しては自分でまわりに隠そうという意識はないくせに、ロリコンの人を見ると、
「気色悪い」
と思ってしまう。
どこか、
「自分は違うんだ」
と、何が違うのかがハッキリしない状態で考えてしまう。
だから、ロリコンだけは、なぜか認めてしまう自分がいることに気づいてしまう。
一通りのサービスが終わってから、
「初めてで、私を指名してくれるなんて光栄だわ、どうして私を指名してくれたの?」
と言われたので、その時、なぜか正直に、
「メイドカフェの子に似ているからだ」
と答えると、
「それ、前にも聞いたことがあるわ。そんなに似ているのかしらね?」
と訊かれたので、
「うん、僕は写真だけを見てだけど、似ていると思ったんだよ。でも、会った瞬間に、違うって思ったんだけど、どこかホッとした自分がいたんだ」
というと、
「きっと気まずいかも知れないわよね。でも、お客さんにとって、その子に似ているということは、結構ショックだったんじゃないかしら? 好きっていう感情があったかどうかは分からないけど、似ていると思った時、少なくとも好きだと思ったんじゃない? だから私を呼ぶ気になったんでしょうし、きっと、その後のことまで頭が回らなかったんでしょうね。もし、私がその子だったら、どう思ったでしょうね?」
とモコちゃんが言った。
「ホッとしたということは、やっぱりそこまで考えていなかったからなんだろうね。違ったことで、もう考えなくてもいいと思ったのが本音だからね」
「だとしたら、好きなんじゃないかな? 少なくとも私に対してではなく、その子を裏切るわけではないという思いがあったはずだからね。でも、それが恋愛感情に結び付くような好きかどうかは分からないと思うの。癒しを貰えることであったり、勇気のようなものが貰える相手に対して好意を持つのは当たり前のことで、それを好きという感情で表現するのは悪いことではないと思う。でも、あくまでもそれは恋愛感情とは違うものだと私は思うんだけど、違うかしら?」
と言われた。
それを聞いた時、正直、風俗で来てくれた女の子がここまでいろいろ考えているとは思ってもいなかっただけに、ビックリしたというよりも、何か無性に恥ずかしさを感じた。今まで彼女に身を任せて、すべてを曝け出したはずなのに、この恥ずかしさはなんであろうか?
「かわいい」
と彼女は言った。
その言葉を聞いて。自分の感情が彼女の何かを欲しているのは分かったが、それが何かは分からなかった。
通路の殺人
彼が初めてだということで、モコちゃんは、彼に風俗についていろいろ話してくれたが、彼にとってはまだまだ分からないことが多く、どうしても他人事だった。特に風俗における「隠語」などは難しく、彼がヲタクになれないのは、そういう隠語が多いことを毛嫌いしているからだった。
それでも話は興味を持って聞いたが、果たしてどれだけの内容を覚えているか、分かるわけもなかった。
最後に二人でシャワーを浴びて、その時に、
「お名前は何てお呼びすればいいかしら?」
と訊かれた彼は、
「じゃあ、さくちゃんと読んでください」
と言った、
「さくちゃんね。分かった」
と言って、モコちゃんは納得した。
「今日はどうもありがとう」
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次